第8話 裏山にて

「さあ、じゃあ動き始めよう」


 改めて現在、セミの鳴く夏の午前。

 気温が上がりきる前に家事を終わらせてしまおう。


「洗濯は、昨日したところだから……掃除かな」


 実家は共働きだから、主要な部分は考慮してロボット掃除機が動きやすい構造になっている。だけど、そんな便利なものが考えられもしなかった時代に作られた田舎の家は、段差も多いしむやみに部屋も多く、文明の利器に任せるわけにはいかない。

 ということで、僕は掃除機片手に各部屋を回ることになる。

 あらかた掃除機をかけ終わって、あとは拭き掃除、というところで気が付いた。


「……あ、これはだれか来てるな」


 最近だと前よりは気にならなくなったとはいえ、電磁波を感知する能力は健在だ。

 その感覚によると、複数の携帯電話が遠くから近づいていることがわかる。

 この周辺は携帯電話がつながらないが、電源が入っていれば基地局を探そうとして携帯電話自身から電波が発生している。

 それが4つとか5つとか固まって動いている……これは……


「お墓参りかなあ」


 この家の敷地は車がすれ違うのにちょっと苦労する幅の舗装路に面している。

 家自体は駐車スペースを兼ねた広い土の庭の奥にあるので、宅配は置き配にしてもらえばあまり近づかなくて済む。

 近くに民家は無いし、そもそもこの家が一番奥地にあるけれど、ちょっと先に行ったところに村の共同墓地がある。

 それ以外にこの辺りに集団がやってくる用事はないと思う。


「どうしようか……」


 もし、ひいおじいさんやおじいさんの知り合いだったら、この家に訪ねてくるかもしれない。ここにお墓があるということは、地元にゆかりの人だろうし、ありえない話ではない。

 自分の状態を説明するのも面倒だし、理解してもらうまで携帯4台分の電波を近くで受けるのはちょっと気が滅入る。そもそも理解してもらえるかもわからないし……


「よし、ちょっと離れるか……」


 裏手の斜面はかなり広い範囲、我が家の敷地らしい。

 もちろん、開発も農業もできないようなただの山林だから二束三文だけど、杉の植林とかもしていないので普通に雰囲気の良い森となっている。

 僕は面倒を避けるために、藪を狩り払うナタを持ってタオルを肩にかけて裏口から家を出た。


「そういえばこっちには来たことなかったな……」


 もちろん普段から人が立ち入る場所ではないし、放置されて10年以上、ひいおじいさんも晩年は体を悪くしていたそうだからひょっとすると20年近く放置されていた山だから、歩道が整備されているわけではない。

 それでも木や草が密集していて立ち入れそうにない場所があり、そうではない木がまばらな場所もある。

 もともとインドア派だった僕だけど、全く引きこもっていたわけではなく、気が向いたときに山に入ったこともある。

 行けども行けども山を登るだけで道路にたどり着くわけもなく、特に珍しいものも無かったので、飽きて帰ってきた。

 今日はその時とは違う道を通っている。

 獣道、というほどではなかったが、そもそもこの辺りに大きな野生の動物はいない。

 一応足元を踏み外さないように草を刈りながら進んでいくが、少し進んでいくとちょっと先に明るく開けているような場所があることに気づいた。


「ここ……は?」


 見た感じ今の自宅ほども無い、狭い空間だったけど、そこだけ切り取られた感じで森が途切れていた。

 へえ……結構よさそうな場所だ。

 野外気分を感じたいならここにキャンプ用品を持ち込んだらいいかもしれない。

 そんなことを考えながらそのあたりを歩き回っているとふと何か引っかかるものがあった。


「あれ?」


 何が気になったのが自分でもわからなくて立ち止まる。

 何だ? どこかで似たような……いや、これは!


「……ダン……ジョン?」


 そうだ、確かにダンジョンの入口近くの、何とも言えない変な感じ、あれに似ている。

 この広場? いや見渡す限り何もない……とすると……


「あった」


 木々が密集しては得ているところ、その陰に隠れて回り込まないとわからないところに、確かに前見たダンジョンの入口と同じものがあった。

 周りは全部森の木々、それなのにそこに同化することを拒否するかのように、無機質で暗い平面が存在していた。


「いや……でも……この辺りにそんなものがあるっていう話は聞いてないし……」


 もちろん重要、一般の施設ありのダンジョンではありえない。だが、特別な施設が無い、つまりほとんど人が入ることが無い野良ダンジョンでも、その150余りの場所はすべて調査されてネットで公開されている。

 だとするとこれは何だ?

 ダンジョンって増えるんだろうか?

 それとも調査漏れ?

 ここが山奥の私有地だから誰も調べなかったというのはありそうにも思う。


「連絡……あ、いや、別に必要じゃないんだっけ……っていうか今まで未発見の物ってあったっけ?」


 よく読んでいた、特に現実のダンジョンが存在する世の中になってからはより読むようになった現代ダンジョンものの小説やマンガ。

 それらには決まって「ダンジョンは放置すると中からモンスターが出てくる」とか、そういう設定が語られている。

 だが、現実のダンジョンは単に異世界のリソースとかマナとかいわれるものを地球に持ち出すために女神が意図して開けた探査のための穴だ。

 異世界からや宇宙からの侵略でないそれらにわざわざ危険生物が這い出して来るような機能がついているわけがない。


 そんなわけで、野良ダンジョンの扱いは基本的に放置で、中に入ることは推奨されていない。具体的には、野良ダンジョン探索は国民の義務としての探索には入らず、義務を果たすには必ず重要ダンジョンか一般ダンジョンに入って記録を付けることが必要だ。

 仮に未発見のダンジョン、なんてものが存在したとしても結局は放置で探索が非推奨なので、国に報告しろなんてことにはならないだろうと思う。

 ましてやここは私有地なんだから、例えば「家の庭に井戸があって落ちると出られなくて危ない」というのと危険度的には変わらないだろう。

 僕も中学生のころ、いつもの3人で近くの河川敷にある野良ダンジョンを見に行ったことがあるが、周囲は普通にジョギングやサイクリングの人が行き交っていてわざわざダンジョンの入口に目をやる人も少なかったというのを覚えている。

 要は野良ダンジョンなんて「ちょっと邪魔だけど動かすことができない大木」とかと同じ扱いなのだ。

 道のど真ん中にあるのではない限り気にも留められない存在だ。


 ということで、僕は「とりあえずお父さんとお母さんには言っておこう」と考えながらそのまま自宅へ戻った。

 例のお墓参りの人はもう帰ったのか、それらしい反応は無かったので昼ごはんにしよう。

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