第5話 ファーストスキル

 ダンジョン内で僕たち3人は、それぞれの時間を過ごしていた。

 さすがに受験が迫っていたので僕は参考書を数冊持って行っていたし、クニオやダイスケの話に交じることもあった。

 スペースは空きが多かったので最終的には暇になって寝転がっていたが。

 4時間というのはそれほど長い。

 その時間をブルーシートの上で過ごすというのは、今回で最後にしたいと思ったのを覚えている。


 そんなこんなで無事4時間が過ぎて、僕たちはダンジョンから出ることになった。

 ごつごつした地面にブルーシートの上で寝転がっていたため、ちょっと体が痛い。

 前の人に続いて列をなして入口へと歩みを進める。

 予定では、この後外に出てファーストスキルを装置で調べてもらって30分を待って解散だそうだ。


「腹減ったよな」

「昼飯なんにしようか?」


 クニオとダイスケがそんな話をしている。

 確かに今は昼過ぎだから、外で食べないといけないな。


「カナメはなんか希望ある?」

「ああ、僕は……」


 その時、自分では気づいていなかったが、ちょうどダンジョンの入口を超えたんだと思う。

 後で考えるとそうなんだろうと推測するしかないんだけど……だって……


「うあああああああっ」


 突然、天井が落ちてきた。

 そう思った。

 それぐらいの衝撃が僕を襲った。

 どっちが地面かということも分からない。

 自分が立っているのか膝立ちなのか横たわっているのかもわからない。

 そもそも自分が人の形をしているのかもわからない。


「……?」

「……!」


 激しく続く爆音と衝撃の中で、かすかに人の声のようなものが聞こえた気がした。

 気がしただけかもしれない。

 そして……


「……悪いな」


 その声だけが、気を失う直前に意味ある言葉として認識できた。

 そして意識は暗転する。



*****



 意外なことに次の目覚めは穏やかだった。

 多分ベッドか何かに横たわって仰向けになっている。

 何かぼうっとして思考が鈍い気がする。


「気が付いた?」

「……あ……」

「ああ、いいからいいから……多分まだお薬効いているから無理してしゃべらなくていいよ」


 聞きなれた声。母さんだ。

 実際、歩み寄ってきて、母さんが頭をなでてくれた。


「大変だったね……えっと、多分気になっているところからざっと説明すると、ファーストスキル取得時の事故。だから、カナくんに責任はないし、学校にもちゃんと連絡したわ」

「あ……けが……とか?」

「うん、別に暴れたわけじゃないから誰もケガとかしてないわよ。クニオくんたちはびっくりしたみたいだから、後で連絡してあげれば……ああ、うーん、まあなんとかするか……」


 なんか言葉の後半が不穏だったけど、僕はようやく働き始めた頭で、とりあえず唾を飲み込んで母さんに話しかける。


「……ところで、ここってどこ? 病院?」

「別の場所なんだけど、お医者さんには出張してきてもらってるのよ」

「病室には……見えないね」


 なんか白っぽいタイルが天井にも壁にも並べられていて、なんだか実験室かなんかに見える。


「そうね、こんなことがないと私も電波暗室なんかに入ることはなかったと思うわ……えっと、この部屋がカナくんのスキルと関係するんだけど……」

「何? なんか変なの? ユニークスキルとか?」


 『ユニークスキル』

 なんという甘美な響きだろうか?

 クニオやダイスケたちと話していた時にもたびたび話題になっていた。

 だって、特別なスキルを得て大活躍っていうのはダンジョンものの定番だから。

 実際には相模ヒロトの電撃などトップ陣のスキルは珍しくてもユニークというわけではないそうだし、ダンジョン省の発表ではそんなものは無いということになっている。

 ただ、女神が「どうでしょうねえ? ふふふ……」とか言っていたので、本当は存在するのだと信じる人が多い。


「そんなの信じてるの? 珍しいけど世界で3人目。『電波』のスキルよ」

「でん……ぱ?」


 ということは……僕は14歳の少年であるから、僕は『電波少年』ということになるのだろうか? そういう名前のテレビ番組があったと思うし、なんか『デンパ』とか書かれてからかわれそうなイメージがある。

 それより気になるのは名前のことじゃない。


「それってちゃんとファーストだよね?」

「そう、調べた限りではちゃんとモンスターを倒せるらしい。特にゴースト系は一発らしいよ」

「なんで? 聖属性の電波?」

「いや、もともと質量としての形を持っていないものだから、電気とか磁気とか温度とかそういうのが効くらしいのよ。車のバッテリー背負って剣とドライヤーを装備した探索が一時期流行ったのよねえ」

「へえ」


 じゃあ何とかなるのか……


「でも入り口近くにはいないのよねえ、そういうの」

「げ」


 何とかならないじゃないか。


「それより問題なのは……ちょっと身構えていてね?」


 そういうと、母さんは、ひとつだけある入口の重そうなドアに向かって歩いていく。

 僕はもう思考もはっきりしていたので、起き上がって病院ベッドに腰掛けている。

 部屋の隅には点滴の道具があったが、あれは僕用だったのかな。そういえば、左手の甲に脱脂綿が紙テープで止められている。そうすると、意外と長く眠らされていたのかもしれない。

 後は会議机にノートPC、これは母さんが仕事をしながら僕の看病をしていたのだろう。

 それと、なんかわからないが四角くて大きな箱がある。ここ倉庫だったのかな?


「行くよ、一瞬だけど」

「うん、なんかわからないけど……」


 ノブに手を伸ばして、母さんは扉を開く。


「うぅ……」


 一気に静かだった室内に、騒音があふれ出す。

 ちょうど近くで電車が100本ほど全速力で走っているかのような、物理的に揺さぶられるような騒音。

 そして母さんの言葉通り、その騒音は一瞬で引いていく。


「大丈夫?」


 耐えるためにつぶっていた目を開けると、母さんが顔を覗き込んでいた。

 僕がうなずくと、母さんは続けて言った。


「やっぱり、町中だと飛び交う電波が多すぎて、カナくんは普通の生活ができない」


 その言葉は、僕の未来を決定的に変えるものだった。

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