第3話 ゼノンとの出会い
私の仕事は依頼されても、直ぐには承諾しないわ。
まずは事実確認のために、一週間の調査期間を設けているのよ。
「―――てな感じで、セルマの訴え通りの調査結果になってるぜ」
「そう、それなら依頼を受けましょう」
「んじゃ、いつも通りな。これが今回のターゲット、ジョルジュだ。そんで好みは―――」
もちろん、調べるのは令嬢の訴えに間違いがないかだけではないわ。
ターゲットの好み、趣味、性格、生い立ち、コンプレックスetc……それを踏まえて、ターゲット好みの令嬢を作り上げるのよ。
ゼノンは有能な執事ですからね。たった一週間で必要な情報を集めてくれるの。
えっ? 何故ゼノンが、そんなにも情報収集能力に長けているのかですって?
それは、もちろん。彼が元諜報員だからよ。そうスパイよ、スパイ!
あぁ、そんな危険な人物が、どうして我が家の執事をしているか?
気になるわよね、そうよね。もちろん、お話しするわよ! むしろ聞きたくなくても、聞いてちょうだい!
あれはね―――
ある日、マーサと出掛けた時のことよ。
森に立ち寄った際、怪我をして倒れている少年を見つけたの。
私はマーサにお願いして、父達には内緒で彼を助けたわ。
私の部屋で匿い、怪我の手当てをしたのよ。
目を覚ました彼は私の事をとても警戒していたけど、足を怪我しているため動けないと悟ると大人しくなったわ。
まぁ、子どもの私に危害を加えられる可能性は低いとも思ったのでしょうね。
そして徐々に怪我が良くなってきた頃、我が家に街の治安隊の兵士が訪れたの。
隣国の諜報員が我が国に潜伏しているから探していると。
渡された手配書に描かれた顔は、私が助けた少年だったのよ。もちろん父を含め、家の者は知らないと答えたわ。そう、手配書の顔を本当に父達は知らないのよ。
兵士が帰った後、私は急いで自室に向かったわ。
「貴方、隣国の諜報員だったのね。手配されているわよ」
彼はビクッと身体を揺らして、鋭い眼光で私を睨んできた。
「あぁ、大丈夫。私は告げ口なんてしていないし、ここに貴方がいることはマーサと一部の使用人しか知らないから」
それのどこが大丈夫なんだ?と言いたげな視線に、私はクスクスと笑う。
「みんな手配書を見たけど、知らないと答えたわよ。当然よね」
言いながら、私は手鏡で彼の顔を写した。
「なんだ、これ? 俺じゃない!」
彼は私からサッと手鏡を奪うと、鏡の中の自分をしげしげと観察していた。
それもそのはず。あるはずのないホクロが目元にあり、鼻筋も整っていて高く見える。
彼の正体を察していた私は、その顔にメイクを施していたのよ。
ちなみにマーサは目が悪いので、ノーメイクのゼノンを知っていても問題ないわ。
「それはメイクよ。きっと貴方は訳アリだと思って、誰かに見られても大丈夫なようにメイクをしておいたの」
「へぇー。メイクってので、こんなにも変わるのか? すごいな。これなら俺だって直ぐには分からないぜ」
「えぇ、そうよ。他にも試してみる? もっと別人になれるわよ」
「おぉ、やってみてくれ」
興味津々な彼の言葉に火が付いた私は、その顔で散々遊んだのよ。
それでも彼は嫌な顔一つせず、ただメイクの出来に感心していたわ。
ちょっと打ち解けられたような気になって、私は嬉しかったのよ。
それなのに―――
翌日、彼は忽然と姿を消したの。
それまで温かかったベッドに熱がなく、部屋には私一人分の気配しかない。
その事に、ほんの少し物悲しさを感じたわ。
いつか、この日が来ると分かっていたわよ。
黙って出て行くことも。それでも……
一言ぐらい、お礼を言いなさいよ! この薄情者!
なんて思った数年後。
使用人達に給金が払えなくなり、徐々に辞めてもらっていた時のことよ。
最後の男手である執事が辞めて、マーサも泣く泣く辞めてもらった日の夜。
コツンコツン
夜も深まり、そろそろ寝ようかとしていた時、バルコニーの窓から物音がしたの。
ふと見ると、そこには人影が。えっ、誰?! ここ2階なのだけど! 怖っ!
どうしようかと思っていると「お~い」と間が抜けるような声がしたわ。
えっ、怪奇? 怪奇なの? 山で「お~い」と声を掛けられたら返事をしてはいけないやつ? 怖い! 私、ホラーが大大大の苦手なのよ!
でも、このままにしておくわけにもいかないので、とりあえず部屋の灯りを明るくしてみたわ。あれ? この人影には見覚えがあるような。
「貴方は」
「よぅ。俺の事、覚えてるか?」
窓を開けると、声の主は軽い口調で片手をあげた。
「ゴンベェ君!」
あの時の少年が少し成長した姿の青年は、ガクリと肩を揺らした。
「その呼び方は、やめてくれ」
「だって、名前を教えてくれなかったじゃない」
だから“名無しの権兵衛”から、捩ったのよ? ゴンベェの自業自得よ!
「あぁ、そうだったな……俺は、ゼノンだ」
「ゼノン? 偽名?」
彼はハハハッと、笑って答えてはくれない。
きっと偽名なんでしょうね。まぁ、別にいいわ。
ゴンベェよりはマシでしょうからね。
「どうして、ここに? その頬の傷は、どうしたの?」
その頬には、最後に見た時にはなかった大きな傷があった。
あれから危険なことがあったのかもしれないわ。
「あぁ、これは組織を抜けた証みたいなもんだ」
その時、サァーッと風が吹き抜けてカーテンを揺らした。
寒っ!!
今は冬ではないけど、それでも夜は冷える。
女の子にとって、冷えは大敵ですわよ!
「とりあえず寒いから、入って窓を閉めて。あ、お茶を飲む?」
「いいや」
私が背を向けるとゼノンは一歩、部屋へと足を踏み入れた。
良かったわ。お茶が飲みたいと言われたら、お湯を沸かしにいかなきゃいけないところだからね。いらないと言うのなら、お水でいいかしら?
私がグラスに水を注いでいると、背後から窓の閉まる音がした。
「随分と不用心なんだな」
「何が?」
「何がって……得体の知れない男を、躊躇いなく部屋に招き入れるなんて」
「まぁ、確かに得体は知れないけど、ある意味では得体を知っているような。というか、私に何かする気だったなら、とっくの昔にしているでしょう?」
首を傾げながら振り向くと、ゼノンはクククッと喉の奥で笑った。
「豪胆だな。ますます気に入った」
何が気に入ったのか分からないけど、良かったわ。何かする気ではないようね。
言われてみると、確かに不用心だったわ。というか、こんな夜中に訪ねておきながら、お前が言うか?ってやつですわよ!
テーブルにグラスを置くと、ゼノンはソファに腰を下ろした。私は、その向かいに座る。
「それで? あれから、どうしていたの? 書置きもなく、突然いなくなるから心配したわよ?」
「あぁ、手配書が回ったと聞いたし、怪我も回復していたから、ちょうど良いタイミングだったんだよ。あのまま長居をしたら、アンタに迷惑が掛かるかもしれないだろう? 書置きなんかして、証拠を残す訳にもいかないしな」
「あら、私の事を心配してくれたの?」
「当然だろ。こう見えて俺は受けた恩には報いる性質でね」
「へぇ」
意外と義理堅いのね。でも、その割には音沙汰無しだったじゃないの。
捕まってないかなーとか、怪我してないかなーとか、ずっと気になっていたのよ!
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