第6話 私の正体がバレている?!

今日も私はパーティーに参加する。


えぇ、今日はアネットとしてよ。知り合いの令嬢から招待状をいただきましたからね。今日は仕事ではなく、完全にプライベート。


楽しく令嬢達と、お喋りしていた時のこと。ふいに殿方が現れた。


あ、あれは!


「レディ、ごきげんよう」


それは、あの忠告してきた紳士だった。明らかに私を見て挨拶している。


まさか“あの時の私”と“今の私”が同一人物だと分かっていたりしないわよね?

えぇ、そんな事は有り得ないわ。私の変装が見破られたことは、未だかつてないのですから。


「先日のパーティー以来だね。体調は如何かな? マイラ嬢」


ぎゃ~!!!


まさかの、まさかでしたわ。何故ですの。何故、私だってバレていますの?!

いえ、今はそれどころではありませんわ。何とか誤魔化さないと。


それに他の令嬢達が“何のこと?”って顔をしていますわ。

彼女達に知られる訳にもいかないですわよ。


「私に尋ねていらっしゃいますか?」

「えぇ、そうです」


念のため、話し掛けている相手が間違いっていないか確認してみましたけど、合っているようですわ。間違いであって欲しかったのですけどね!


「あの、どなたかとお間違いではないですか?」

「あぁ、今はアネット嬢だったか。これは失敬」


わあぁぁぁ! これは、もう確信犯ですわ!!


“どうして?”とか“何故?”という疑問が頭を埋め尽くしてパンパンですわよ。

くっ、ここで認める訳にはいきませんわ。無理があっても、押し通すしかありませんわよ!


「何か勘違いされているのではないでしょうか?」

「えぇ、そうですわ。彼女はアネット様。マイラなんて、お名前ではございませんよ」


私が苦笑いを浮かべている事に気付いた他の令嬢達が、新手のナンパだと思ったようで擁護するように前に出てくれた。


ありがとうですわ!


「それより貴殿は、どなたですの? お見掛けした事はありませんが」

「あぁ、これは失礼を。申し遅れました、私はダルク・サーマンと言います」


恭しく礼をされ、他の令嬢達はポッと顔を赤く染めた。とても良い声に、洗練された仕草。漂う大人の色気。そして、とんでもなく顔が良い。


確かに、令嬢達が浮足立つのも分かりますわよ。


けれど私には、この人が胡散臭くて堪りませんわ。だって、サーマンなんて家名ありませんもの。今、彼が名乗ったのは間違いなく偽名ですわ。


それに私には分かりますの。彼は変装していますわ。髪は明らかにウィッグ。整えられた口髭も付け髭でしょうし、何より縁の厚い眼鏡が怪しさ満点よ。


これは、いけないわね。

君子危うきに近寄らず。早々に退散しましょう。


私はダルク様が令嬢達に囲まれている隙に、その場から足早に立ち去った。


馬車に乗り込むと、いつものようにゼノンは小窓を開ける。


「お嬢、どうした?」

「この間の男がいたわ」

「何だと?」

「しかも私の仕事に気付いているみたい、いや気付いているのよ」

「そいつはマズいな」

「えぇ、だから……明日、仕掛けるわ。早く終わらせましょう」

「あぁ、そうした方がいい」


ゼノンは頷くと、小窓を閉めて馬車を走らせた。


翌日。

今日はジョルジュの屋敷に招待されているから、間違ってもダルク様と遭遇することはないわ。それだけが安心できる要素よ。


ジョルジュの屋敷に着いて、応接室でお茶をする。

楽しく談笑している時、ふいに私は真顔になった。


「あの、ジョルジュ様。私、最近になって知ったのですが、ジョルジュ様には婚約者がいらっしゃったのですね」

「っ……」


ジョルジュは、あからさまに言葉を詰まらせた。


「知らなかったとはいえ、ジョルジュ様にはご迷惑を」

「迷惑だなんて! そんな事ありません」

「ジョルジュ様……ジョルジュ様は、どういうおつもりだったのですか? 何故、婚約者がいるとおっしゃってくださらなかったのですか? そうと知っていれば私は、こんなにも苦しい思いをすることはなかったのに」

「マイラ嬢? それは、つまり……」

「私、ジョルジュ様のことが好きになってしまったのです」


私の言葉に、ジョルジュの顔には喜色が浮かぶ。

それに対して、私は僅かに涙を浮かべた。


さぁ、少し修羅場っぽい雰囲気を出しましょうか。


「私を弄んで楽しかったですか? あぁ、何て酷い方なの」

「マイラ嬢、違うのです」

「何が違うのですか? 婚約者がいながら、私に優しくするなんて」

「僕は婚約者を愛していないのです。愛しているのはマイラ、貴女だけだ」


ぅわ~、本当にクズですわね。


私、知ってますのよ。他の女性にも同じことを言っているのを。

しかも、何気に私を呼び捨てに。嫌ですわ~。


そんな心情を、表情には微塵も出さずに私はジョルジュに縋る。


「本当ですか? 本当に私のことを?」

「えぇ、もちろんです」

「でも、ジョルジュ様には婚約者が……」


希望を宿した顔を上げた後、すぐ悲観したように目を伏せて俯く。


「あぁ、マイラ。そんな顔をしないで」

「でも……でも私とジョルジュ様が結ばれる事はないのですよね」


潤んだ瞳で見上げて、ジョルジュの腕にグッと胸を寄せる。


「っ! 婚約は白紙にします!」


はい、落ちました~!

今回は結構、簡単でしたわね。ふふん。


「本当ですか?」

「えぇ、もちろんです」


私がパァッと表情を明るくすれば、ジョルジュは満足気に目を細めた。


「嬉しいですわ! ジョルジュ様」


私は、その胸に頬を寄せた。

ジョルジュは私の背中に手を回しながらニヤリと口角をあげる。


あらあら、悪い顔だこと。

そういう顔は胸の内でするものよ。私みたいにね。ニヤリ。


馬車に戻ると、ゼノンは小窓を開ける。


「お嬢、首尾は?」

「仕込みは上々よ!」

「そいつは良かった」

「後は、本当に婚約を解消するのを待つだけね」

「動向を追っておく」

「よろしくね!」


颯爽と馬車は走り出す。


本人は白紙にすると言っていたけど、実際に行動を起こすか分からないわ。

ここは数日、様子をみてから次の行動を考えるの。


えぇ、そうよ。

焦って詰め寄ってはいけないわ。


そんな事をすれば、相手は逃げてしまうのよ。

殿方って追えば逃げる生き物なのね。

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