第2話 聖女の条件

「……そのピンクが20本……。1本で金貨50枚、いえ金貨100枚は……」


「さあ、これで冒険者ランクは何級にしてもらえますか?」


 流石に人前では出せないと思ったのか、レアは最初から個室で交渉していた。

 だが、何人かの職員の耳には届いている。


「これって……どれくらい日持ちするんですか?」


「1カ月は大丈夫みたいですけど、すぐに消費されちゃいますからね。」


「そんな高価なものを……使っちゃうんですか?」


「これまでは3本くらいしか作らなかったですからね。今回はランクを上げたかったので奮発しちゃいました。」


「ちょ、ちょっとお待ちください。」


 受付嬢は部屋から出てギルド長に小声で報告した。

 ギルド長は懐疑的な表情で、鑑定師を呼んで会議室にやってくる。


「これが万能薬だというのか……エジン、鑑定をしてくれ。」


「は、はい。」


 鑑定師がスキルを発動すると、右目の周りに魔法陣が発動して鑑定が行われる。

 ゲームとかではないので、文字が表示されるような事はない。

 鑑定師の頭の中にイメージとして浮かび上がるのだ。


「どうだ?」


「た、確かに瀕死状態や末期症状の病人を全回復する薬です。言葉で表現するなら……完全回復薬……信じられません……」


「バカな……そんなものが存在するなど、聞いたことがないぞ……」


「それで、私の冒険者ランクはどうなるんですか?」


「冒険者ランク?」


「あっはい。レアさんは本日冒険者登録をされて、昇給のためにこの……回復薬を作ってきたみたいです……」


「お、お前は……何者だ……」


「ああ、もう!面倒ですわね!私はレア。強いモンスターを相手にしたいので、ダンジョンに入りたいだけですの。早く決めていただけませんかしら。」


「き、貴族なのか?」


「そんなのはどうでもいい事ですわ。」


「こ、これは、本当にお前が作ったのか?」


「そうですわ。」


「これを、いつでも作れると……」


「言っておきますけど、私は薬師ではございません。必要と感じたら作りますけど、これでお金儲けするつもりはありませんわ。それから、私の事は口外禁止です。」


「何故だ。」


「あら?その程度の事もお分かりになりませんの?」


「くっ……た、確かにこんな事が広まったら……」


「まあ、少しは活動資金も要りますから、1瓶金貨1枚でお譲りいたしますわ。その代わり、売る時には必要以上の利益は求めないこと。それで如何かしら?」


「ギルド長!売りに出したら金貨100枚でも買い手がつきます!」


「ああ、そういえばレオノーラ公爵家の奥方がもう3年ほど寝込んでいますわね。あそこなら金貨100枚で売っていいですわ。その代わり、他の病人やケガ人には銀貨1枚で分けてあげる事にしましょう。」


「銀貨1枚だと!」


「貴族は一律金貨100枚かな。ギルドはそれで十分稼げるでしょ。」


 こうしてレアは金貨20枚を手に入れ、冒険者ランクは1級に昇格した。

 1級の上には、D・C・B・A・Sというランクが存在するが、1級ならばほぼ全ての依頼を受注できて、どこのダンジョンでも出入りできる。

 レアにとって、これ以上のランクは必要なかった。

 金儲けが必要ではなく、自分の聖力を増やす事しか考えていないのだ。


 その翌日からレアの本格的な冒険者活動が始まった。

 捜す依頼は、群れや巣の絡んだものだ。

 レアの戦い方は異質だった。

 聖力で体の周りに障壁を展開し、ゆっくりと魔物を刻んでいく。

 いや、獲物はレイピアだったから、何度も刺してジワジワと弱らせていき、動けなくなってもとどめを刺さない。


 こうして、最後までヘイトを集めて聖力の枠を拡大していくのだ。



 聖なる力を増やすというのは、自分に向けられた邪なる力を取り込んで、それを聖の力でねじ伏せて吸収するイメージだった。

 レアがそれを感じたのは、ラルの嫉妬心だった。

 3年前の入学式の時点で、王子を慕うラルの意識はあからさまだった。

 それがレアに対する妬みから発生したものなのか、王子への憧れなのかは分からないが、それは徐々に成長していく。


 レアは、元々が全属性魔法師である事に加えて、膨大な魔力量を有していた。

 その邪な感情が魔力と混ざりあってレア……レイミを日常的に襲うのだ。

 

 最初のうちは、何日も寝込んでしまう程だった。

 執拗にレイミを襲う黒い感情の奔流。

 何日も悪夢に魘されながら、食事も満足に喉を通らず、日に日に痩せて力を失っていく身体。


 そんな彼女を支えてくれたのは、窓から見える月だった。

 月を見ているだけで穏やかな気持ちになり、憂鬱な感情を浄化してくれる気がした。

 何日も月を眺める事で、体は少しずつ回復していき、心の中にごく小さな月が生まれた。


 月に意識を集中する事で、黒い感情を殺していく……いや、食いつぶしていく。

 徐々に成長する月と呼応して、その力を解放する事で邪気を祓える事にも気付いた。

 例えば、傷口には邪気がこびりついている。

 他の者には見えないらしいが、レイミにはそれが認識できた。

 

 その傷口の邪気を、月の光を使って拭い取ってやると、傷も修復できた。

 傷口の邪気を吸収するだけで、傷の治りが加速する事も分かってきた。

 そして月の力は使うと小さくなってしまった。

 魔力のように、一晩寝ると回復するようなものではなかったのだ。


 それからのレイミは、毎日のように自分に向けられる邪気を取り込んであった。

 身体が月の光で満たされても、邪気を取り込むことで月の光は強くなっていく。

 

 普通の治療魔法は、手のひらに魔法陣が発動する事で効果を発揮するのだが、レイミの治療は魔法陣が発動しない。

 学園の教師は、これを聖属性の魔法ではないかと推測した。


 そしてレイミが普通の魔法も使える事から、聖女とか騒がれる事はなかった。

 歴代の聖女は、魔法を使う事が出来なかったのだ。

 だから、ラルについても、聖女だと吹聴しているのは王子と取り巻きだけなのだ。


 やがて、ラルは王子に接近して、王子を邪気で包んでいった。

 レイミの時みたいに、憎しみに満ちた邪気ではないために、体に変調を来す性質はないようだ。

 だが、そのおかげで、2人から邪気を向けられるようになり、ラルは信者を増やしていく。


 あからさまにベタベタする第3王子とラルであったが、レイミはこの時点で第3王子に対する興味や好意を失っていた。

 

「シュルル様、私、レイミ様に嫌われているようで、心苦しくて仕方ありません。」


「ラルが気にする事はない。レイミには今度俺から伝えておこう。心優しいお前は何も心配しないでいい。」


 レイミは、自分に影響が出そうな教師だけは光の力で浄化しておいた。

 だが、ラルの邪気をまったく寄せ付けない者も存在した。

 翌年入学してきた、第2王女のローラもその一人だった。

 ローラが入学してきてからは、レイミは王子よりも彼女と過ごす時間の方が多くなっている。


 隔日のように城へ通うレイミに対して、ローラが同行する事も多いのだ。

 

「お姉さま、シュルルとあの変態女が婚約破棄を企んでいるようですわ。」


「えっ、私の?」


「そう、お姉さまとシュルルの婚約ですわ。私としては、お姉さまにメリットだらけだと思うんですけど……」


「そうですわね。私としては大歓迎ですわ。」


「でも、そうすると私との姉妹関係がなくなってしまうので、ちょっと難しいんですけど。」


「ローラ様とのご縁は、王子と関係ありませんわ。」


「えっ!じゃあお姉さまと呼んでもいいんですか!」


「好きなようにお呼びいただいて結構ですわ。」


「やった!」



【あとがき】

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