第18話 完璧な変装
さぁ気を取り直して、お披露目よ!
私はトラヴィス様とゼノンが待つ部屋へと戻った。
「如何かしら、トラヴィス様」
私はターナー夫人を真似て、少し偉そうに顎を上げた。
私を見たトラヴィス様は一瞬、瞠目する。
「凄い! 凄いよ、アネット嬢。最高の出来だ。どこからどう見ても、ターナー夫人そのものだよ、これは。君は素晴らしい才能を持っているね」
当然ですわ。なんてたって前世で数年間に及び培ったコスプレスキルですからね。ふふん。
「まさかとは思うけど、今日は夜会の料理を持って帰ろうなんて思っていないだろうね?」
「もちろんですわ。コワルスキー伯爵は余った料理を使用人達に下げ渡すと聞いていますからね。使用人達の食事を奪ったりしませんわよ」
「もしかして君は、捨てられる料理だったから持って帰ろうとしたのかい?」
「そうですわよ。それ以外に卑しい行動を取る理由はありませんわ」
私の返事を聞いて、トラヴィス様は「そうか」と小さく呟いた。
まぁ、仮にコワルスキー伯爵が料理を捨てるタイプだったとしても、潜入しているという場面で料理を持ち帰るほどの度胸は私にはないわよ。
「今後も度々、君の屋敷に料理を届けよう」
「本当ですか!」
「あぁ、手配しよう」
「ありがとうございます!」
あまりにも素敵な提案に、思わず笑みが零れてしまう。それを見たトラヴィス様は一瞬だけ静止した後、とても優しい笑みを返してくれた。
「さて、それでは行こうか」
「えぇ」
馬車へ向かう途中、ドレスを着るのを手伝ってくれたメイド以外は私達を見て驚きの声を上げていた。
そうでしょう、そうでしょう。
見たこともない別人になった3人が並んで歩いているのですから。
これだけ侯爵家の使用人を驚かせられたのなら、変装としては完璧ね。
******
かくして私達は、決戦の舞台であるコワルスキー伯爵邸に到着した。
王城かと思う程の警備の厳重な門をくぐると馬車が止まる。
馬車から降りると、ゼノンが耳打ちしてきた。
「お嬢様、どうかお気をつけて。もしも何かあれば、あの笛を吹いてください」
「分かったわ。ゼノンも気を付けてね」
いつもゼノンに持たされている笛は、ちゃんとポケットに入っている。
この笛は、吹いても音がしないの。
普通の人には聞こえない周波数なんですって。
でもゼノンは聞こえるように訓練しているから、吹けば緊急事態を知らせることが出来るってわけよ。あれね、犬笛みたいなものね。
「では参りましょうか、ターナー夫人。よろしいですか?」
「よろしくてよ」
トラヴィス様が腕を上げるので、私は手を添えた。
いざ、決戦の時よ!
受付にトラヴィス様が名前を告げて、招待状を渡す。受付の人は名簿と確認して、私達を見た。トラヴィス様に添えている手が僅かに強張る。
「ようこそ、おいでくださいました。ターナー夫人」
私の緊張を余所に疑われることなく、受付をあっさりと通ることが出来た。
まずは第一関門突破といったところね。
さぁ私の本番は、ここからよ。
「あ、ターナー夫人もいらしていたのですね」
「あら、ごきげんよう。サート夫人」
ターナー夫人の知人が声を掛けてきた。ゼノンがターナー夫人の交友関係を調べてくれたおかげで名前も特徴も分かる。
サート夫人の様子を見る限り、私はターナー夫人と認識されているわ。
ここからの話題も、ちゃんとシュミレーションしているから大丈夫よ。
私なら出来るわ。
だから心臓さん、少し静かになってもらえるかしら?
作戦を次の段階に進めないといけないのよ。
私はトラヴィス様に視線を向けた。
「私は会話を楽しみに行くから、貴方は下がっていなさい」
「かしこまりました」
トラヴィス様は一礼して下がる。
これでトラヴィス様は自由に動けるようになったわ。
これが作戦よ。
会場内に入ったら、私はトラヴィス様を下がらせて別行動になるの。
でもトラヴィス様と離れただけで心細くなってしまったわ。
ダメダメ! 弱気になってはダメよ。少しの挙動も疑いに繋がるのだから。
正体がバレてしまったら、この作戦は失敗に終わってしまうわ。
それどころか、コワルスキー伯爵に逃げられてしまうのよ。
まだ私の役目は終わっていないの。
しっかりしなさい、私!
私は自分に渇を入れると、ご婦人が集まる方へと向かった。
「ターナー夫人、今日の宝石も立派で素敵ですわね」
「えぇ、そうでしょう。これは最高級のエメラルドですからね。ご覧になって、内包物が少ないでしょう? この大きさの物で、これ程の透明度があるものは希少ですのよ」
ターナー夫人の様に、私は大振りに手を振ってネックレスを見せびらかす。
「それは凄いですわ。そのエメラルドの横に散りばめられている宝石も綺麗ですわね。見たこともない色合いですわ」
「これはスフェーンと言って、虹色の光を放つ希少石ですのよ。ほら、見る角度によって色が変わるでしょう? 特に、この深いオリーブグリーンの色合いは珍しいですのよ」
「それで不思議な色をしているのね」
「えぇ。それに0.2ct以上は滅多に出回らないのですけど、これは0.3ct以上ありますのよ。これだけ集めるのは大変でしたわ」
「まぁ、凄いですわ」
「それにスフェーンはモース硬度が低い上に、一定方向の力に弱いので加工が難しいのですわ。だから普通は、これだけのカットを出来る職人を探すのも大変ですのよ。まぁ、わたくしは技術を持った職人を知っていますからね。おーほっほっほ!」
「流石、ターナー夫人ですわ。その宝石はターナー夫人の為にあるようなものですわね」
「当然ですわよ。わたくしが身に着けてこそ、宝石は輝きを増すのですわ。そういえばサート夫人の所は、宝石の流通が盛んでしたわね。良い品があれば知らせてくださいな」
「えぇえぇ、もちろんですわ」
サート夫人は喜んで首肯する。
周りを見ると、ご婦人がそこそこ集まっていた。
このぐらいで良いかしらね。
今夜の目的はトラヴィス様とゼノンをコワルスキー伯爵邸に入れること。
だから本当は会場に入った後、私は大人しく身を潜めたかったのよ。
でも、そうするとターナー夫人は宝石自慢もしないで泥酔して帰宅したことになってしまうでしょう?
それは夫人らしくないから不自然よね。そこからコワルスキー伯爵に潜入がバレても困るから、私が一芝居打つことになったのよ。
さて、私の役割は一先ず終わりね。
あとは手筈通り、ひっそりと身を潜めるわよ。
ご婦人達が談笑している隙をついて、その場から離れる。近くにあったグラスを一つ手に取ると、テラスから庭へと出た。今日は庭も解放されているのだ。
私はトラヴィス様とゼノンからの指示に従って、庭の西の方の奥へと向かう。
トラヴィス様がコワルスキー伯爵邸に密偵を送った時、侵入することは出来なかったけど、外から偵察することは出来たのですって。
それでパーティーが開かれている際、庭の西の奥は滅多に人が来ないことが分かったそうなの。
だからトラヴィス様とゼノンが潜入している間は、ここで隠れて待っておくようにと言われたのよ。
そこには聞いていた通り、ポツンと一つだけベンチがあった。私はドサリと倒れるように座り込む。
「ハァ」
思わず溜息が出てしまった。
疲れたわ。
思いの外、心労が大きいわね。
でも私の演技は上々だったのではないかしら。声も震えずに話せたし、私が変装したターナー夫人だと誰も疑っていなかったわ。
最初は緊張で声がおかしくなりそうだったのよ。
でも話している内に段々と調子が乗ってきたというか、なりきれたというか。
無事、役目を果たせたようで良かったわ。
この後はトラヴィス様とゼノンの出番よ。
そして証拠を掴んで私達が会場を去ったら、記憶がなくなる程に泥酔したターナー夫人を乗せた馬車が自宅に帰される予定なの。
御者は買収できたそうよ。
凄いわね、侯爵家の力って。
私は息を吐いて、手にしていたグラスを傾けた。
「美味しいわ」
カラカラに乾いていた喉を、シュワシュワの炭酸ジュースが沁み込むように潤していく。
飲んだことのない味の炭酸ジュースだった。
緊張から火照っていた身体が、更に熱くなるような気がする。
まぁ、いいわ。少し休みましょう。
あとはトラヴィス様が迎えに来てくれるのを待つだけですからね。
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