第7話 過ちと赦し

 「静岡で出会ったその人は、俺より一つ年上でした」


 比嘉は静かに語り始めた。


 「職業はSEで、家の中でもいつもノートパソコンに向かって仕事をしてました。初めて会ったときの印象は……正直、『細いな』って思ったんです。本当に、驚くほど痩せてて、いかにも病弱そうな体で……。まあ、最初はいつものように、適当に関係を作って転がり込んだだけでした。彼も多分、寂しかったんでしょうね。俺みたいな奴を簡単に受け入れてくれました。でも……彼は、他の人たちとは全然違ったんです。


 俺が何をしても、何を言っても、彼は一度も否定しませんでした。俺がふざけて馬鹿みたいなことを言っても、怒るどころか、ただ静かに笑ってるだけで。それまで俺が一緒に暮らしてきた人たちは、みんなどこかで俺に期待してて、俺がその期待を裏切るたびに怒ったり、呆れたりした。でも、彼は何も言わない。ただ、そばにいてくれたんです」


 比嘉はふと天井を見上げ、小さく息を吐いた。その顔には、深い後悔が滲んでいた。


 「ある日、彼と一緒にゲイバーに行ったんです。そのときの俺は、本当に最低でし

 た。酒が入ってたんです。酔いの勢いもあったけど……俺、自分の中の鬱積した感情を隠したくて、彼を貶すようなことを口にしました。『痩せててひょろひょろ』『頼りがいがない』、もっと酷いこともたくさん言いました……ほかのお客さんがいる前で。


 みんな困った顔をしていました。そりゃそうですよね。でも、彼はただ悲しそうに笑うだけで、何も言い返しませんでした。その顔が、逆に俺にはこたえました。なのに、俺は……自分の弱さを悟られたくない一心で、止められなかったんです」


 真一は、比嘉の言葉に込められた苦悩を感じながら、静かに息を吸い込んだ。


 「正直、あのとき俺は、自分の選択を否定されるのが怖かったんです。『なんでこんな相手と暮らしてるの?』って思われるのが、嫌でたまらなかった。自分の人生を、選んできた生き方を、誰からも馬鹿にされたくなかった。だから、彼を貶すことで、自分が優位に立ってるふりをしてたんだと思います。でも、それがどれだけ酷いことだったか、今ならわかります」


 比嘉は目を伏せ、微かに唇を震わせた。


 「俺は、彼の優しさに甘えてたんです。彼が怒らないのをいいことに、勝手に自分の不安や劣等感を隠す盾にしていました。でも……今でも忘れられないんです。あのときの彼の悲しそうな笑顔を。何も言わないけど、彼は……傷ついてたと思います」


 比嘉の声は次第にかすれ、最後の言葉を絞り出すようだった。


 部屋には再び静寂が訪れ、虫の声が微かに聞こえるだけだった。真一は、そんな比嘉の姿に言葉をかけることもできず、ただその場の空気を静かに受け止めていた。


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