第7話 さぁ、殴りなさいよ!からの~逃げるが勝ち!

数日後、ゼノンによって吉報がもたらされた。


「お嬢、ジョルジュはセルマとの婚約を白紙にしだぜ」

「本当? 早かったわね」

「あぁ。カミラからもアプローチがあった所為だろうな」


あら、カミラ様もジョルジュに詰め寄ってくださったのね。

ありがとうございます。おかげで仕事がスムーズにいきましたわ。


あぁ、カミラ様はマイラと同じようにジョルジュを好きになってしまった令嬢よ。


実は彼女にも『ジョルジュに婚約解消を勧めるべきでは』とアネットが進言しておりましたの。


ジョルジュも一人より複数人から言い寄られる方が決心しやすいし、キープの令嬢から誰を選ぶのか自分に選択権があると油断するでしょうからね。


根回しは大事ですわよ。


「それじゃあ、さっさと手を引きましょう。例の紳士の事があるから、暫くは鳴りを潜めるわよ」

「了解」


翌々日。

ジョルジュも出るパーティーがあるので私は出席する。

少し強引ではあるけど、すぐさま後始末をすることにしたのだ。


あ、いたわ!


お仲間の令息数名と談笑している。そこに私は歩み寄った。


「ジョルジュ様」

「あぁ、マイラ。今日も美しいですね」

「ありがとうございます。実は、今日はジョルジュ様にお伝えしたい事があるのです」

「おや、それは何でしょうか?」


よもや別れ話を告げられるとは思ってもいないジョルジュは、嬉々とした様子でいる。


「実は私、田舎に移り住むことになりましたの」

「えっ?!」


寝耳に水と言わんばかりに目を見開くジョルジュ。


あぁ、この瞬間が好きですわ。今まで散々、婚約者を悲しませてきたのですから、少しぐらいは痛い思いをするべきだと皆さんも思いませんこと?


「私の療養のためにと、両親が手配してくださって」

「そんな! そうだ、それなら僕の領地で療養されては如何ですか?」


そんな提案されても、私は首を縦には振りませんわよ。


私はフルフルと首を横に振った。


「僕は、貴女と離れたくありません!」

「えぇ、私もです。でもジョルジュ様は、私以外にも沢山の花をお持ちでしょう? その一輪がなくなったとて、ジョルジュ様の御心を寂しくさせる事はないかと」


花とは、もちろん女性のことよ。


私が知っていると示唆すると、ジョルジュは僅かに動揺を見せた。


さすが手練れ、明らかな動揺はしないわね。


「何を仰っているのですか?」

「私、知っていますのよ。私以外の令嬢達とも親密にされていることを」

「何のことですかね」

「お惚けにならないで。ですから、私は身を引かせていただきますわ」

「な、何を今更! 貴女に言われて僕はセルマとの婚約も解消したと言うのに!」


僅かな動揺から、明らかな苛立ちへと変わっていく。


ジョルジュは私の手首を乱暴に掴んだ。掴む力は徐々に増していく。

遠慮のない男性の握力に、私の手首は痛みを訴えた。


「離してくださいませ。私は、私を唯一としてくださる殿方を求めておりますの」

「この生意気な!」


怒りに身を任せたジョルジュの手が振り上げられる。

“叩かれる”そう瞬時に悟った。


これは好都合よ。


これだけの人目がある前で暴力を振るってくれれば、それを理由に私はジョルジュから離れられるわ。それに、彼にDV傾向があると知らしめる事も出来るわね。


私はバッチコーイ!と奥歯を噛んで待ち構えた。


構えたのだけど、いつまで経っても痛みは襲ってこないし、よく見ればジョルジュの手は空中で停止している。その理由は、私の背後から伸びた手によって掴まれているからだった。


「「えっ?」」


私とジョルジュは揃って間抜けな声を上げつつ、揃って掴んでいる手の主を見た。そこにいたのはダルク様だ。


えぇー?! ここで遭遇するの?


ぅわぁ、どうしましょう。会いたくなかったというか、この現場を見られたくなかったというか。もう、これは現行犯になってしまうのではないの?


ダルク様がジョルジュとの間に割って入ったことにより、私の手首を掴んでいた手は離された。


「か弱い令嬢に暴力を振るうなど、紳士の風上にも置けないな」


凛と通る低音ボイスが、静かに響く。

それだけで、ジョルジュは目に見えて狼狽えた。


「彼には気を付けるように言っただろう」


軽く振り向いたダルク様の低音ボイスが、今度は私の耳元に向かって発せられた。


こ、この人! ホント声がイイ!!

って、違う、違う。今は違う。それどころじゃないわよ。


すぐさま私は彼の言う“か弱い令嬢”の仮面を被った。


「まさかジョルジュ様が、この様なことをするとは思ってもみなかったのです」


頬に手を当てて、弱々しく首を振る。


「ジョルジュ様、もう二度とお会いすることはないでしょう。それでも私は貴方様の幸福を祈っておりますわ」


可憐な令嬢を演じきったところで、「それでは失礼します」とお辞儀をする。


さぁ、サッサと退場するわよ!


ざわざわと騒がしい人波をスイスイと泳いでいると誰かに肩を掴まれた。

言わずもがな、ダルク様だ。うぅ、逃がしてはくれまいか。


「待ちなさい。私は君に話があるのだが」


私はないわ! 断じてないわ!

というか、気やすく触らないでくださいませ!


「申し訳ありません。先程の出来事の所為か、体調が優れませんので」

「あぁ、君は身体が弱い設定だったな」


設定って言いました?

くぅ、全部バレてるじゃないの。何者よ、この人。


「何のことでしょうか?」

「ハハハッ、とぼける姿も可愛いな」


本当に何者よ、この人!

こっちは誤魔化そうとしているのに、この余裕の笑みは何! 逆に怖いわ!


「とりあえず馬車まで送ろう。そこの君、マイラ嬢の馬車を呼んでくれ」


ダルク様は近くにいた給仕を呼び止めると用件を伝える。


スマートすぎでしょう、この人!

しかし、この展開はマズいわね?


「では、そこまでエスコートしよう」


ほらぁ、やっぱり~。

馬車が来るまでの時間を稼がれちゃったじゃないの。


「それで、君は」

「先程は、ありがとうございました」

「いや、それより」

「私、何をされるかと怖くて動けませんでしたの」

「そうか。そ」

「まさかジョルジュ様が暴力を振るうなど思ってもみなくて。ジョルジュ様は恐ろしい方だったのですね」

「あぁ、それ」

「ダルク様のおっしゃった通りでしたわ。あの時、ダルク様が来てくださらなかったら、どうなっていたことか」

「それは」

「お礼の言葉もございませんわ。あ、馬車が来たようですので、私はここで」


ダルク様に口を挟む余地を与えずに話し続けていると、馬車が来た。


よし! 逃げるわよ!


「お嬢様、お迎えに上がりました。……あの、そちらは」

「あぁ、ゼノン。こちらはダルク様。危ないところを助けていただいたのです」

「左様でございましたか」


ゼノンはペコリとお辞儀するが、アイコンタクトを理解したようで私を直ぐ馬車に押し込む。


「それでは、ごきげんよう」

「ハハハッ、逃げ足の速いレディだな」


逃げ足って言われちゃったわよ。

もう、ヤダ~。この人、何なの?!


「まぁ、いい。今日のところは、その手首の怪我に免じて諦めるとしよう。また今度お会いしましょう、レディ」


ダルク様は恭しく胸に手を当てると礼をとった。

ゼノンはダルク様の言葉に即座に反応して、私の手首を確認しようとする。


今はいいから、後でいいから。

さっさと馬車を出しちゃって!!


こうして、私は逃げ去るようにパーティー会場を後にした。


******


暫く走った所でゼノンは馬車を止めると、小窓を開けて私を見た。


「お嬢、何があった?」


いつもより低いゼノンの声に、私の肩がビクリと揺れる。


お、怒ってるの?


「それは何について?」

「手の怪我と、あの男に決まっているだろ」

「えーっと、手はジョルジュに強く掴まれて……」


改めて見てみれば、手首には掴まれた跡がくっきりと付いていた。


「くそっ、早く手当しねぇと」

「だ、大丈夫よ。もう痛くはないわ」

「はぁ? それは、そん時は痛かったってことか?」

「うっ」


墓穴を掘ったのかしら、私。


ゼノンは自分を責めるような口調で苛立っている。


別にゼノンは悪くないわよ?


「そんな跡があったら弟達が心配すんだろ」

「あっ」


そうね。それも、そうね。

あら、イヤだわ。何とか誤魔化せるかしら?


あ、いえいえ、私にはメイクという強い味方がいるじゃないの。

いざとなったらメイクで隠しましょう。


「んで、あの男は?」

「あぁ、ジョルジュに頬を叩かれそうになったところを助けてくれたの」

「はぁ? ちょっと待て、打たれそうになったのか?」

「えぇ。あ、もちろん受けて立つつもりだったわよ。そうすれば、ジョルジュの心象が悪くなるからね」

「んなもん、受けて立つんじゃねーよ。お嬢は令嬢だって自覚あんのか? 顔に傷でも残ったら、どうすんだよ」


大層、呆れるように言われてしまった。


でも、そうね。

少し考えなしだったかもしれないわね。でも


「メイクで隠せばいいじゃない」


堂々と言ってのけたら、今度は深い溜息を吐かれてしまった。


何よ、ゼノンだってメイクで顔の傷を隠しているじゃないの!


「そういう問題じゃねぇ……ハァ、とりあえずは分かった。んで、あの男に何かされたか?」

「いいえ。何か話をしたかったみたいだけど、全力で遮ってやったわ」

「そうか」


ここで、やっとゼノンの怒りや呆れは削がれたようで、クツクツと喉の奥で笑った。

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