第15話 さぁ、帰りましょう。サッサと帰りましょう! 弟妹達に美味しい食事を届けるために!
はい、ここでターン!
私の華麗なターンに合わせて、ドレスの裾がヒラリと舞う。
よく御話の中では、ダンスが“夢のよう”なんて表現されているけどね。実際は、そうでもないわよ。これは、ただの運動よ。夢を壊すようで悪いわね。
それに今の私は足にタッパーを括りつけているから、動きにくいったらないわ! それなのにトラヴィス様ときたら一曲踊り終わったところで、おかわりを要求してきたのよ。
「もう一曲いいかな? もう一食分、料理を手配するから」
「はい、喜んで!」
思わず居酒屋のような返事をしてしまったではないの!
まぁ、いいわ。これで4日分の夕食GETよ!
いくらでも踊ると言ったのだから、やってやろうじゃないの!!
タッパーの所為でスムーズではない足捌きだけど、何とか踊り終わって私達は会場を後にした。
******
侯爵家に戻ってトラヴィス様にメイクオフの仕方を教えると、私も別室に移動して変装を解く。
あ、このタッパーをトラヴィス様に渡しておいた方が良かったかしら?
料理を詰めてもらえるわよね?
不要だったとしても、もうタッパーを括りつけておく必要はないから外しましょう。正直、邪魔なのよ。
おもむろにパニエを捲り上げてタッパーを取り出したら、一緒にいたメイドに驚かれてしまったわ。
そ、そうよね。
何故そんな物を足に括りつけているんだって思うわよね。
やっぱり今、外すべきではなかったわ。
そんな後悔をしても遅いので、私はタッパーとメイク道具が入った鞄を持ってトラヴィス様とゼノンがいる部屋へ戻った。
私の手元を見たゼノンは特に気にする事なく自然にタッパーと鞄を受け取る。
同じく私の手元を見ていたトラヴィス様は嘆くような、笑うような口調で一言。
「そんな沢山の入れ物を、どこに隠していたんだい?」
「足に括りつけていましたわ」
「それでダンスを踊ったのか?!」
メイド同様、驚いているトラヴィス様に「えぇ」と頷く。
「いや、そうとは知らず2曲も踊ってしまって申し訳なかったね。大変だっただろう」
「いえ、別に。多少、踊りにくかっただけですので」
「そうか。君は運動能力も高いみたいだね」
”そのタッパーをつけて、あれだけ踊れたのだから”とトラヴィス様は感心している。
そうね、なんてたって元諜報員のゼノン仕込みですからね! 仕事の関係で“万が一”があった時、素早く逃走できるようにと鍛えられていますもの!
チラリとゼノンを見たら、僅かに口角を上げて得意気な目をしていた。
他の人からしたら表情に変化は見えないだろうけど、私には分かるのよ。
「それで、どうだろう。ターナー夫人に変装は出来そうかな?」
「出来ると思いますわ。体格も骨格も似ていますし、幸い瞳の色も近いですから」
そう、変装する時は体格と瞳の色がポイントになるわ。
それだけは、メイクやウィッグみたいに変えられないからね。
まぁ、体格は私より大きい分には誤魔化す手があるのだけど。
瞳は無理なのよ。前世ならカラコンがあったのだけどね。
今世でもカラコン、作れないかしら?
「どの程度か今、見せてもらえるだろうか?」
「それは難しいですわ。まずはメイクの練習をしませんと。いきなり、そっくりさんメイクが出来る訳ではないのです。如何に自分の顔の特徴を消して、なりたい顔を作るか。試行錯誤が必要なのですわ」
トラヴィス様は「そうなのか」と頷いている。
「そういえば潜入するパーティーは、いつ開かれるのですか?」
「一週間後なんだ」
「一週間後! 分かりましたわ。それまでに完成させてみせますわ」
「頼んだよ。あぁ、そうだ。ドレスやアクセサリーはターナー夫人好みの物を用意しておくから心配いらない。他に何か必要な物はあるかな?」
「でしたら、ターナー夫人と同じ髪色のウィッグも用意していただけますか? 手持ちのウィッグに同じ色がないもので」
「分かった。手配しておこう」
「ありがとうございます。それで」
”いただく夕食のことですが”と言おうとした時、部屋の扉がノックされた。
トラヴィス様の合図で、メイドが入ってくる。
「ご用意が整いました」
「あぁ、ありがとう」
用件だけ言うと、メイドは部屋を出て行った。
「約束の料理が用意できたようだ」
「まぁ! ありがとうございます!」
良かったわ。催促してしまうところだったわよ。
「ところで、疲れただろう? お茶を用意させるから、少し休んでいかないかい? もっと君の話が聞き」
「いえ、急いで帰りませんと! マーサが夕食の準備をしてしまいますわ。それに弟妹達に温かい料理を食べてもらいたいですもの!」
トラヴィス様の話を最後まで聞くことなく遮ると、後ろでゼノンが笑う気配がした。
私、変なことを言ったかしら?
それより、気になるのは料理よ。どんな料理なのかしら?
侯爵家のシェフが作る料理だから、さぞかし美味しいはずよね!
「そうか。では料理を馬車まで運ばせるよ」
トラヴィス様が「振られてしまったな」と残念そうに呟いた声は、料理に思いを馳せていた私には聞こえなかった。
*******
馬車の中には、美味しそうな香りが充満している。
私は開けた小窓に向かって、ゼノンに事の経緯を話していた。
「ふはははっ! それで、この料理をいただいたってわけか! しかも4日分の夕食を! やるな、お嬢」
話を聞いたゼノンは、大層愉快そうに笑っている。
「言ってみるものよね。トラヴィス様って意外と良い人だわ」
「報酬の他に料理も手に入れるなんざ、侯爵相手に流石だな」
確かに報酬はもらうけど、それとこれとは別よ。交渉の結果ですもの。
それに内2食分は、ダンス2回分の報酬ですからね。
ふふふっ、弟妹達が喜ぶ姿が目に浮かぶわ。
さぁ、急いで帰りましょう。料理が冷めないうちにサッサと帰りましょう。
ゼノン、馬車を飛ばしなさい!
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