第7話 誓い
「開けるわよ」
「うん」
目的地に着いて、夕日が差し込んでくる。
電磁波は……
「うん、大丈夫そう」
「よかった……ちょっと心配だったのよ」
ちょっと離れたところでハエが飛んでいるかのようなブーンという唸りは聞こえるが、耳鳴りだと思えば何とかなると思う。
そんなことを話していると、外から声がかかる。
「おう、大変だったな、カナメ」
「あ、父さん」
夕日の逆光でシルエットしか見えないが、間違いなく父さん。宗崎タツヒコだ。
身長190cm越えのがっしりした体格、そのくせいつも困ったような下がり眉で、ヤクザに間違われたことはないというのがひそかな自慢らしい。
「タッちゃん、もう中は?」
「ああ、水周りだけ優先して工事してもらったからいつでも住める。家電も一通りはそろえてある」
中、という言葉で見ると、古民家がある。
外から見ている限りは、古いが廃屋というほどではない。
「そうか、カナメは初めてだったな……俺の爺さん、お前のひい爺さんの住んでいた家だ」
「え? そんなの残ってたの?」
おじいさんとおばあさんは今の自宅から電車一本で行けるちょっと郊外に住んでいる。ちなみに母方の方は大阪だ。皆健在だ。
父方のひいおじいさんは僕が小さいころ亡くなったらしく記憶がないが、ひいおばあさんはおじいさんたちと一緒に住んでいる。
てっきりずっとあそこで暮らしていたと思っていたんだけど、違ったんだな。
「親父が結婚するときにあの場所に家を買ったんだ。だから俺が子供のころはここによく遊びに来てたんだよ。ここを引き払ったときに売ろうかという話もあったんだが、後回しにしているうちにこんな世の中になっちまって、そのままになっていたんだよな」
「10年以上放置したにしてはきれいじゃない」
母さんも初めてのようで、いろいろ見回している。
「親父がたまに来て掃除しているからな。ほら、この辺りに知り合いも多いし……」
「生家だもんね、そりゃお義父さんも思い入れあるわよね」
並んでいると、大人と子供だな、と思ってしまう。
父は巨漢、母は自称150cmだそうだが、自分の成長過程からそれはサバを読んでいることが発覚している。だって、僕が150cmだったころに明らかに僕より低かったし……
四捨五入で大目に見るとしても、146、いや145cmということもありうる。
ともかく身長差50cm近くの夫婦なのだ。
「そろそろ引き上げたいんですが……」
「ああ、ごめんごめん。もう大丈夫ですから、お疲れさまでした」
聞きなれない声だと思ったらトラックの運転手の人だった。
家族3人でお礼を言って見送る。
「さ、中に入るか」
父さんの声でもう暗くなった中を3人で歩く。
家の中は、確かに木造で古さを感じたが、連れられて風呂やトイレ、台所を見ると実家のそれと変わらず使えそうで安心した。
少なくとも井戸から水を汲んだりかまどで薪を燃やしたりする必要はなさそうだった。
「さて……」
縁側のある8畳の和室で、一家3人でこたつに入る。
この部屋にしかエアコンはない。12月の山の寒さに暖房無しはつらい。
お茶を淹れて、父さんが切り出す。
「最初に言っておかなければいけないが、カナメ、父さんと母さんは明日には出ないといけない」
「そう……だよね」
それとなく避けていた話題だが、僕はここで一人暮らしをしないといけないらしい。
「父さんも母さんも仕事あるもんね」
「ごめんね、本当は母さんだけならここで研究というのも考えたんだけど……」
ネット回線さえあれば、今の研究も何とか続けられるから、と母さんは話すが、それでもダンジョン探索を前線でやっている父さんは無理だろう。
「……でもね、カナくんが一番大事なのは父さんも私も変わらないわ。いい? 現在ではカナくんの状況を解決する方法はまだ見つかっていないの」
「うん、前の2人もそうなんだよね?」
「そう、だけど、これから私が解決策を研究する」
「え? 今の研究は?」
「それはほかの人に引き継ぐ。もう了解は得ているわ」
「そして、俺が最前線でダンジョンを探索してカナメに役立つものがないか探す」
「それって……危なくないの?」
父さんはダンジョンの深いところに足を運んでいるが、基本的には荷物運びで戦闘はあまりしないと聞いている。それに、前線ではあっても最前線ではなかったはずだ。
「もちろん安全は確保するさ。でも、カナメのことが気になって集中できなきゃそれも危険だろ? だから俺と母さんはそれぞれの方法でカナメが町に戻ってこれるように力を尽くすことに決めたんだ」
「そうか……ありがとう。僕もくじけず頑張るよ」
ちょっとは恐れていた。
自分がここに置いて行かれること、もしかしてこれから放置されるのではないだろうか? 捨てられてしまうのではないだろうか?
だけど、父さんも母さんも、仕事を調整してまで僕のために何かしてくれようとしている。
そうなると、僕としても前向きに生きていかないという気になる。
「頑張る……そうね、じゃあカナくんは……」
*****
母さんが言ったことを僕はそれから半年以上続けている。
それは、実際に自分でも電磁波が飛び交う状況に慣らしていくことだ。
実際に効果は……すこしはあるような気もする。
そんなわけで、僕は今でもこの日のこと、12月の寒い日、家族3人でいろいろ話したこと、そしてそのあと結局眠くなってこたつで眠ってしまったこと、そして朝起きたら僕に布団がかけられていて、父さんも母さんもやっぱりこたつで眠っていたこと……その時のことをよく思い出してしまうんだ。
父さんが言った。
「3人それぞれ、頑張る場所は離れているけど、気持ちは一つだ」
その言葉は、多分これから一生忘れないだろうと思う。
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