悪役令嬢はやめられない

モモん

第1話 お前との婚約を破棄する!

「お前との婚約を破棄する!」


 ローズ聖国の国立学園第17期卒業式の日、第3王子シュルル=ローズレアは婚約者であるレイミ・ド・シュルベール子爵家息女に宣言した。

 

「そして俺は、ここにいる聖女ラルを婚約者にする。」


 シュルル皇子はこの年の卒業生であり、レイミとラルは来年最上級の4年になる。

 聖女と呼ばれたラルは、学校創設以来初の4属性を操る”全属性魔法師”として認定を受けている。

 本来の聖女とは”聖”属性の魔法を操るものであって、4元素属性が使えるからといって聖魔法が使えるとは限らない。

 現状では、シャルル皇子と取り巻きたちが声高に叫んでいるだけなのだ。


 シャルル王子に婚約破棄を言い渡されてレイミ嬢は”やったぁ”と、心の中で歓喜の声をあげた。

 自分はこれで些事から解放され、好きに生きる事ができる。

 

 これまでは王妃になる可能性もあるために、服装や所作について厳しく躾けられてきた。

 毎週月・水・金曜日は授業終了後、夜遅くまで城に出かけてマナー・ダンス・政治についてのレッスンが行われていたのだ。

 だから勝手に髪を切る事も許されず、服装もドレスと制服と寝巻くらいしか着たことがない。

 そのレイミが、パンツ姿で町を歩けるようになるのだ。

 それも、護衛なしで。


 12月24日の卒業式のニュースは、あっという間にローズ聖国王都に広まった。

 25日の終業式が終わって、全寮制の学園から在校生が帰ると、更に噂の広がりは加速していった。


 そして25日の終業後、レイミは国王ジョルダン=ローズレアと面会していた。

 同席者は国王と宰相のロード・デ・ローズレア侯爵。それとレイミの父、ロバート・ド・シュルベール子爵の3人だけだった。

 応接室は完全に人払いがされ、宰相のサイレント魔法で遮音もされている。


「レイミ、本当にこれで良かったのか?」


「はい、陛下。これで私は悪役に徹して、皆様からのヘイトを集める事ができます。」


「ですが陛下!15才の娘にこのような仕打ちは、あまりに酷すぎるかと……」


「ロード宰相様。これまでの聖女は、貧しい環境で育っていたために、幼少期から世間の冷たい目が向けられて聖力の許容量を増やしてまいりました。今から私が彼女たちに追いつくには、これしか方法はございません。」


「し、しかし、あんな衆目の中で婚約破棄を宣言させるように仕向けるなど……シュルベール家の家名にも傷が付いてしまったではないか……」


「陛下、今必要なのは魔族の襲来に備える事であり、そのためには我が家の家名など些末事にございます。」


「……わかった。今は、国民のためにレイミの好意に甘えよう。だがな、辛くなったらいつやめてくれてもいい。第2王子のジュゼを婚約者にしてもいいんだぞ。」


 第2王子のジュゼ=ローズレアの婚約者は、3年前に流行り病で亡くなっている。

 18才になった今も、適齢期でありながら次の婚約者を決めずにいた。

 本人曰く、農政が楽しくてそんな余裕はないと発言しており、農業部の係長として国内各地を飛び回っている。


 

 26日から1月9日までの15日間は、学園も年度休みとなるため、全員が実家に帰宅する事になっている。

 レイミも貴族街の屋敷に帰って、翌年度に備えるハズなのだが、レイミにはやる事があった。

 最初に行ったのは美容院で、レイミは背中まであった金髪をショートボブにカットしてもらい、切った髪を赤く染めてセミロングのウイッグを作ってもらう。


 次に町の武器屋で冒険者の服と暗視効果の付与された黒縁メガネを買い、それらを装備して冒険者ギルドへ行き、新規で冒険者登録をする。

 名義はレアという偽名にして、ジョブは魔法使い。

 冒険者は10級からスタートし、所定の依頼をクリアすれば9級に昇級できるのだ。


「3級までは、所定の依頼を5件クリアすれば昇級できます。」


「9級に昇級する時は何が必要なんですか?」


「国の出す清掃や草刈りに1日従事すれば依頼1件完了です。薬草毒消し草の採取なら10株で1件ですが、調薬のスキルはお持ちですか?」


 調薬の知識とスキル習得は、学園の2年で習得できる。

 当然レイミ……いや、レアも習得している。


「あっ、調薬のスキル持っています。」


「でしたら、200ccの回復薬5本か、上級回復薬1本を納品すれば9級に昇級できますよ。あっ、毒消し薬も同じです。」


「8級はどうなんですか?」


「9級の依頼5件か、中級の回復薬か中級解毒薬5本納品で昇級ですね。あっ、上級回復役なら1本です。」


「特級回復薬を納品しちゃダメですか?」


「うふふっ、特級回復薬なんて店頭に出てきませんし、国家薬師クラスでないと調薬できませんよ。そうですね、もしそんなものを納品いただいたら、金貨2枚の買取で、5級か6級でギルド長に申請してみますよ。」


 ギルドから出たレアは、城壁の外に出て回復薬の素材を捜した。

 一般的に知られている”薬草”というのは、クリキ草というキク科ヨモギ属の植物なのだが、上級ポーションを作る時にはトリノ木の新芽を使う。

 レアは探査魔法を使ってトリノ木を捜し、1本の新芽を全て摘み取った。

 薬瓶や鉢などの買い物をして自宅に帰ったレアは、鉢に水を張って87度まで加熱する。

 そこに採取してきたトリノ木の新芽を全部浮かべて、87度を維持しながら20分待った後で水温が30度になるまで冷ましていく。

 この時に、水に対して回復魔法を発動して、魔法の効果だけを定着させるのだ。


 レアの場合は、聖属性の回復魔法を使うので、定着する効果には状態異常を解除する効果も含まれており、これを鑑定すると特級以上の回復薬と判断されるらしい。

 特級以上というのは、稀に万農薬エリクサーが作れてしまう事があったからだ。


 30度になったら、急いで新芽を取り除く。

 道具はガラスのスプーンを使う。

 上級回復薬を作る時には、絶対に金属を使わない。

 液が金属に触れた瞬間に回復効果の劣化が始まり、最悪の場合毒薬になる事もある。


 ちなみに、レアに鑑定のスキルはないが、探査魔法を使って”特級回復薬”を指定すれば、鑑定に近い事もできるのだ。

 

 出来上がった回復薬を、200ccのガラス瓶に入れて完成である。

 今回完成した回復薬は、23本だった。

 

 レアは早速完成品を持って冒険者ギルドに向かった。

 屋敷からだと徒歩で30分かかるのだが、身元を隠して冒険者活動をしたいので馬車は使えない。

 馬車には家紋が入っているので、すぐに特定されてしまう。


 それに、冒険者ギルドに貴族用馬車で乗りつけたら、あっという間に広まってしまう。

 冒険者たちが使うのは、せいぜいが荷馬車なのだ。


「すみません。回復薬を作ってきたので買取をお願いします。」


「ああ、今朝のレアちゃんだっけ。何本作ってきたの?」


「えっと、とりあえず20本お願いします。」


「えっ!何ですかこの色!」


「普通の回復薬は緑色。上級回復薬は黄色で、特級回復薬はオレンジ。そこに治療と治癒の効果が加わったものがピンクになります。」


「そ、そんな回復薬……聞いたことがありません……」


「ええ。ここでいう治癒とは、完全回復の事です。つまり、一般的には万能薬と言われています。」


「ちょ、ちょっと待ってください!万能薬なんて、都市伝説ですよね……」


「今日も、ここへ来る途中で、子供が馬車に跳ねられて重症……いえ、殆ど死にかけの状態だったので、半分を体に振りかけて半分を飲ませました。」


「かける?……飲ませる?」


「飲ませる事で、回復と同時に内臓破裂などを修復。外傷も酷かったので外側からも治療し、治癒に導いたんです。」


「その子は……」


「元気に走っていきましたよ。服はボロボロになっちゃいましたけど。」



【あとがき】

 悪役令嬢シリーズ新作です。

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