第6話 次への歩み

「……もともと、発生するスキルは感知も持ち合わせているのよ……」


 ショックを受ける僕に母が説明を続ける。


「……例えば水を出す能力なら、離れていても水を感じられたり、電気を出す能力なら壁の中の電線の場所を言い当てたりできる。だけどそういう能力は、基本的に害はない。だけど、電波だけは……」


 テレビ、ラジオ、無線LAN、携帯電話、その他の電波がそこらを飛び交っている。それらの秩序は周波数で区切られているものの、場所という点では無秩序極まりない。

 そして、それらはダンジョンを離れてリソースが抜けきった今であっても耐えがたいほど、僕の感覚に飛び込んでくる。


「……もともと人間が感知できるものじゃなかったしねえ」


 『電波が飛んでくる』と言って頭にアルミホイルを巻くというのは、おかしな人の典型だったと思うが、僕はまさにそういう存在になってしまったのだ。


「じゃあ何? 僕はこれから全身金属鎧とかで生活するの?」


 あるいはずっとこういう電波を遮断できる部屋で暮らすとか……

 そんな生活まっぴらだけど……

 投げやりな言葉を察した母さんが、ぎゅっと抱きしめてくれる。


「大丈夫。父さんと私でいろいろ準備している」

「うん、ありがとう」

「それで、とりあえずなんだけど、立てそう? ……なら移動しましょう」

「すぐに? ちょっとお腹すいたんだけど……」

「カナくん、普通の電波暗室にはトイレとか無いのよ」


 そういえばそうだ。

 さっきは気が付かなかったが部屋の隅におまるがある。


「じゃあ急ごう……ってどうやって? 母さん」

「一応ちゃんと全面導通が取れてるから、電波が遮断できるはず」

と、母さんが部屋で存在感を発揮していた箱の一面を開ける。


 外は木箱だったが、その内面に穴あきメタルの鉄板が全面張られている。

 なるほど、これなら中に入れば電波を遮断することもできるだろう。

 そして木箱の天井は大き目の穴があけられていて中はそんなに暗くない。


「一応木箱にしたのは目隠しだから、ちょっと我慢してしばらく入っていてね」


 確かに、木箱がなければ檻の中に入った動物みたいだ。


「どれぐらい?」

「うーん多分20分はかからないと思うし、大声を出したら聞こえるから」


 意外と近い?

 そんなわけで僕は箱の中に入って運ばれることになった。



*****



 そして箱の中で腰を下ろして上を見ていたところ、部屋を出て、廊下の蛍光灯が流れていき、そして青空が見えて、ここで一休み。


「母さん、ちょっと寒いんだけど」

「ごめん、もう少し辛抱して」


 もう12月なので、外はさすがに気温が低い。

 青空は見えるが太陽は見えない角度なので、箱の中は日陰で寒い。

 震えながら待っていると、「オーライ、オーライ」という誰かの声が聞こえて、箱が何か別の物に乗せられたのがわかる。

 そしてそのまま、なんか暗いところに押し込まれた。

 明るくなって、「もういいよ」と出てみると……


「トラック?」

「ご名答」


 最後ちょっと持ち上げられたこと、見た感じ部屋は全面鉄の壁で囲まれていること、そしてエンジンのかすかな振動を考えるとそう考えるしかない。

 内部から見たことはなかったが、荷台に鉄の箱を据えた貨物トラックだろう。

 とはいえ、中には座席やテーブルなどが備え付けられて、ちょっとしたキャンピングカーみたいになっていた。天井には明かりが二か所ある。


「大丈夫よね?」

「うん、うるさくは、ない。外がうるさそうなのは、わかる」

「ああ、結構敏感なのね……」


 確かにこの場では電磁波による騒音はほとんど聞こえない。

 母さんも携帯電話は持ち込んでいないようだ。

 だけど、トラックの壁の外で何かが動いている感じはする。

 例えるなら、台風の日に雨戸を閉めていても外で風が吹き荒れている、そんな感じだ。


「ここだったら移動しながらでも楽にしてていいわ。お弁当も買ってあるから……」

「あれ? トイレは?」


 さっきの部屋ではそれが問題だったはずだ。


「キャンピングカー用のラップタイプのだけど、そこのカーテンの向こうにあるわよ」


 とのことだったので、僕は母さんと一緒にちょっと冷めた弁当屋のお弁当を食べ、いろいろ話した。


 僕がダンジョンに行ったあの日から、3日の時が経っていた。

 これは、それまで昏睡状態が続いていたわけではなく、調査と方針を立て、準備をするまでそれだけの時間がかかったために睡眠薬で眠らされていたということだ。

 今回のことは、法律で決まっているダンジョン体験会での出来事で、ファーストスキルの選択もランダムなのだから、国の全面的な協力が得られたらしい。


「そんなわけで、費用を考えずに最善と思える手段をとることにしたのよ」


 いつの間にかトラックは出発しており、路面の継ぎ目を乗り越える衝撃が時々感じられる。

 母が言うには、今まで2人いた同じスキルの持ち主は、それぞれ地中海の無人島、カナダの森の奥の、比較的電磁波が少ない地域に住んでいるらしい。

 2人とも偶然にも自然派志向の人だったらしく、それぞれの政府から援助を受けながら悠々自適に自然を満喫して生活しているらしい。


「……でもカナくんはそういうの、嫌でしょ?」

「そうだね」


 僕はインドア派だ。

 運動は得意ではなく、ファーストスキルだって武術系ではなく魔法系がいいなと思っていた。

 さらにPCやネットが大好きで、何かの作業中でもちょっと気になることがあったらネットで調べていつの間にか時間が経っていることも多い。


「せめてPCは欲しいかな」

「うんうん、そういうと思ってたよ。ちゃんと準備はしてある。あとは……虫?」

「えーっと、黒いアレ以外は多分……」

「そうねえ」


 黒いアレは小学生のころに飛び掛かられて泣いて暴れた記憶があるので苦手だ。

 地球から、とはいわないが目の前からは絶滅してほしい。


「あ、高校とかダンジョンとかはどうすれば?」

「うん、予定とはかなり変わるけれどね……」


 ペットボトルのお茶を一口飲んで、母が説明してくれる。

 ダンジョンに関しては、健康問題で通えない人と同じ扱いにするらしい。

 そして学校だが、予定していた都内の進学校ではなく、通信制の高校でウェブ授業を受けることになりそうだった。


「それで、肝心の場所はどこなの、さっきからなんかやたら急カーブが続いてるんだけど……」


 それに、トラックのエンジンの唸りが激しい。


「想像通り、山奥よ」

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