第4話 悪女の新年度が始まった

「聖女様という事は、お嬢様は教会に入られるのでしょうか?」


「イヤよ。折角王族という縛りから逃れたのに、何で教会なんかに捕まらなくてはいけないのよ。」


「そのお力は、神様に遣わされたものではないのですか?」


「神様はどこかにおられるかもしれないけど、少なくとも教会に神様を感じさせる存在はないのよ。」


「では、教会とは……」


「難しいわね。直接見えるモノがないと、神様に祈る事ができない人もいるようだし、私も全てを否定するつもりはないから。」


「それならば、私はお嬢様に祈りを捧げる事にいたします。そうですわ!お嬢様の象を作って家中に飾りましょう!」


「うふふっ、ローラ、私はあなたの豊かな胸が憎たらしくなってきましたわ。潰してしまおうかしら?」


「大丈夫ですよ。お嬢様の貧相な胸でも、男性に揉んで頂ければ、赤子が吸える程度にはおおきくなりますから。」


「くっ、……冒険者として鍛練を積めば、じきにあなたを叩きのめせるようになりますわ。覚悟しておきなさい。」


「何で冒険者なんですか?」


「聖女の力というのは、悪意を向けられる事で強くなるんです。だから、そういう悪意を持つモンスターを狩る事で聖女の力を強化して行く。学園を卒業した後も、やることが出来ましたのよ。」


「えっ、一時的なものじゃなくて、卒業後も冒険者なんですか!」


「うふふっ、冒険者の頂点になってみせますわ!」



「まったく、何日お風呂に入っていないのですか?」


「えっと、この前帰ってきた時……以来かな。」


「な、7日という事ですか!」


「宿屋で体を拭いてた……大丈夫……」


「寝ないで下さい!」


「だって、トリノから走ってきた……もう限界……」


「ト、トリノって、西に100kmあるじゃないですか!」


「必至に……走った……明日、始業式…………」


「寝ない!食事もまだなんですから!」


「いい……もう、寝る……」


 レイミが寝てしまったので、ノーラはメイドを呼んで、3人がかりで体を洗って寝巻を着せ、ベッドまで運んだ。

 そしてパンパンに張った筋肉を優しく揉みほぐしていく。


「センパイ、何でお嬢様がこんなになるまで鍛える必要があるんですか?」


「ふう……。少なくとも、王子との婚約を破棄されてもやらなくてはいけない事よ。この家にいる私たちだけでも、お嬢様の味方でいましょう。」



 翌朝、レイミは早い時間に目が覚めた。

 久しぶりに十分な睡眠をとれたため、すっきりとした目覚めだった。

 

「アイタタッ、足はそれほどでもないんだけど、腹筋や背中……腕もパンパン……」


「足のマッサージだけで、メイド3人で1時間かけましたわ。お腹や背中の筋肉は揉みほぐすのが大変なんです。これに懲りたら、少しは自重してくださいませ。」


「あははっ、ありがとう。大丈夫、あんなに走る事はもうないわよ。」


「ふう、こんなに短い髪では、リボンを結ぶ事もできないじゃないですか……。幸い、前髪を残してくれたので、何とか形には出来ましたけど。」


「あら、可愛いわね。」


「軍の女性兵士は短い髪のモノが多いですからね。一応ショートカットの見せ方は、皆で工夫するんですよ。」


「はぁ……覚悟しておいてくださいね。絶対に王子に振られたからだって噂されますから。」


「うふふっ、悪意のある噂は大歓迎よ。そうだ、今日から悪女になるんだから、ちょっとキツメのメイクをお願いね。」


「その前に、食事をしてきてくださいませ。」


「はーい。今なら、ブタ1匹くらい食べられそうよ。」


「貴族のお嬢様の朝食は、紅茶とショートブレッドに決まっていますわ。」


「うっ、そうだったわね……せめて、具沢山のスープとか……」


「夕べのシチューが残っていれば温めさせますが、期待しないでくださいませ。」


 結局レイミはショートブレッドにジャムを乗せて大量に食べた。

 朝食後はメイクされて、ノリのきいた制服を着させられ馬車で学園に向かう。

 当然だが、荷物を運ぶためにノーラが同行する。


「本当にこんなキツメのメイクで大丈夫なんですか?絶対に陰口を叩かれますよ。」


「大丈夫よ。まったく、ノーラは心配性なんだから。あら、シュルル様の馬車が……何かあったのかしら?」


 レイミから見た前を走る馬車は、どす黒い霧を撒き散らしながら学園の門を通って寄宿舎の正面で止まった。

 勿論、レイミの馬車もその後ろに停まる。

 王子の馬車は従者が戸を開け、王子が降りた後で手を差し出してラルを誘導する。

 一方の馬車は内側から戸が開けられ、ノーラが降り立ってレイミを誘導する。


「あら、殿下、ごきげんよう。」

「くっ……その髪は、俺への当てつけか!」


「はて?あ・て・つ・けとは?」


「とぼけるな!女が髪を切るのは、恋に破れた時と聞いておる!」


「別に恋などしておりませんが、勘違いされているのではございませんか?」


「うふふっ、負け犬が強がっているのは滑稽ですわね。」


「ラル様、御機嫌よう。お二人とも、挨拶くらいされた方がよろしくてよ。」


「煩い、ログ、さっさと荷物を運んでしまえ。」


「あらあら、ノーラ私の荷物も運んで頂けるかしら。」


「で、ですがお嬢様……」


「だって、あなた、今にも殿下に飛びかかりそうな殺気が漏れていましてよ。」


「くっ……」


「なにぃ!」


「さあ、まいりましょう、ノーラ。こんなところにいたら、あなたにもいい影響はないわよ。」


 レイミが肩に触れると、スッと気持ちが軽くなるのをノーラは感じた。


「お、お嬢様、今のは……」


 レイミは左目を瞑って合図をした。

 ノーラは、まさかこれほど簡単に闇に浸食されるとは思っていなかったし、レイミが一瞬でそれを祓った事にも驚愕した。。

 そして、レイミは髪を一本引き抜いてノーラの左手の小指に結んだ。


「これで大丈夫よ。帰ったら、何かアクセサリーにでも結んでおくといいわ。」


「あ、ありがとうございます。」


 これほど簡単に闇を祓えるのならば、王子の闇も祓ってしまえば……言いかけてノーラは思い出した。

 レイミの興味は、既に王子にも王族にも無いのだ。

 そして、国民にとっても今の状態の方がいいに決まっている。

 ならば、自分は聖女の盾とならなくてはいけない。

 いくら聖女だといっても、レイミはまだ15才の娘なのだ。

 そうとなれば、次にやる事は決まってくる。

 


 レイミが宿舎に荷物を置いて教室に行くと、年末の雰囲気とガラリと変わっていた。

 主に家の格によってクラス編成がされているため、学年が変わったからといってクラス替えはない。

 本来であれば、子爵家の子女はBクラスであり、平民の娘であるラルはCクラスなのだが、レイミは王族の婚約者という事でAクラスに編成されていた。

 そして、そのAクラスにいるはずのないラルがそこにいた。


 それはレイミにとって想定の範囲内だった。

 

「あら、王子の婚約者でもない子爵の娘がこのクラスにいるのはおかしくありませんか!」


 教室に入るなり浴びせられた言葉だが、レイミは気に留めない。


「皆様、御機嫌よう。残り1年、よろしくお願いいたします。」


「よう、レイミ。随分さっぱりしたんだな。」


「ライガ、あなたは代わり映えしないわね。」


「おいおい、よく見てくれよ。金髪の中に茶のメッシュを入れてアクセントを付けてあるだろ。」


「あらあら、色気づいちゃって。」


 ライガはレイミにとって従妹にあたる。

 元々のシュルベール家というのは名門の侯爵家なのだが、ライガはその長男なのだ。

 だから、レイミの家も子爵家とはいえ、扱い的には公爵家と同等の待遇を受ける事がある。

 そういう意味から言っても、レイミがAクラスにいるのは不思議な事ではない。



【あとがき】

 公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵・男爵が一般的な序列ですね。

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