第11話 やっぱり恐るべき侯爵家のスケール

「お嬢。それ、本当に持って行くのか?」

「えぇ、だってゼノンがターンス伯爵のパーティーについて調べてくれたじゃない」

「そうだが。今回はトラヴィスが一緒なんだぞ?」

「まぁ、何とかなるわよ!」


翌日、とある物を仕込みつつ身支度を整えていると、ゼノンは怪訝そうにしていた。


大丈夫よ、いつもしている事だもの。いざとなればトラヴィス様を説得するだけよ。


さぁ、仕込みは上々! 行くわよ!


スプリンガ侯爵邸に着き、同じ部屋に案内され、目の前にトラヴィス様がいて、と昨日と同じ状況の中、唯一違うのは一人のメイドがいることだった。


「アネット嬢を綺麗に着飾ってくれ」

「承知致しました」


トラヴィス様の指示にメイドは一礼する。


「アネット様、どうぞこちらへ」


メイドに促されて私が歩を進めると、ゼノンも後に続く。


「待ちなさい。君はレディの着替えを除く趣味があるのかな?」


棘のあるトラヴィス様の言葉は、ゼノンに向けられたものだった。ゼノンはギロリとトラヴィス様を睨む。その視線には“そんな趣味はない”と“お嬢から離れるわけがないだろう”という二つの意味が込められているようだ。


まだゼノンはトラヴィス様を完全には信用していないようね。


「それに、君には今後について大事な話がある。アネット嬢は隣の部屋にいるから、安心しなさい。君なら何かあれば直ぐに駆けつけられるだろう?」


トラヴィス様の言葉を聞いても、納得しない様子のゼノン。


もう、仕方ないわね。


「大丈夫よ、ゼノン」

「しかし、お嬢様」

「私に何かするつもりなら、とっくの昔にしているはずだわ」


何だか既視感のある言葉。

そうゼノンも思ったのか、顔を見合わせると僅かに雰囲気が和らいだ。


「分かりました、お嬢様。何かあれば、お呼びください」

「えぇ」


私はゼノンが持ってくれていたメイク道具が入った鞄を受け取る。

それを見たメイドが私の手から鞄を受け取ろうと、すかさず手を出した。


まぁ使用人としては正しい行動なのだけどね。

貴族に荷物を持たせるなんて言語道断ですものね。


「ごめんなさい。貴女を信用していないわけではないのだけど、これは私の大事な物なので自分で持つわ」

「承知致しました」


物分かりの良いメイドで助かったわ。


そう、メイク道具は私の命と言ってもいいぐらい大切な物。それを、自分や信頼しているゼノン以外の他人の手に預けるわけにはいかないわ。


あぁ、もちろん命より大切なのは弟妹達よ!


私はメイドに続いて退室した。案内された部屋には既にドレスと、それに合う装飾品が並べられている。その数に、私は圧倒された。


昨日はトラヴィス様の屋敷に圧倒されてしまったけど、今日は大丈夫よ!なんて思っていたのだけどね。違ったわ、侯爵家の財力は私の想像を遥かに超えていたわ。


普通、こんなに用意するかしら??


青、赤、黄、緑、黄緑、水色、ピンク、紺、紫、薄紫、ベージュと多色なドレスがズラッと並んでいる。中には黒色のドレスもある。とはいっても暗い感じではなく、施された金の刺繍が煌びやかで眩しい。


ここは“瑠璃色”だとか“金糸雀色”だとか洒落た言い方をするべきかもしれないけど、分かりやすく紹介させていただきましたわ。


そしてドレスの傍には、窓からの光を反射して輝くアクセサリー達が並ぶ。当然、ドレスの色に合わせているから、そこに嵌めこまれている宝石も多種多様だ。


サファイア、ルビー、えっと黄色のはイエローダイヤモンドで、エメラルド、ペリドット、アクアマリン、えっピンクのはピンクダイヤモンドですって? かなり希少なのでは? あとはラピスラズリ、アメジスト、へぇ薄紫のはクンツァイトと言うのね。それから、王道ダイヤモンド。あの黒いドレスには、ブラックダイヤモンドと黒真珠が金色の地金で組み合わせられているわ。きっと純金なのでしょうね。いえ、他のアクセサリーの地金も、きっと純金だわ。


「お好みの物はありますでしょうか?」


メイドに尋ねられて、私は再び色とりどりのドレスに目を向けた。

どれも素敵で、高品質なのが分かる。


あぁ、このドレス一着で弟妹達の服を何着、買うことが出来るかしら。


中には私の好きな色のドレスもあったけど、ここで選ぶ基準は私の好みではなくてね。


「一番目立たない物がいいわ」

「目立たない物ですか?」

「そうよ」


パーティーを楽しみに行くのなら、どんなデザインでも良いのだけどね。

今回は観察、いわば偵察に行くのだから地味な方が良いのよ。


「承知致しました。それでは、これがよろしいかと」

「いいわね、それでお願いするわ」


メイドは色味の落ち着いた若葉色のドレスを選んだ。


「メイクは、どのように致しましょうか?」

「あぁ、それは自分でするからいいわ」

「左様でございますか」


驚いた様子のメイド。


まぁ当然よね。貴族の令嬢ならメイドにメイクしてもらうのが当たり前で、自分でしたりしないもの。でも今回は変装しなくてはならないからね。私の腕の見せ所よ!


予め着込んでおいたパニエ姿になった私は、用意されたドレスに着替える。


よし、“あれ”はメイドにバレていないみたいだわ。


それからドレッサーの前に座ると、鞄を開いてメイク道具を手にした。


(どんな顔にしようかしら。そうねぇ、このドレスに合う色は)


ササッとモブ顔メイクをしていく。それを見ていたメイドは感嘆の息を漏らしていた。小さく「凄い」と聞こえる。


ふふん、コスプレで培った私のメイクスキルは中々のものでしょう!


それからヘアセットも自分で、ちゃちゃっと済ませて出来上がりよ。

最後に用意されていたアクセサリーを身に付けたら完成!


あぁ、若草色のドレスにして良かったわ。合わせたアクセサリーはペリドットだから、他の物に比べたら緊張も僅かで済むわね。ピンクダイヤモンドなんて付けたりしたら、金額が怖くて動けなくなってしまうところよ。

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