第16話 侯爵家のシェフによる料理の素晴らしさ!

「マーサ、もう夕食の支度はしてしまったかしら?」


帰宅して直ぐにマーサに声を掛けた。


「いえ、今からですよ」

「なら良かったわ! 今日は用意があるのよ。ほら、見て」


料理の入った金属の……あれ、何て言うのかしら? ビュッフェとかで見掛ける四角い入れ物……まぁ、とにかく、料理が入ったケースを持ったゼノンが私の背後に立つ。


「あら、まぁ。これはまた大量ですね、お嬢様」

「マーサの分もあるのよ。皆で食べましょう!」


そこまで言って、私はハッとした。

マーサの旦那さんのこと忘れていたのだ。


マーサと一緒に食べるとなると、旦那さんの食事は一体どうなるのかしら。

食事の用意もなく、帰りが遅くなるマーサを待つ旦那さん。可哀想だわ。


「あ、旦那さんの食事の用意が必要よね。どうしましょう」

「いえ、あの人のことは放っておいていいですよ」

「そうなの?」

「えぇ、えぇ。偶には食事ぐらい、自分で用意したらいいんですよ。そして私の有難みを感じるべきです」


目を閉じたマーサは、そっぽを向いてフンと鼻を鳴らした。


どうやらマーサの旦那さんは、マーサに頼りっきりのようね。“偶には”ではなく日頃から、ちゃんと感謝しないと愛想尽かされちゃうわよ、マーサの旦那さん。


「あ、姉様! おかえりなさい」

「おかえりなさい!」


そこに、ユアンとユリアが顔を出す。


「ユアン、ユリア、だたいま。お利口にしていた?」

「もちろんです! 今日は算術の勉強をしたんですよ」

「あら、偉いわ。本当に、お利口さんね」


二人の声に反応してか、ヨシュアとヤトルもエントランスに集まって来た。


「ねぇさま、おかえりなしゃい」

「ただいま、ヤトル。良い子にしていたかしら?」


トテトテと歩いてきたヤトルの頭を私は優しく撫でる。

ヨシュアはゼノンの手元を見て、不思議そうにしていた。


「おかりなさい、姉上。ところで、それは一体」

「ただいま、ヨシュア。これは今日の夕食よ。さぁ、冷めないうちに食べましょう。皆、手を洗っていらっしゃい」

「「「「は~い!」」」」


弟妹達は元気な声と共に駆けて行く。

ゼノンとマーサは食事の用意を整え始めていた。


******


私と弟妹達、ゼノンとマーサで食卓を囲む。


あぁ、父はいつものように泥酔して眠っているわ。


まずテーブルに並べられたのはスープだった。馬車の移動時間があったにも関わらず、スープからはホカホカと湯気が立っている。料理が入っていた容器は、どうやら保温性が非常に高いらしい。


流石は侯爵家ね。あの容器、最高級品のようだわ。明日、返しに行かなくてはいけないかしら? それとも明後日、料理を届けてくれた時に返せばいいのかしら?なんて考えていたら、ユアンが声を上げた。


「姉様、これ美味しいです!」


皆、うんうんと頷いている。


ヤトルも頑張ってスプーンで飲んでいるわ。

それでは私も。あら、本当ね!


「美味しいわね」

「マーサのスープも美味しいけど、このスープも美味しいです」


そう言ったのはヨシュアだった。


本当に気遣いの出来る良い子ね。


考えてみれば、今まで持ち帰ったパーティーの料理にスープはなかったわ。

今度はシェイカーみたいな液体を入れられる容器を持って行こうかしら?


いえ、液体は重いからダメね。

その分、お腹に溜まる料理を持って帰りたいもの。


私は、もう一口スープを口に運ぶ。


本当に美味しいわ。何のポタージュか分からないけど。コーンポタージュではないことは確かよ。前世でも、こんなポタージュは飲んだことないわ。一体、何のスープかしら?


「これはサツマイモとリンゴのポタージュだそうです」


疑問に答えてくれたのはゼノンだった。


「どおりで、ほっくりしていて甘みがあるのね」


弟妹達は顔を綻ばせて、スープを味わっている。

手早く飲み終わったゼノンが、次の料理を用意し始めた。


次に並んだのはサラダだった。幼いヤトルには、トマトやキュウリなど食べやすい野菜をマーサが取り分けている。


そして最後に、たっぷりとドレッシングがかけられた。

弟妹達から「おぉ」と声が上がる。


日頃、節約の為にドレッシングをあまり使わないから、味のあるサラダに弟妹達は大喜びよ。


チラリとゼノンを見ると、コクリと頷いた。


ドレッシングは、まだ余っているようね。

残りは明日のサラダに使いましょう!


サラダを食べ終わった後は魚料理だった。


「こ、これは」

「ヒラメのムニエルです」


私の声にゼノンが答える。


あの高級魚のヒラメですって?!


「この黒いツブツブは」

「キャビアです」


ヨシュアの声に、再びゼノンが答える。


「「「キャビア」」」


私とヨシュアだけでなく、マーサも復唱した。

ヤトルは当然だけど、ユアンとユリアもキャビアが何か分かっていない様子だ。


そうよね、キャビアなんて聞いたことも見たこともないわよね。


「キャビアはね、チョウザメの卵で高級品なのよ」

「「へぇー」」


ユアンとユリアは理解したみたいだけど、ヤトルはよく分かっていないわ。

まぁ、まだ6才だから当然ね。


ヤトル以外、キャビアの価値が分かったところで皆フォークを手にした。


いざ、実食!


「これがキャビア」

「変な味……」


子ども達には、まだ早かったみたいね。


「この魚、美味しい!」

「本当だ! ヒラメって美味しいね」


キャビアを食べたユアンとユリアはガッカリした顔をした後、ヒラメを口にして表情を輝かせた。


ヒラメを気に入ったのね。ヒラメも高級魚だから、弟妹達は初めて食べる食材よ。もっと稼いで、いつでも食べさせてあげられるようにならなくてはね。


ヒラメに舌鼓を打った次は、肉料理だった。

それはローストビーフと―――


「姉上。これは、もしかして」

「フォアグラ!」


私の叫び声にゼノンが頷いた。


これまた高級食材よ!


実は私、前世でフォラグラが大好きだったの。

まさか今世でも食すことが出来るとは感激だわ!


「これがフォアグラ」

「あのフォアグラ」


ユアンとユリアもフォアグラを知っていたようで、ゴクリと喉を鳴らしている。


なんだか皆で貧乏人のような反応をしてしまったわ。

でも、しょうがないわよね。だって我が家は貧乏男爵家なのですから。


「さぁ、食べましょう」


ヤトル以外は皆、慎重にファアグラにナイフを当てた。

私は、ヤトルが食べやすいサイズにローストビーフを切り分ける。


「すごい、溶けちゃった」

「噛んでないのに、なくなっちゃった」

「バターみたいに口の中で溶けた」


ユアン、ユリア、ヨシュアは呟いた後、声を揃えた。


「「「美味しい!!」」」


ふふふっ。皆、フォアグラの魅力が分かったのね。

弟妹達はパクパクと夢中で食べているわ。


では、私も一口。

くぅ~、美味しいわね!


流石、貴族の中でも上位に位置する侯爵家。非の打ち所がないわ!


「美味しいわね」

「姉様、ローストビーフの上にファアグラを少し乗せて食べると、もっと美味しいよ」

「そう、こんな風に」


ユアンとユリアが手本を見せてくれるので、私も習って口へと運ぶ。


「本当だわ、美味しいわね」


弟妹達が楽しそうに食事をしている。

その様子に、私も顔が綻んでいくのが分かる。


あぁ、喜んでくれて良かったわ。


日頃の食事は質素なものだから、偶に持ち帰るパーティーの料理は我が家にとって御馳走だったのよ。でも今日は、いつもより豪華。その所為か弟妹達のテンションも、いつもより高いわ。


食べ終わると弟妹達は満足気に、お腹をさすっていた。


我が家が貧乏な所為で、いつも満足な量の食事を弟妹達に与えられていないの。久々に満腹になれたのね。ごめんね、もっと稼ぐから待っていて。


「お腹いっぱいです」

「これだけ食べたら、明日は何も食べなくても平気だね!」

「うん。明日の分も今、食べちゃったわ」


ヨシュアの言葉に、ユアンとユリアは顔を見合わせながら笑う。


お腹を満たして、こんなにも満足させてあげられた。

それもこれもトラヴィス様のおかげね。トラヴィス様には感謝だわ。


「食後のデザートもあります」


ゼノンの一言に、弟妹達は目を輝かせた。

そして出てきたのは―――


「これはチョコレートケーキ!」

「やった~、チョコレートだ!」

「わーい、ケーキよ!」

「ケーキ、ケーキ!」


ヨシュアの声に、ユアン、ユリア、ヤトルが続く。


ここでは砂糖は、やや高級品。

チョコレートに至っては、かなりの高級品よ。


日頃おやつに甘いものを出すことは少ない上に、チョコレートなんて滅多に食べられない激レアスイーツなの。


弟妹達には飛びつくように、目の前に置かれたチョコレートケーキにフォークを刺した。


「「「美味しい!!」」」「おいちい!」


興奮気味に声を揃えた弟妹達。

それをマーサは、うんうんと微笑ましそうに見ている。


「姉上、これ美味しいですよ」

「早く食べて、食べて」

「お姉様、早く早く」


ヨシュア、ユアン、ユリアに促されて、私もケーキを口に運んだ。


「美味しいわね!」


コクがあって滑らかで、口いっぱいにチョコレートの濃厚な風味が広がる。


久しぶりのチョコレートに、私もテンションが上がってしまうわ。

あら、ヤトルったら。口の周りがチョコレートまみれよ。ふふふっ。


夢中でケーキを頬張るヤトルの口を私はナフキンで拭った。


弟妹達の幸せそうな笑顔。

その満足した様子に、お腹だけではなく私の胸も満たされていく。


(ありがとうございます、トラヴィス様)


私は心からの感謝をトラヴィス様に捧げた。


こうして2日後も、4日後も、6日後も喜色満面の弟妹達と食卓を囲んで、至福の時間を過ごしたのだった。

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