第10話 侯爵家のスケール
翌日。
メイク道具もバッチリ用意して準備万端! さぁ、トラヴィス様の屋敷に乗り込むわよ!と意気込んだものの、準備できていたのは物理的なものだけだったようで、心の方は足りていなかったみたい。
(はわぁぁ~~~)
私は、その屋敷の大きさと豪華さに圧倒されたわ。門と塀を見た時から薄々気づいてはいたけど、屋敷内部は更に凄かったの。調度品だけではないわ。絨毯もカーテンも壁紙すらも、高級感が溢れ出ているのよ。
そこに漂う空気でさえもデラックス感があって、タダで吸ってもいいのかしら?なんてバカみたいな事を思ってしまったわ。
屋敷の重厚感、洗練された使用人達、窓から見える庭の優美さから品格の高さが分かるわ。まぁ侯爵家ですからね、当然なのでしょうけど。貧乏男爵令嬢からすると、場違い感が半端ないですわ!
あぁ、あの壁際にさり気なく置かれた花瓶。一体いくらするのやら。万が一にも、ぶつかって壊したら怖いので距離を取りましょう。えぇ“この端、渡るべからず”よ。真ん中、何もない真ん中を歩きますわよ!
そうしてドキマギしながら通された部屋には大層美丈夫な男性がいた。
「やぁ、アネット嬢。この姿で会うのは初めてだね」
透き通るような水色の髪に、淡く深い菫色の瞳。
侯爵家当主であるトラヴィス・スプリンガ侯爵本人だ。
やっぱり変装していたのね。ダルク様とは髪色も違うし、眼鏡も口髭もないわ。声だけは、全く変わらないけど。こんなにも特徴のあるイケボなのだから、声色も変えないと本人だってバレてしまうと思うのだけどねぇ。
「初めまして、侯爵様。アネット・ウィンターと申します」
わざとらしく挨拶すれば、トラヴィス様は「ハハハッ」と笑った。
「正式な挨拶は、これが初めてだね。初めまして、アネット嬢。私が侯爵家当主のトラヴィス・スプリンガだ。侯爵ではなく、トラヴィスと呼んでくれ」
「承知致しましたわ」
トラヴィス様がソファに座るよう促すので、私は従う。
そこには既に紅茶が用意されていた。
「此度は私の依頼を受けてくれて感謝するよ」
あらまぁ。脅したクセに、いけしゃあしゃあと。
こちらに拒否権なんてなかったと思うのですけどね?
「もしかして、それに君の変装道具が入っているのかい?」
トラヴィス様はゼノンの持つメイク道具が入った鞄を興味深そうに見ている。
「そうですわ。メイク道具が入っていますわ」
「メイク? 化粧だけで、あそこまでの変装をしていたと言うのかい?」
「えぇ、そうですけど」
「そうか、それは凄いな」
目を瞠ったトラヴィス様は、関心するように顎へと手を当てた。
「それで、具体的には私に何をしろと?」
「あぁ、アネット嬢はターナー伯爵夫人を知っているかな?」
「ターナー夫人……お名前だけは存じておりますが、面識はありませんわ」
「そうか。まぁ、アネット嬢とは参加する社交の場が違うから当然ではあるな。では、順を追って説明しよう。君に渡した資料の人身売買組織だが、どうもコワルスキー伯爵が関わっているようなんだ。そこで証拠を掴むため、コワルスキー伯爵邸に潜入したいのだが、警備が厳重でね。そう簡単に忍び込めそうにない」
コワルスキー伯爵といえば伯爵位の中では裕福な方ですけど、特に突出した話は聞かないわ。
でも、たかが伯爵家に侯爵家が侵入する隙がない程の警備体制というのは、逆に怪しさ満点ですわね。
「けれど今度、そのコワルスキー伯爵邸で夜会が開かれる事になっている。千載一遇のチャンスなのだが、その招待状を入手するのが、これまた難しくてね。仕方ないから、招待客と入れ替わる作戦を立てたのだが」
「その入れ替わる招待客がターナー夫人なのですね」
「察しが良いね。ただターナー夫人は、こちらの協力者ではない。夜会当日、こちらの手の者が夫人を拉致する。事が済んだら、泥酔して記憶が曖昧になった夫人を屋敷に帰すという計画だ。これで潜入はバレないだろう」
「はい???」
ターナー夫人を拉致って、そんな犯罪……いえ、潜入自体が不法侵入ですから犯罪云々は言っても無意味でしたわ。
「実は、招待客の中に協力してくれそうな人間が一人もいなくてね。ターナー夫人が一番、隙があったからターゲットにしたのだよ」
私は大切な事を学びましたわ。犯罪に関わっている人間と関わらないこと。それに尽きますわね。関わったが最後、こうして拉致される可能性があるのですもの。あぁ、怖い怖い。
とは言っても、私に何かあればゼノンが助けてくれる気はするけどね。
「どうだろう、ターナー夫人に変装することは可能だろうか?」
「善処はしますが……まずは夫人を拝見してみない事には何とも。それに変装すると言っても、見た目だけでは正確に真似しきれませんわ。入れ替わるのなら口調や言動、仕草や癖、そういうものも把握しませんと」
「なるほど。それは直接ターナー夫人を観察できればいいのかな?」
「そうですわね」
「ならば明日、ちょうどターナー夫人が参加するパーティーがある。そこに出向くのは、どうだろうか」
「それは良い機会だと思いますが」
招待制ではない、誰でも参加できるパーティーなのかしら?
まぁ、トラヴィス様が“行こう”と言っているのだから、大丈夫なのでしょうけど。それより問題は
「どの程度のレベルのパーティーでしょうか?」
そう、パーティーのレベルによってドレスのランクを考えなくてはならないわ。いわゆるドレスコードってやつよ。私の手持ちでは上流のパーティーに参加するのは心許ないの。あぁ、仕事の時は貸衣装も利用しているのよ。それで何とか、やりくりしているのだけど。
「ターンス伯爵家のパーティーなのだが、そこまで格式ばったものではないよ。あぁ、ドレスや装飾品は、こちらで用意するから安心してくれ」
あら、随分と気前が良いわね。うちの経済状況を把握した上での提案だと思うと、少しモヤッとするけど。まぁ、貸してくれると言うのなら、こちらに不満はありませんわ。
「では、お願いしますわ」
明日の予定が決まったところで、トラヴィス様がサッと契約書を取り出す。私はゼノンに見せつつ、ササッと目を通した。
契約書には守秘義務や契約金額について記載されている。
予め聞いてはいたけど、こんな大金が報酬って流石にいただき過ぎでは?と疑問をゼノンに向けたら“問題ない”と視線が返ってきたので、私は遠慮なくサインをした。
******
というわけで明日、再び侯爵邸を訪れた後、トラヴィス様のエスコートでパーティーへ行くことになったわ。変装スキルのお披露目も、その時という事に。
私には縁のないターンス伯爵家のパーティーに、これまた男爵家とは縁遠い侯爵家のトラヴィス様と参加するわけだからね。私は変装フルメイクしなくてはなりませんもの。どんなメイクにしようかしら? ところで
「ねぇ、ゼノン」
帰途に着く馬車の中で、私はゼノンに声を掛ける。
「明日、参加するパーティーとターナー夫人について」
「調べておく」
私が言い終わる前に、ゼノンは頷く。
流石ゼノン、察しがいいわ。
こういう息がピッタリな感じって気持ちいいわね!
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