第4話 二人だけの食卓

 夜風が頬を撫でる中、真一は比嘉の後ろを歩いていた。仕事終わりの疲れた体には、この涼しさが心地よい。街灯の少ない道を抜け、どこか素朴な雰囲気の集落へと向かうと、比嘉の家が見えてきた。


 「今日も適当に作るんで、ゆっくりしててください」


 比嘉が笑いながらそう言うと、真一は小さく頷いて靴を脱いだ。この家に来るのは、もう何度目だろう。誘われるたびに断る理由が見つからず、むしろ心がほっとするのを感じていた。比嘉の家は、木造の平屋で、広くはないが不思議と落ち着く空間だった。


 「なんだか、いつもごちそうになってばかりですね」


 真一が遠慮がちに言うと、比嘉は笑顔で振り返った。


 「いいんですよ、気にしないでください。それに、誰かと食べた方がごはんは美味しいですから」


 その言葉に、真一は軽く笑みを浮かべながらも、心の奥で少しだけ胸が疼いた。この2週間、毎日比嘉と働き、彼の朗らかな笑顔や飾らない言葉に癒される日々が続いている。比嘉の話し方は優しく、あっけらかんとしていて、どこか温かい。それは真一にとって、思いがけない幸せだった。


 だが、ふとした瞬間に気づくことがある。自分は比嘉のことを何も知らない――彼の過去も、ここに住むようになった経緯も、一度も訊ねたことがなかった。


 キッチンから漂う匂いに誘われるように、真一は比嘉の姿を追った。フライパンを手際よく振る比嘉は、いつものように楽しそうだ。


 「榊さん、ビール、冷蔵庫に入ってますから飲んでくださいね。自分の分も後で取りに行きますから」

 「ああ、ありがとうございます」


 冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出し、プルタブを開けると、比嘉の穏やかな声が背中から届く。


 「……榊さんは、こうやって沖縄に住むの、楽しいですか?」


 唐突な問いだったが、その声に悪意はなく、ただの好奇心のようだった。


 真一はビールを一口飲み、比嘉の方を振り返った。


 「ええ、楽しいですよ。比嘉さんのおかげで、特に」


 そう答えると、比嘉は少し驚いた顔をしてから、すぐに柔らかく笑った。


 「それならよかったです。俺も……榊さんが来てくれて、なんだか楽しくなりました」


 その言葉に、真一はふいに胸の奥が暖かくなるのを感じた。この家で過ごす時間が、自分にとってただの「楽しい時間」以上のものになりつつあることを、ようやく自覚し始めていた。

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