第14話 仕込んだタッパーの使い道

ターナー夫人の退場で、騒がしくなっていた場も落ち着いていく。


「どうだったかな?」


スススッと戻ってきたトラヴィス様に、ふいに耳打ちされた。


み、耳元で話し掛けないでくださいます?!

イケボが鼓膜に響いて心臓に悪いのですけど!!


私はコホンと小さく咳払いをして、気を取り直す。

後ろの方から、ダンスの曲が流れ始めていた。


「ダルク様のお陰で、ターナー夫人の情報は十分集められました」

「そうか、それなら良かった」

「これで、ここでの用事は終わりですわよね?」

「そうなるね」

「でしたら私、一つしたい事があるのですけど」

「あぁ、気づかなくて失礼した」


トラヴィス様は頷く。私のしたい事がよく分かったわねと思ったら、トラヴィス様が手を差し出してきた。


「踊っていただけますか、レディ」

「はい?」

「え、違うのかい? てっきり『したい事』はダンスだと思ったんだが」


キョトンとしたトラヴィス様。

私も同じ表情を浮かべて、互いに顔を見合わせた。


「違いますわ。そんな1メルクにもならない事、興味ありませんもの」

「では、何を?」

「私が興味あるのは、あちらですわ」


言いながら指差した先にあるのは、大きなテーブルに並べられた色とりどりの豪華な食事達。


「あぁ、お腹が空いてしまったのかな」

「いいえ、あれを持って帰りたいのですわ」

「はい?」


今度はトラヴィス様が、先程の私と同じ声を上げる番だった。


分かりますわよ。非常識で卑しい行為ですものね。でも恥を忍んで告げますわ。だって、誰も料理に手を付けていないのですもの。只の飾りになっているわ。あの食事があれば、どれほど弟妹達が喜ぶことか。


「非常識だとは分かっていますが、誰の口にも入らず捨てられるだなんて勿体ないですわ。それなら弟妹達に食べさせてあげたいのです。大丈夫です、テーブルの影に隠れて誰にも見つからないようにしますから。お皿に盛った料理を、ドレスの中に仕込んだタッパーにササッと詰めるだけですから」


このパーティーの主催者は余った料理を使用人に与えることなく処分すると、ゼノンから報告を受けているからね。


そういうタイプの主催者が開催するパーティーに参加した時は、ドレスの中にタッパーを仕込んでおいて、いつも持って帰っているのよ。


ドレスの中って結構、収納力があるのを知っていて?

あぁ大丈夫よ、今まで見つかった事はないわ!


「いいですか? ダルク様」


一応トラヴィス様は、このパーティーの同伴者になるので許可を求めた。

ダメと言われたら困るので、私の『必殺☆上目遣い!』を炸裂させる。


「わ、分かった」


僅かにトラヴィス様は、たじろいだ。


やりましたわ、必殺技が効きましたわ!

許可も得られた事ですから、早速行きましょう!


しかし、山盛りの料理が乗ったテーブルへと向かおうとする私の腕をトラヴィス様が引き留めるように掴んだ。


「待ちなさい」

「何でしょうか? 今『分かった』と仰ったではありませんか」

「そういう意味の“分かった”ではないんだ。誤解させて、すまない。君の気持ちは分かったという意味だ」

「でしたら」

「屋敷に戻ったら、料理を用意させるから。それを持って帰りなさい」

「えっ、侯爵家で料理を用意してくださるのですか?」

「あぁ」

「弟妹達と私とゼノンとマーサの分もですか?」

「あぁ、7人分ちゃんと用意させよう」


やったわ!

図々しくゼノン達の分も言ってみるものね!


これで今日の食事は弟妹達を満足させてあげられるわ。いえ、ちょっと待って。


「という事は、ここの料理を持って帰って今日の夕食にして、ダルク様からの料理を明日の夕食にすれば、二日間も弟妹達を満足させられるわ! ダルク様。やはり、あの料理も取ってきて良いでしょうか?」


再度テーブルを指差せば、トラヴィス様は頭を抱える様にしていた。


「分かった、分かったから」


よし!

これで二日分の夕食GETですわよ!


意気揚々と料理へ身体を向けると、またも腕を掴まれた。


「待ちなさい、待ちなさい」


何故ですの!

分かったと仰ったではありませんか!


不満を隠すことなく見上げると、トラヴィス様は困ったように苦笑していた。


「明日の晩も何か美味しい食事を届けさせるから、あの料理は諦めなさい」


明日の晩も?


それなら食事は2回分になるわね。しかも日を跨いだ料理ではなく、その日に作った料理をいただけると。悪くない話だわ!


「分かりましたわ」

「では、手配しておこう」


私が頷くと、トラヴィス様は笑みを浮かべる。


そこ、微笑むところですの?!

何か、無駄にキラキラしている気がするのですけど!!


「さて、レディ。折角だから一曲、踊ってから帰ろうか」


ダンスのお誘いをされて、私はスンと顔の力を抜いた。


先程、ダンスは1メルクにもならないから興味ないと言ったはずなのだけどねぇ? もうお忘れになったのかしら? まだ呆ける年齢ではないと思うのですけど?


「踊ってくれたら、明後日も食事を届けよう」

「分かりましたわ!」


即落ち2コマでしたわ。


でも仕方ないでしょう?

1メルク以上の価値が付与されたのだから。


弟妹達の為ならダンスぐらい、いくらでも踊るわよ!


「それでは、お手をどうぞ。レディ」


差し出された手に手を添え、私達はダンスの輪へ。


これで3日分の夕食を得る事が出来たわ。ん、3日分?


「あの、ダルク様。約束の料理なのですが、3日連続ではなく1日おきにしてくださいますか?」

「1日おき? それは構わないが」

「良かったですわ。3日連続で豪華な料理を食べたら、胃が吃驚して弟妹達は腹痛を起こしてしまうかもしれませんから」

「そうか……」


沈んだ声色を不思議に思ってトラヴィス様の顔を覗けば、その瞳には憐れみが見て取れた。


不憫だと思われているのかもしれないわね。


でも当然でしょう?

我が家は没落寸前貧乏男爵家なのだから。


まぁ、こんな話はダンスをしながら言うものでもなかったわね。

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