第8話 謎の紳士の正体(ゼノン視点)
「お嬢、あの男の名前はダルク・サーマンと言ったよな?」
「えぇ。そう名乗っていたけど、偽名だと思うわ」
「だろうな」
サーマンなんて家名、この国にはないからな。
「それから、見た目も変装だと思うわよ」
「なるほどな。んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
お嬢の手当はマーサに任せて、俺はパーティー会場へと戻った。
うまくすれば、あの男を尾行できるかもしれない。それはそれとして―――
(あのヤロウ、お嬢に怪我させやがって。この落とし前、どうつけてやろうか)
ジョルジュへの敵意に胸をムカムカさせながら、会場近くに潜んで客の出入りを見張る。
無駄に終わるかもしれないが、偽名を使われている以上、これが一番効率いいんだよな。おっと、出てきたぞ。
俺は馬車に乗り込むのを見届けると、気配を消して後を追った。
******
馬車は暫く走った後、とある屋敷に入っていった。
(おいおい、ここは……スプリンガ侯爵家じゃねぇか。マジかよ)
まさかの行先に一瞬戸惑ったが、すぐさま行動を起こす。
まずは、ヤツの正体を暴かねぇとな。俺は屋敷に潜入することにした。
さすがは侯爵家、警備は厳重だ。だが、俺にかかれば何てことない。
俺は警備の穴を掻い潜って、あの男の部屋の天井に忍び込むことに成功した。
「あぁ、もう下がっていい」
男は人払いをした後、タイを緩めてタオルで顔を拭った。
そこから現れた顔は―――
(おいおい、スプリンガ侯爵本人じゃねぇか!)
お嬢のために貴族連中の顔は全て把握しているから見れば分かる。間違いない。
トラヴィス・スプリンガ侯爵。
15年前に両親が事故死して、17才という若さで侯爵を継いだ。
てっきり侯爵家の使用人や影の誰かだと思っていたが、まさか本人とは。
どういう事だ? ヤツの目的は何だ?
「さて、隠れていないで出てきなさい」
(!!)
まさか俺が潜んでいると気付いていたのか?!
完全に気配は殺しているのに気付くなんざ、コイツは何者だ?
「そこにいるんだろう? 話があるんだ」
(チッ、どうする?)
一瞬悩んだが、コイツの目的を知る必要がある。
もしも、お嬢に害を成すようであれば排除しなくちゃならねぇからな。
俺はスタッと男―――トラヴィスの前に降り立った。
「えっ、本当にいたのか?!」
トラヴィスは「ぅわっ、吃驚した」と目を丸くしている。
ハァ?
どういう事だよ。
「いや、カマを掛けただけだったんだ」
あ“ぁ”? 何だと?!
俺は、まんまと罠に引っかかったってのか!
「しかし、こうも易々と侵入されるとは。警備体制を見直さなくてならないな。まぁ、それはさておき、ちょうど良かった。君に伝えてもらいたいことがあるんだ。君はゼノンと言ったかな、さっきアネット嬢と一緒にいた執事だろう?」
なっ、何で分かったんだ?!
今は“さっき”とは違う恰好をしているというのに。
今の俺は執事服から黒装束に着替え、フードを目深に被って口元を布で覆っている。一目でゼノンと同じ人間だって分かるはずないだろう。何者だよ、コイツ。
「あぁ、匂いで分かるんだ。私は特別、鼻が利く性質でね」
はぁ? 匂いで分かったって?
俺は当然のことながら香水は付けないし、体臭にも気を付けている。
こうして潜入する時に、匂いは命取りになりかねないからな。
それなのに匂いで分かったって……コイツ、気持ち悪いな。
「それでアネット嬢とマイラ嬢が同じ匂いだったから、同一人物だと分かったんだ」
オイオイ。
オイオイオイ。
お嬢の匂いって抜かしやがったな?
コイツ、やっぱり始末しておくべきか。侯爵家の当主を消したら大事(おおごと)になるだろうが、お嬢を守るためなら厭わないぜ。
「そういえば、アネット嬢の手首の怪我は大丈夫だったかな?」
俺は無言を貫いた。
コイツは勝手に喋っているが、まだ俺は自分の素性を認めちゃいない。
というか、コイツさっきから自分だけ喋っていることに気付いてんのか?
よくもまぁ、ペラペラと動く舌だなぁ。
「君のスキルなら、パーティー会場に潜り込めただろう。何故、そうしなかったんだい? アネット嬢が危険に晒される可能性があることぐらい、君だって分かっているだろう」
んな事は分かってる。
怪我したお嬢を見て、どれだけ俺が悔しい思いをしたことか。
けどな、お嬢が許さないんだよ。
貴族しか入れない場に、貴族ではない俺がいること。それが発覚した時に俺が罰せられることを、お嬢は恐れている。そんなもん、いくらでも逃げられるんだけどな。
でも俺は、お嬢の意思を尊重したい。だからお嬢の言う通り、使用人の同行が許されていない会場には足を踏み入れないようにしている。
だけどなぁ、調査の時は貴族の屋敷に不法侵入しているんだよなぁ。
でもお嬢にとって、それとこれとは別問題らしい。
お嬢の線引きはイマイチ分からないんだよな。人目に付くのがマズイのか?
「もしかして君は貴族ではないから、会場に入らないのか? 意外と律儀なんだな。でも、それではアネット嬢を守れないだろう? その点、私なら守れる。地位も権力もある侯爵だからね」
ドヤァと良い顔をしている。
コイツ、顔の割に中身は残念なタイプなんじゃないか?
「というわけで私も全面的に協力するから、君達の力を貸して欲しい」
あぁ、やっと本題が出たか。
トラヴィスは言いながら、書類の入ったファイルを俺に差し出した。俺は受け取って、素早く中身に目を通す。そこには、ある人身売買組織について記載されていた。
ふ~ん、なるほどねぇ。
「彼らの犯罪を暴きたいんだが、なかなか証拠が掴めないんだ。そこでアネット嬢の変装技術を使って潜入捜査をしたい。もちろん、私が同行して彼女の身は守ると誓おう」
コイツの目的は分かったが、しかしなぁ。
そんな危険に、お嬢を晒すわけにはいかないなぁ。
「もちろん、報酬は弾む」
それを聞いちゃあ、お嬢は受けようとするよなぁ。
「それに君達がしている事も不問にしよう」
それだよ、それ。
コイツが、どこまで知っているか分からないが、知られていること自体が問題なんだよなぁ。
いざとなれば、逃亡なんか訳ないんだが。
お嬢一人ぐらい俺が何とか出来る。けど、お嬢の弟妹達がなぁ。
さて、どうする?って、俺が考えても仕方ないか。
決めるのは、お嬢だ。
俺は何も言わぬまま、ファイルを手にトラヴィスの前から姿を消した。
「良い返事を待っているよ」
見当違いの方向に向かってトラヴィスは声を掛けている。
どこ向いて言ってんだよ。
そういや結局、コイツ一人で喋って終わったな。俺、一言も口を利いてねぇや。
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