第13話 いざ、観察するためのパーティーへ!
普通なら1時間近くかかるであろう身支度を30分程度で終えた私は、先程の部屋へと戻る。私の姿を見たトラヴィス様は驚嘆していた。
「なるほど、これは凄いな。まるで別人だ。メイクだけで、ここまで変わるとは。あぁ、言い忘れてすまない。ドレスもアクセサリーも、とても似合っているよ」
トラヴィス様のタイプだと先にドレスを褒めそうなものだけど、よほどメイクの方が関心を引いたのね。顎に手を当てて、ずっと私の顔を観察しているわ。
「よければ、私にもメイクを施してはくれないかな」
「トラヴィス様にですか?」
「あぁ、どのように変わるのか気になってね」
興味津々の様子なトラヴィス様。
思い出すわね、初めてゼノンが自分にされたメイクを見た時のことを。まぁ、いいでしょう。私の実力を見せてあげるわ。とは言え、どんなメイクが良いかしらね? あ、そうだわ!
私は内心ほくそ笑みながら、トラヴィス様にメイクを施した。
―――数分後。
「はい、出来ましたわ」
「どれどれ」
トラヴィス様は意気揚々と鏡を覗き込んで、そこに映った自身の顔を見て固まった。
「こ、これは……ほ、本当に違う顔になっているね」
声と顔が若干引き攣っている。
あらあら、折角のイケボが台無しですわよ。
でも、そうなるわよね。
何せ私がしたメイクは―――めちゃくちゃ濃い顔! 太い眉毛に、大きな鼻、彫りの深い造形。
今回のメイクテーマはゴル〇13!
そうよ、作画が変わっちゃうレベルよ!!
脅されたからね。
ちょっとした意趣返しよ。ふふん。
さぁ、メイクを終えたところでターンス伯爵家のパーティーに出発よ!
馬車に向かう時、トラヴィス様の顔を見た使用人達は一様に目を見開いていた。
そうよね、そうよね。
整ったお顔のトラヴィス様が、今や濃い顔なのですもの。
え、「こんな顔の使用人はいないはず」「トラヴィス様の服を着ているのに顔が違うということは、誰かと入れ替わっているのか」ですって?
まぁまぁ。皆さん、別人だと思っているのね。さすが私のメイク技術!
日頃、トラヴィス様と接している人達からも気づかれないとは。
あ、流石に声で本人だと気付いたわ。皆さん先程より目を剥いているわよ。
いいわね、いいわね。皆さんを圧倒しているわ!
******
ターンス伯爵家に到着して、御者をしていたゼノンはその場で待機。私とトラヴィス様だけでパーティー会場内に入る。そこは既に沢山の人が集まっていた。
このパーティーは招待制ではない。そのためトラヴィス様も変装したかったようで、今はダルク・サーマンと名乗っている。
身分を明かさない方が、何かあっても面倒がないと考えたのね。
だから私にメイクさせたのだわ。
ちなみに、ゼノンにもチョビ髭と帽子を装備してもらったわよ。
念のため、私の執事だと分からないようにね。
皆、私の隣にいるゴル〇13をジロジロと物珍しそうに見ている。
ぷーっくすくすっ。
あぁ、ゴル〇13の名誉のために言っておきますけど、決して本物を軽んじているわけではないわよ。むしろ私は、あの方を好きですからね。凄腕のスナイパー、カッコイイわ!
ただ我が国では目立つし、トラヴィス様が濃い顔をしているというギャップが面白いだけですわよ。
チラリと、トラヴィス様を見ると表情が少し強張っていた。
ちょっと悪戯し過ぎてしまったかしら。
もしかして、侯爵家当主のプライドを傷つけてしまった?
我が家は貴族の中でも下っ端の男爵家だから、上位貴族である侯爵家とは習慣も価値観も違うわ。侯爵であるトラヴィス様に対して、配慮が足りなかったかもしれないわね。ごめんなさい。
「どうしたんだい、レディ」
「いえ、別に」
少しシュンとした私を、トラヴィス様は気遣ってくれる。
ここで素直に謝れない私のへそ曲がり~!
でも、変装としては完璧なので謝る必要はないわね。
そうよ、正体を隠すという目的のためのゴル〇13メイクなのですもの。
「あぁ、いたよ。あそこにいるのがターナー夫人だ」
トラヴィス様が指差す先には、目の覚めるような紺碧色のドレスを身に纏った夫人がいた。
まぁ、お年の割に随分と派手な色を身に着けていらっしゃるのね?
私はターナー夫人を観察できるように、声が聞こえる範囲まで近づく。
「この宝石はタンザナイトと言って、とても珍しい石ですのよ」
「まぁ、すごいですわ」
「これは見る角度や当たる光によって色が変化しますの。太陽の下では青色に、キャンドルの元では紫色に見えるのですわ」
「まぁ、素敵ですわ」
声高らかに自慢するターナー夫人を、周りの女性達は褒めそやしている。
あれは明らかな“よいしょ”ですわ。
ターナー夫人に気に入られたい理由があるのかしらね?
「ターナー夫人は、いつも素晴らしい宝石を身に着けいらっしゃいますね」
「当然でしょう。最高の宝石は、わたくしが身に着けてこそ価値があるのですから。わたくしが宝石の輝きを引き出すのですわ」
「分かりますわ。今日のドレスにも、よくお似合いですもの。ドレスの美しさが引き立っていますわ」
「あら、ドレスに宝石を合わせるのではなくてよ。宝石にドレスを合わせるの。宝石の美しさを引き立てるためにドレスがあるのですわ。おーほっほっほ!」
「まぁ、さすがターナー夫人ですわ。宝石を愛していらっしゃるのですね」
「当然ですわ。宝石は私の命ですもの。あぁ、貴女の実家は確か鉱山を所有していましたね。今度、採掘された宝石を見せてくださいな」
「えぇ、もちろんですわ!」
褒められて気を良くした様子のターナー夫人に提案されて、相手の女性は嬉しそうに話に飛びついていた。
なるほど、そういう事ですのね。
宝石好きなターナー夫人に取り入って、利益を得ようという魂胆でしたのね。
それにしてもターナー夫人は、ゼノンの報告通りプライドバリバリの人だわ。
自慢する時の見振りは大きいし、自己顕示欲が高いのが丸わかりですわよ。
こう性格が分かりやすいと、真似しやすくていいわね。
ニヤリ。
頭の中でターナー夫人になりきる見通しを立てていると、邪魔にならないよう私と距離を取っていたトラヴィス様が近づいてきた。
「どうだい?」
「あぁ、ダルク様。大体は掴めました。あとは、そうですね……ちょっとターナー夫人が怒る様子が見たいのですが。使用人に当たっているところが見られると、参考になるのですけど」
他人に対する怒りの様子で、その人の“人となり”が分かるのよ。
よく言うでしょう。
彼氏の店員さんに対する態度は、結婚した時に奥さんにする態度だって。
人の本質って、自分より下に見ている人間に接する時に見えるのよ。
怒りの感情は特にね。まぁ、ターナー夫人の場合は予想がついているのだけど。
「あぁ、それなら任せなさい」
思案する事もなくトラヴィス様は、その場から離れて行く。
一体、何をするつもりなのかしら?
そうして直ぐにトラヴィス様は戻ってきた。
「見ていてご覧」
言われて、私はターナー夫人を観察する。
すると、飲み物の入ったグラスをトレーに乗せた給仕がターナー夫人に近づいた。
おそらく、トラヴィス様の仕込みね。
給仕が「お飲み物を」と声を掛けようとした瞬間、ターナー夫人がオーバーなジェスチャーで手を振った。それが、あまりにも大振り過ぎて給仕の持つトレーに当たる。
あとは言わずもがな。
トレーごとグラスが床へと落ちる。
グラスの中身をターナー夫人に浴びせながら。
ガシャーンと大きな音が響き、周囲の人々は目を瞠った。
当のターナー夫人はワナワナと肩を震わせている。かなり怒り心頭の様子だ。
「ど、どういうつもり!! このわたくしに」
ターナー夫人は湯気が出るのではないかというぐらい顔を真っ赤にして、ヒステリックに当たり散らす。
なるほど。
やっぱり身分が下の者に対しては、かなり当たりがキツイわね。
それは、それとして。
私が見たいと言ったものだから、何の罪もない給仕が責任を問われる羽目になってしまったわ。このままでは、あの給仕が罰せられてしまうかもしれないわよ。
どうにかしないと!と思った時には、トラヴィス様がターナー夫人に駆け寄っていた。
「ご婦人、大丈夫ですか?」
耳に響く低音イケボを発したトラヴィス様は、洗練された所作でターナー夫人の手を取る。
その声と動作に、そしてターナー夫人が顔を上げながら目敏くチェックしたトラヴィス様の服装や装飾品に、相手が裕福で人柄も良くイケメンだと目算したようだ。
トラヴィス様に向かうターナー夫人の顔は真っ赤から、ほんのりと色付いたピンクへと変わっていく。
が、しかし。
トラヴィス様の顔を視界に入れたと同時に、ターナー夫人はピシッと動きを止めた。うっとりと喜色を浮かべていた瞳は固まり、徐々に口元が引き攣っていく。
「あぁ、これは大変だ。すぐ着替えなくては。さぁ、あちらの空いている部屋へ。私が御伴致しましょう」
「いえいえ! わたくし一人で大丈夫ですわ! お気遣いなく!」
大袈裟な手振りと少し芝居がかったトラヴィス様に、ターナー夫人は飛び退くように後退すると去って行った。
どうやら給仕に対する怒りは、すっかり忘れてしまったようね。
それも、そうよね。
こんな顔の濃い人に、過剰な笑顔を向けられたら距離を取りたくもなるわよ。
まぁトラヴィス様は分かっていて、わざとしているのでしょうけどね。
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