第12話 今はなき極秘諜報機関『黒鴉』(ゼノン視点)
お嬢がメイドと共に部屋を出て行って、残ったのは俺とトラヴィスの二人。
お嬢が言う通り、何かする気なら既にやっているだろう。そもそもコイツが、お嬢を害するメリットはない。
だが、他の連中がどうかは別なんだよ。この侯爵家に何らかの目的で潜り込んでいる人間はいないとは限らないからな。
俺はチラリと窓の外へと視線を向ける。
昨日も思ったが、相変わらず警備に穴があるんだよなぁ。
まぁ、教えてやらねぇけど。
「君ほどの実力なら、気配でアネット嬢の状況ぐらい分かるのではないか?」
そりゃ分かる。
お嬢は確かに隣の部屋に移動した。そこには先程のメイドの気配もある。他に人はいないし、隣の部屋自体から特に危険は感じない。メイドも不穏な様子はないし、お嬢からも緊迫感等は感じられない。僅かに驚愕しているようだが。
とにかく、お嬢は大丈夫みたいだ。今は。
問題は、お嬢の身に危険が迫った時、即座に対処できるかなんだよ。
壁一枚とはいえ、それが邪魔なんだよなぁ。
この部屋と隣の部屋が扉で繋がっていれば、ちっとは安心できたんだが。
まぁ、今は安全そうだし、常に隣の部屋を警戒していれば大丈夫だろう。
「君はゼノンと言ったね。ゼノン君と呼んでもいいかな?」
「お好きにどうぞ」
「ではゼノン君。もしかして君は、隣国の前国王直属の影の組織『黒鴉(ブラックレイヴン)』の者ではないかな?」
へぇ、知ってるのか。
まぁ、侯爵レベルなら知ってるかもな。でも俺は肯定も否定もしないぜ。
「どうして、そう思われるのでしょうか?」
「実は以前、『黒鴉』の一人に会ったことがあってね。長身で白い長髪の男なのだが」
ん? 長身で白髪?
もしかしてジルバか?
アイツ、何やってんだよ。この国の侯爵家の人間と接触するって。
そういやアイツ、酒を飲むと気が緩む性質だったな。
おい、まさか俺の情報を漏らしたりしてねぇよな?
「君と彼からは同じ匂いがするからね。もしかしたら同じ組織に属していたのではないかと思ったのだが」
はぁ?! 同じ匂いだと? まさか……体臭が?
うぇ~、アイツと同じ匂いがするって、すんげぇイヤなんだが!
思わず腕を上げて自分の匂いを確かめたくなったが、俺は後ろに組んだ手にグッと力を入れて何とか衝動を抑えた。
「あぁ、匂いと言っても実際の匂いではなくて、雰囲気とでも言おうか。纏う空気が似ているという意味だ」
ふぅー、そういう事か。
それは、まぁそうかもな。俺もアイツもガキの頃から組織にいたから、似通う所もあるだろう。不本意だけどな。
でも同じ匂いがするよりはマシだ。
はぁ、良かった。
「それで、先程おっしゃっていた大事な話とは何でしょうか?」
「否定も肯定もしないか」
思いっきり話を逸らしたら、トラヴィスは笑った。
まぁ、否定しなかった時点で肯定したようなものだと分かっちゃいる。
でも堂々と肯定するわけにもいかない。
かと言って、嘘を吐いたらお嬢が気にする。
俺は黙秘するしかないんだよ。
「仮に君が諜報員だったら、アネット嬢を危険に晒す必要もないと気付いたのだが」
そうだよなぁ。
今回の件は、コワルスキー伯爵の犯罪の証拠を押さえたいというのが発端だ。
俺が忍び込んで証拠を掴めばいいだけなんだよ。
でもなぁ。
「ゼノン君、コワルスキー伯爵邸に忍び込めないか?」
俺は周囲を再確認する。
「あぁ、人払いをしているから、ここには君と私の二人だけだ。だから気にせず、“あちらの君”で話してくれて構わない。執事口調の君は、どうしても違和感がある」
苦笑いを浮かべるトラヴィスの言う通り、周りに人の気配はない。
なら、いっか。
「そうですか。じゃ、そうさせてもらうわ」
執事から、本来の俺に切り替える。
「結論から言えば、無理だ。そもそも、侯爵家の力を使っても侵入出来ないんだから、俺には無理だろう」
「その侯爵家に、君は易々と侵入しているんだけどね。しかも二度も」
まぁな。でもそれは、侵入されて困ることが侯爵家にないんじゃないかとも思えるだよなぁ。それは、それとしてだ。
「コワルスキー伯爵邸の警備体制は異常だ。見張りに警報アラーム、定期見回りの他にも番犬が常駐している。それも何かあれば、すぐに警報が鳴る。ありゃ、侵入者を防ぐ要塞だな」
ん?
何故、コワルスキー伯爵邸の警備に詳しいのかって?
そりゃ昨日のうちに下見をしたからだよ。お嬢に言われたターンス伯爵家とターナー夫人について調べたついでに、大元のコワルスキー伯爵家にも御挨拶に伺ったってわけだ。
「君程の実力者でも無理か」
「相手に侵入を気づかれてもいいなら可能だけどな」
「それはダメだ。密かに証拠を入手して、一味を一網打尽にしたい。侵入したのが知られたら、証拠を隠滅して逃げられてしまう」
「だろうな。だったら、あの屋敷には内側から攻めるしかないぜ。まぁ、一介の伯爵家がここまでの警備体制を布いているってことは、クロで確定だけどな。確実に証拠があるだろう」
「やはり、そうか。そこで相談なのだが、君なら証拠が何処にあるか分かるだろうか?」
言いながら、トラヴィスは大きな紙を取り出す。
それはコワルスキー伯爵邸の見取り図だった。
「どうにか屋敷内部の見取り図を入手した。私の予想では書斎だと思われる、この部屋が怪しいと思うのだが」
「どれどれ」
トラヴィスが指差した辺りから、じっくりと見取り図を眺める。
ふ~ん、こういう構造か。確かに一見すると其処が怪しく見える。
だけど、それは恐らくフェイクだ。
「いや多分、その隣の部屋だろうな」
「隣の部屋?」
「あぁ。他の部屋の比べると、その部屋だけ間取りに違和感がある」
「そうかい? まぁ『黒鴉』に所属していた君が言うのなら間違いないのだろう」
おいおい、勝手に『黒鴉』の諜報員だって確定してんじゃねぇよ。
そこは言葉を濁すところだろうが。
気を遣え、気を。
お嬢にだって話していないんだから。
万が一の時、お嬢は俺のことを何も知らない方が安全だからな。
『黒鴉』のことは一切打ち明けてないんだよ。
「こうなると、君の手を借りるしかないようだね」
「はぁ?」
「あくまで、アネット嬢の役割は私が屋敷に入るところまでだ。証拠を掴むのは、私一人で何とかしようと思っていたのだが……私では見つかる物も見つからないだろう。君のスキルも貸してはくれないか?」
なるほど。
お嬢は潜入の手段でしかないという事か。
流石に証拠集めは、お嬢の管轄外だからな。
まぁ、そういう事なら。
お嬢のリスクが減るなら、俺はいくらでもスキルを活かすけど。
「それは契約に入ってないな?」
「おっと、そうきたか」
そう。
あの契約は、あくまで“お嬢とトラヴィス”との契約。
俺の諜報能力は報酬に入ってない。
俺は高くつくぜ?
お嬢だから、俺を安く使えるだけなんだよ。
「分かった。君の報酬も出そう」
「じゃ、倍額で頼むわ」
「なっ!」
トラヴィスは驚きの声を上げた後「いや、そうだな。前国王直属の元諜報員を使うんだ。それぐらいは必要だろう。むしろ安い方かもしれない」とブツブツ呟いている。
「成功報酬でいいぜ」
「分かった、支払おう。その代わり、証拠を見つけてくれ」
「善処はする」
ちょっと吹っ掛けた金額だったが、トラヴィスは乗った。
いいねぇ、金払いの良い奴は嫌いじゃねぇぜ。
この報酬があれば、男爵家の再興に一歩近づけるな。
まぁ多分、証拠は掴めるだろう。あの手の物を見つけるのは得意なんだ。
何となく匂うんだよ、怪しい場所とかさ。
おっと、“匂い”とかトラヴィスと同じことを言っちまった。
今後は気を付けよう。コイツと同じ変態にはなりたくないんでな。
「では、手筈だが―――」
お嬢が変身している間に、トラヴィスとの打ち合わせは進んでいった。
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