第17話 ミッション・イン

そして迎えた7日後。


「さぁ、準備は出来たわ。行くわよ、ゼノン!」

「かしこまりました。お嬢様」


ゼノンは胸に手を当てて、執事らしい礼をとる。


「マーサ、今日は遅くなるから弟妹達をお願いね」

「えぇ、お任せください。お嬢様」


マーサは自身の胸をトンと軽く叩いた。


メイク道具を携えて、いざ出陣!


******


トラヴィス様の屋敷に着いて、前回と同じ部屋に案内された。

部屋にいるトラヴィス様は今日も変わらずイケメンだ。


「トラヴィス様、美味しい料理をありがとうございました。弟妹達も大層喜んでおりましたわ」


開口一番、感謝の言葉を口にする。

お礼を一番に伝えたかった。


「喜んでもらえて良かったよ。口に合ったかい?」

「もちろんですわ。皆のお気に入りは食後のスイーツですけど、長男のヨシュアはハンバーグが気に入ったみたいですわ。11才ともなれば、やっぱりお肉を喜びますわね。それから双子のユアンとユリアはライスコロッケを気に入りましたの。初めて食べたと目を輝かせておりました。あと、末の弟のヤトルはミートボールパスタがお気に入りのようですわ。口の周りをソースまみれにして、それはもう夢中で食べていましたのよ。ふふふっ」


その時の記憶が蘇り、思わず笑みが零れてしまう。


トラヴィス様は毎回違う料理を届けてくれたのよ。

おかげで弟妹達が食べたことのない料理を沢山食べさせてあげられたわ。


「皆、大喜びで『こんなにも豪華で特別な料理を食べられて僕達は幸せです』と弟妹達が言っておりましたわ。本当に、ありがとうございました。トラヴィス様」


私はペコリと頭を下げる。


「ハハハッ。そこまで気に入ってもらえて良かった。それを聞いたらシェフも喜ぶだろうから、伝えておこう」


トラヴィス様は楽し気に頷きながら、紅茶を一口飲むと「ところで」と切り出した。


「どうだい、ターナー夫人に変装できそうかい?」

「もちろんですわ。でも、その前に。先にトラヴィス様のメイクをさせてもらっても良いでしょうか? ドレスを着ると動きにくいので」

「あぁ、もちろん構わない。お願いするよ」


今日は潜入だから、当然トラヴィス様も完璧に変装するわ。その為にトラヴィス様用の変装メイクも、ちゃんと考えてきたもの。さぁ、私の腕の見せ所よ!


―――数分後。


「できましたわ」


私の完成を告げる声に、トラヴィス様は恐る恐るといった様子で手鏡を手にする。


もしかして、前回のゴル〇13メイクがトラウマになっていたりしますの?

今回は大丈夫ですわよ。だって潜入ですから。目立たないメイクにしませんと。


安心して鏡を見てくださいませ!


「おぉ、これは凄い!」


鏡の中の自分を見て、トラヴィス様は感嘆の声を上げた。


そうでしょう、そうでしょう。

今回のメイクは渾身の出来ですからね。ふふん。


「トラヴィス様の特徴でもある、整った目鼻立ちと形の良い唇を消すようにメイクしてみました。平凡な顔になっているので、人の印象にも残りにくいでしょう。それから、顔色が悪く見えるようなメイクにしていますから、何かあった時は体調不良を言い訳に出来るかと思いますわ」

「そこまで考えていたのか。アネット嬢は賢いね」


そう、このメイクテーマは顔色の悪いモブ顔よ!


万が一、潜入しているところを見つかっても、顔の特徴がなさすぎて探せないはずよ。そして具合悪いという口実も、いざという時は使えるはずだわ。


「あとはウィッグを付けて、声色も変えれば変装は完璧かと」

「流石だ、アネット嬢。これなら誰も私だと気付かないだろう」


予想以上の出来だったのか、トラヴィス様は鏡を見ながら満足気に頷いている。


さて、トラヴィス様が終わった次はゼノンの番よ。


「ゼノン、貴方にもメイクをしなくてはね」

「お願い致します、お嬢様」


ゼノンは私の前で跪いた。練習通りのメイクをゼノンに施していく。心の中で鼻歌を歌いながら。


フッフンフッフン、フッフンフッフン(中略)チャラチャ~、チャラチャ~、チャッチャ。


今日はゼノンもコワルスキー伯爵邸に潜入するというから、ちゃんとメイクテーマを決めておいたわ。


え?

何故、予めメイクしていないかですって?


それは、もちろん私の執事だと思われない為によ。

メイクしてから家を出たらバレちゃうじゃないの。


それに多分ゼノンは、この顔を見たら即座にメイクを落とそうとすると思うのよ。練習中だって、メイクの出来を見せない様に隠してきたわ。だから落とせない状況でメイクしなくてはね!


「はい、出来たわ」

「これは随分、美丈夫になったね」

「お嬢様、これは……」


あっという間に終えたメイクを見て、トラヴィス様は感心していた。

当のゼノンは鏡を見てゲンナリしている。


ゼノンのメイクテーマは、トム・ク〇ーズよ!

そうよ、ミッション・〇・ポッシブルよ!


さっき胸中で歌っていた鼻歌は、あのテーマソングよ!

潜入と言ったら、やっぱりこれでしょう!


なんたってゼノンは本物の諜報員だったわけだしね。


ずっと前から、ゼノンの骨格ならトム・ク〇ーズが出来ると思っていたのよ。

うん、完璧よ!


ゼノンのメイクも終わったから、最後は私ね。


トラヴィス様が呼んだ前回と同じメイドに案内されて、前回と同じ部屋で着替えることになった。用意されていたドレスは新緑を思わせる鮮やかな緑で、ターナー夫人が好みそうな派手目の色合いだ。


「一度、着せてもらえるかしら?」

「はい」


メイドにお願いして着せてもらう。


この手のドレスって、一人で着られないのよね。


ドレスを身に纏うと、私は緩みと締まりを確認する。トラヴィス様にターナー夫人の体格に合わせたドレスを用意してくれるように頼んでいたのだ。


何故かって?


人は個人を判別する時、顔や声もだけど体格も判断材料にしているのよ。

顔はメイクで似せるわ。声も出来るだけ寄せるわ。


それでも限界があるの。

本物にはなれないのよ。


そこに体格が違ってごらんなさい。人は違和感を覚えるはずよ。

だから、その違和感を減らす為に体格も本物に近づけるの。


「悪いけど、ファスナーを下ろしてもらってもいいかしら?」

「かしこまりました」


メイドに頼んで、ファスナーを下ろしてもらう。


下半身は良いのよ。ドレスの膨らみで、いくらでも誤魔化せるというか、どの人も似たり寄ったりに見えるから。


問題は上半身よ。


私は持って来ていたタオルを必要な分だけ身体に巻き付けていく。それから、ターナー夫人は私と比べると胸が寂しいので、さらしを巻いて締め上げる。


えっ、苦しくないのかって?

男装するのに比べたら全然マシよ。


特に細身の男性体型。あのキャラのコスプレの時は大変だったわ。自分の体型と殆ど変わらないから、胴体に布を巻き付けて誤魔化すことも出来ないし。完全に胸を潰すしかなかったわ。


「では、着せてもらえるかしら?」

「はい」


物珍しそうに見ていたメイドは慌ててファスナーを引き上げた。

私はドレスの緩みを確認する。


うん、いいみたいね。

ピッタリしているわ。


それを見たメイドは「すごい」と小さく呟いた。


次はウィッグの出番ね。


メイドに頼むと、既にヘアメイクされたターナー夫人の髪色のウィッグが差し出された。私は、それを装着する。


うん、ズレないわね。


念入りに確認してから、私はメイク道具を取り出した。

ターナー夫人のメイクは既に完成している。


何度も練習して手癖も付けておいたから、ササッと完成よ。


最後にメイドが取り出したのが、ドレスに合わせたアクセサリーだった。それは、とても大きく綺麗な緑色の石が嵌めこまれていて、窓からの光を受けて輝きが半端ない。


「これは、もしかして」

「エメラルドでございます」


やっぱり、エメラルド?!

でも、これ。マッチ箱より大きいのですけど?


しかもパッと見たところ、ほんど内包物がない。

この大きさで、この透明度で、内包物が少ないって……どれだけ高価なの?!


「エメラルドの横に散りばめられているのはスフェーンです。0.3ct以上の物が使用されております」

「スフェーンが0.3ct以上ですって?!」


スフェーンといえば、光りの分散度がダイヤモンドより高くて、見る角度によって色が変わって見えることで有名な、虹色の光を放つ希少石よ。


特に、この深めのオリーブグリーンからオレンジの輝きが見えるのは、とっても珍しいはずだわ。


それが0.3ct以上ですって? 0.2ct以上は滅多に出回らないと聞くのに?

それをエメラルドの引き立て役に、ふんだんに使っているの?


トラヴィス様って、どういう感覚しているのかしら。いえ、ターナー夫人なら平気でやりそうだから、これで正しいのだけれど。


眩暈がするわ。


そうこうしている内に、メイドの手によってエメラルドとスフェーンの豪華なネックレスとイヤリングが私に取り付けられてしまった。


重い、重いわ。

金額を考えると、とても重く感じるわ。


怖い、怖い。

傷つけてしまったら、どうしましょう。弁償させられるのかしら。


確かスフェーンって硬度が低いから、脆くて傷つきやすいのよね。

気を付けなくては。


あ、どうして私が宝石に詳しいのかって?

それはね、ターナー夫人が宝石好きなので、なりきる為に勉強したからよ。


貧乏男爵令嬢が、こんなにも宝石に詳しいはずがないでしょう?

むしろ無縁よ、無縁。我が家に宝石なんて、もう一つもないもの。


必要だろうからって、ゼノンが図書館で宝石関連の本を借りてきてくれて助かったわ。

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