第3話 聖女は自由気ままな生活を望んだ
「お嬢様、よろしゅうございましたね。」
アンヌはローラ付きの侍女で、同級生として在籍している平民の娘だ。
「それで、アンヌの調べでは、シュルルの卒業式に婚約解消とラルとの婚約を一緒に発表するようですわ。」
「あらら。それがシュルルの評判にどれだけダメージを与えるか分かっていないのかしら。」
「どうやら、ラルにはその意味が分からないようですわ。つまり、大切なのは自分の感情だけで、他の事はどうでもいい。」
「それって、やっぱり……」
「おそらく間違いないかと。」
レイミはそのことを宰相と陛下に伝え、彼女の提案で婚約破棄はそのまま実行された。
大義名分としては、もう少し泳がせて背後関係を探るというものだった。
だが、本音はそうではない。
王子との婚約から結婚が実現してしまうと、彼女の一生は貴族同士の交流と子を産み育てる事だけに費やされてしまう。
ましてや、聖女などという認定を受けてしまったら、間違いなく教会に拘束されてしまう。
どちらも全力で拒否したい案件だった。
勿論、最初からそんな考えだった訳ではない。
3才でシュルル王子との婚約が決まって以来、彼女は王族の一員となるために努力を重ねてきた。
マナー・一般教養・政治学・魔法・剣技。
それこそ寝る間を惜しんで学び、鍛えてきたのだ。
魔法の実技こそラルに及ばないが、それ以外はほぼ学年トップの優秀な成績を修めてきた。
それが、邪気に侵されてこのまま死ぬかもしれないと思ったときに変化した。
1から10まで貴族に縛られる生活。
私はナニ? 私は誰?
心の中の月が成長するに連れ、その問もどんどん大きくなっていく。
寝たままで、満月の光を浴びていたとき一つの答えが見つかった。
私はワタシ
その瞬間、彼女の心臓がトクンと脈打った。
そしてワタシの意識が生まれたときに、心の中の月が誕生したのかもしれない。
やがて12月を迎えてレイミは婚約を破棄された。
それは同時に、彼女の解放でもあった。
いや、少々開放感に浮かれすぎていたのかもしれない。
1月8日、レアはダンジョンからの帰還に手間取り……ダンジョンで調子に乗ってしまい、つい時間を忘れて討伐していたために、8日の昼過ぎ時点で王都から80kmの位置を走っていた。
翌9日は、13時から始業式が予定されている。
まあ、悪役に徹してヘイトを集めるという意思を固めた以上、始業式を欠席したところで何ら問題になるとは思えないが、レイムは生真面目な性格だった。
だから、徒歩で3日ほどかかる距離を走った。
身体強化した体で、アスファルトの簡易舗装された道を、時速30km程で走り続け、休憩を入れて5時間で走破してしまった。
息を切らせて屋敷に駆け込んだレア……
「ど、どなたですか!」
「ハアハアッ、わ、私です……。とりあえず、お風呂に入るから食事の支度を……」
流石に力尽きて膝を着くレア。
「ま、まさか……レイミお嬢様?」
「ハアハアッ……そうよ……。」
「その髪の色と、その服装は……」
「あっ、いけない……ウィッグよ……これ。」
「な、何という恰好をなさっておられるのですか!」
「ご、ゴメン……お願い、体力の限界なの……ノーラ……お願い……」
「くっ、サラ、寝室からお嬢様の寝巻を。リースは食事の準備。私はお嬢様を洗ってきます。もう、匂いが酷いので、この辺に香料を撒いておいて!」
ノーラという赤い髪のメイドは、今年34才になる中堅どころで、レイミが3才の時から世話をしている専属メイドだった。
婚約破棄をされたという情報は入っていたが、まだレイミから詳しい話を聞いていない。
彼女は軍人を父に持った男爵家の次女で、女性でありながら武芸と魔法を使いこなし、将来は士官候補と言われる程の勇敢な軍属だった。
それが、第3王子とレイミの婚約が決まった際、国王から直々に命を受けてレイミの護衛に配属された。
だが、護衛ではレイミの敬語はできないからと、軍を退役しシュルベール子爵家のメイドとして十数年を過ごしてきた。
その間、レイミに乞われて武術と魔法も教えてきた。
王家に嫁ぐという事を、彼女がどれだけの覚悟をもって取り組んできたのかノーラは知っている。
子供らしい遊びは一切しないで、ひたすら国のために費やしてきたレイミの十数年がどれほど苛酷なものであったか……、彼女だけは理解していた。
だからこそ、第3王子を許せなかった。
婚約破棄された事と別の女との婚約宣言。
その事実を聞いたときには、そのまま城に押し入って、第3王子の命を奪う事すら考えていたのだ。
かろうじて踏みとどまっていたのは、まだ、レイミから直接聞いていないというその一点があったからに他ならない。
終業式の夜遅くに帰ってきたレイミは、疲れているからと食事もとらずに寝てしまい、翌日は朝食だけ取って出かけてしまった。
そして帰ってきた時には、自慢の金髪を切り落としたショートカットになっており、その表情が沈んでいるようにノーラには見えた。
夕食後、部屋にお茶を運んだノーラは、レイミの正面に座らされたノーラは、そこで初めてレイミから事情を聞く事ができた。
「ノーラ、ごめんなさい。私は王族となる事を辞退しました。」
「辞退……なのですか?」
「そう。婚約破棄させない選択肢もあったし、陛下からはジョゼ王子との婚約も薦められたけど、今のところそれは考えていません。」
「……第2王子との婚約も断る……私には理解が追いつきません。それに、その髪は……」
「ああこれ?婚約破棄とか関係ないわ。これから冒険者になるんだもの、邪魔でしょ。」
「ぼ、冒険者!」
「順に話すわね。この2年間、私には辛い事が続いたの。それで何日も寝込んだ事は知っているでしょ。」
「確かに、学期末にお帰りになられたとき、顔色のすぐれない時が幾度かございました。」
「あれはね、悪意のある意識によって、邪なモヤのようなものに包まれていたのよ。」
「……軍におりました時に、邪悪な気配を視覚的に見る事のできる兵士がおりました。黒と紫の混ざりあったモヤのような感じで、近寄るだけで体調が悪くなるそうです。」
「多分、同じ類のものだと思うわ。そして私は苦しんだ末に、それを浄化できる力を手に入れたの。」
「……それって、まさか……」
「うん、聖女の力だと思うのよね。」
「……聖女様……」
「これが、多分、その証よ。」
レイミは3本の、ピンク色の液体の入った瓶をノーラに手渡した。
「このような色の……これは、回復薬なのでしょうか……」
「学園の授業で回復薬を作ったのだけれど、鑑定できる教師が確認したところ、多分万能薬ではないかと言っていたわ。」
「万能薬……冗談で、そういうのがあったらいいなと話した事はありますが……」
「実験用のネズミで試したところ、瀕死・毒・マヒの状態から、一滴で全回復したそうよ。傷につけたら、痕跡も残さず治ったそうよ。」
「そんなものが……」
「これはノーラに渡しておくから、必要だと判断したら使って頂戴。」
「わ、私がですか!」
「使ったらいくらでも補充するわ。兵士やノーラの家族でも、好きなように使っていいわよ。勿論、うちのメイドたちにもね。」
「こ、この存在は……」
「陛下と宰相とお父様が1本づつ持っているわ。だから極秘っていう程でもないのよ。」
「多少は秘密なんですね。」
「誰が作ったか秘密っていうだけよ。バレたら大騒ぎになるでしょ。」
【あとがき】
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