第3話 サトウキビ畑の出会い
移住から1か月が経った。沖縄ののんびりとした生活は、真一の心を確かに癒してくれた。けれど、そろそろ何かしらの仕事を始めなければ、という焦りにも似た感情が芽生えていた。都会を捨ててここへ来たのだから、次に進むべき道を自分で切り開かなくては――そう思い、真一は腰を上げた。
仕事を探し始めたといっても、何から手を付ければいいのかわからなかった。東京でのキャリアはここではほとんど役に立たないだろう。年齢のこともあり、受け入れてもらえる仕事が見つかるのかという不安が頭をよぎった。そんな中、地元の農作業を手伝う仕事があると耳にし、思い切って連絡を取ってみた。
「よければ明日から来てみてくださいね」
担当者の柔らかい返事に、真一は思わずほっと息をついた。意外なほど簡単に話が進んだことに驚きつつも、これでやっと新しい一歩を踏み出せるという安堵が胸に広がった。失敗したらどうしよう、という不安ばかりが先走っていた自分が少し恥ずかしくなったほどだ。
迎えた初出勤の日。
真一がその農場に初めて足を踏み入れたのは、朝日が丘を越えて照り始めた時間だった。辺り一面に広がるサトウキビ畑と、その奥で静かに風に揺れるハイビスカスの花々。その美しさに目を奪われながら歩いていると、ふと耳に届いた声が彼を現実に引き戻した。
「おはようございます! 今日からここで働く方ですか?」
「ああ、そうです。
「榊さん、ですね。
比嘉は35歳だというが、その体つきは年齢以上に健康的で力強かった。小麦色に焼けた肌に隆起した筋肉、無精髭が無造作に生えた顔が、沖縄の自然の中で働く男らしい雰囲気を漂わせていた。
比嘉は手を差し出した。その手は、大地を耕してきた者の証であるように、指先が少し固く、日に焼けていた。真一はその手を握り返すと、どこか安心感を覚えた。
「この辺りのこととか、わからないことがあったら気軽に聞いてくださいね。俺ここの仕事長いんで、何かとお手伝いできると思います」
真一が軽くうなずくと、比嘉は軽トラックを指して言った。
「ちょうど荷物を下ろしてるとこだったんですけど、もしよかったら、一緒に手伝ってもらえますか? そんなに重いものはないんで」
「わかりました。ちょうど体を動かしたかったところです」
二人で農具を片付け始めると、比嘉が汗を拭きながらちらりと真一を見た。
「榊さん、沖縄に来るのは初めてなんですか?」
「ええ。こうして暮らし始めたのも、つい最近なんです」
「そうなんですね。慣れるまではいろいろ戸惑うこともあるかもしれませんけど、ここの人たちはみんな優しいですから。困ったことがあったら、遠慮なく言ってくださいね」
太陽の光を受けて輝く比嘉の笑顔と、その端正な横顔に、真一はなぜか胸が騒ぐのを感じた。
比嘉の言葉には飾り気がなく、それでいて誠実さが滲んでいた。真一はその感覚を胸の内に収めながらも、作業を続けた。そして比嘉の言葉通り、この新しい場所で、少しずつ馴染んでいく自分を想像してみたのだった。
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