第2話 世界にとってのその日
おっと、まだ午前中なのにちょっと寝入ってしまった。
ミンミンゼミの鳴き声はうるさい。
だけど、それにもかき消されない雑音が僕の耳、いやきっと音を解釈する脳の一部分で止まない。
携帯電話すら届かない山奥でも、まったくの無音というわけにはいかないのだ。
「まったく、面倒だな」
世界各地に「ダンジョン」なるものが発生して早5年。
父も母もそれによって収入を得ているところから、単純に迷惑なものだと言うわけにもいかない。
なによりダンジョンはこの世界を救うために発生したのだから嫌うべきものじゃない。
ダンジョン発生のあの日のことは僕もはっきり覚えている。
当時はまだ小学生だったが、母が学者でありなおかつ子煩悩でできるだけ僕の面倒を見てくれていたおかげで、年齢のわりにずいぶん大人びた知能を有していたのだと自分では思う。
だから、あの「女神」が説明していた、地球に巨大な隕石が近づいているというたとえ話も、充分に理解できた。
『……実際には隕石というわけではありません。他の異世界から分離したかけらがこの世界に衝突しようとしているので、隕石のように物理的破壊が起こるかどうかも不明です。ですが……それよりひどいことが起こりうるのも否定できません』
テレビの前で両親と一緒にそれを見ていたのは日曜日だったはずだ。
事前に政府から重大発表があるということで、どのチャンネルも特番を組んでいて、好きだったアニメ放送がつぶされたのを覚えている。
『例えば樹が動いて襲ってきたり、石が燃え上ったり、大気が全部一酸化炭素になったり、人間が怪物になったり……そういうことが起きてもおかしくないということです』
それを聞いて僕は怖くなった。
様子を見ていた、あるいはちょっと身震いしたのを感知したのか、母が質問してきた。
「どれが一番怖い? カナメ」
「一酸化炭素とかみんなすぐ死ぬじゃない。他のはまあ何とかできるかもしれないし……」
「そうだねー」
そういって母が頭をなでてくれた。
思い返してみると、その会話も普通の小学生らしくないのかもしれない。
この頃の僕は、そろそろ友達との会話のずれに気づき始めたころで、軌道修正しようとし始めたころだ。
その甲斐あって、この後中学校卒業まではそれなりに親しい友達もできて楽しく過ごせていたと思う。
『そこで、なるべくこの被害を抑えるために、このように……』
テレビ画面の中の図が、隕石にたくさんの小さな宇宙船が群がっているものに変化した。
『こうして隕石をちょっとずつ削って地上に持ち帰り……』
宇宙船がなんか岩を乗せて戻ってくる図に変わり、隕石も小さく変化する。
『そして地球に衝突する頃には大気圏で燃え尽きるぐらいにできれば、衝突の被害を最小にできます。我々、神と呼ばれる存在はそれをこの衝突する異世界に対して行うために、異世界の要素……リソースでいいのですかね? を持ち帰れる抜け道を作ることで対処することにしました』
そしてダンジョンというものが地球に生まれることになる。
衝突する異世界のリソースをちょっとずつ持ち帰り、衝突のタイムリミットまでに異世界を削りきるという抜け道。
それをなすのは当然……
『残念ながら我々も全能ではないので、抜け道を作ることでほぼすべての力を使い果たしてしまいます。実際の作業は人類の皆さんにお願いするしかありません』
ということで、人類は世界を守るためにダンジョンアタックを強いられることになった。
タイムリミットは、ダンジョン発生から30年。
僕にとっても、そして両親にとっても無視できる程未来ではない。
なお、この爆弾を投げ込んだ『女神』は特定の宗教の女神ではないらしく、それでも確かに力を持つ超常的存在らしい。
ずっとひそかに活動していたのだが、いよいよ世界存亡の危機ということで初めて自ら姿を現して名乗り出ることになったとのこと。
当然、信じられなかった者は多かったらしく、この記者会見の後の質疑応答でぐだぐだ、さらに国会でぐだぐだ、マスコミを巻き込んでぐだぐだ、自衛隊の扱いでぐだぐだ、としょうもない争いを繰り返したらしいが、僕をはじめとする一般人にはそんなことはどうでもいいので割愛する。
結局定まったのは、15歳以上の国民の義務として、何らかのダンジョン探索が必要になったということだった。
そう、実は僕もそれに含まれるのだが、今は健康上の問題があるということで免除されている。
もちろん、他にも住居の関係で交通上無理とか、医者などの緊急対応が必要な職種、その他税金を多めに払うなどで義務が免除されることがあるが、基本は15歳以上の健康な国民は月に1回最低4時間のダンジョン探索が義務となっており、世の職場は有給でダンジョン休を月一で設けなければいけなくなった。
なお、異世界のリソースとやらは、人の魂にまとわりついて移動するため、一定時間中に入って外に出ればそれでいいらしい。
もちろん、モンスターという形をとった大きなリソースの塊を倒すことが効率がいいのは確かだが、単に入り口近くで4時間何もせず座っていてそのまま出てもいいとのことだ。
「やれやれ」「めんどくさい」と思ったものもいただろう。
「自分には関係ない」と思った老齢者もいただろう。
だけど、僕たちは、当時小学生だった僕たちはわくわくしていた。
日常に現れた非日常。
それに、ダンジョンに入ると不思議な力を使えるようにもなるらしい。
クラスではそうした能力を得た人たちの動画を話題にして盛り上がったのを覚えている。
思えば、もともと共通の話題がなかったところにダンジョンが放り込まれたので、とりあえずその話をしていれば話題には困らなかった。
そういう意味でも僕はすでにダンジョンの恩恵を受けているともいえるかもしれない。
まあ、とりあえずそんな風にして僕は小学校、そして中学校と、夢と希望に満ちた生活を送っていた。
状況が一変したのは、忘れもしない、去年の12月13日のことだった。
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