第2話 没落寸前貧乏男爵家になった理由

「ただいま」

「あ、お帰りなさい! 姉様」

「お帰りなさい、お姉様!」


帰宅の声を掛ければ、真っ先に次男次女で双子のユアンとユリアが駈け寄ってきた。


「ねぇさま、おかえりなしゃい!」

「ただいま、ヤトル」


この舌ったらずな子は、末の弟のヤトル。

三人とも甘えるように、私に抱きついてくる。


あぁ、私の可愛い弟妹達。


「三人とも姉上を困らせてはダメだぞ。姉上は、お疲れなのだから休ませてあげないと」


甘える三人を諫めているのが、長男のヨシュア。

まだ11才なのに、しっかりとしているのよ。でも私は知っているわ。

本当はヨシュアも、この輪の中に入って甘えたいという事を。


11才とはいえ長男の自覚を持っているヨシュアは、自分を律しているのよね。

良いのよ、甘えて。貴方は、まだまだ子どもなのだから。


私はヨシュアに手を伸ばして、その小さな身体を抱きしめた。


「大丈夫よ、ヨシュア」

「姉上」


ヨシュアは私の背中に手を回す。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「あぁ、マーサ。今日も、ありがとう。何か変わった事はなかった?」

「えぇ、いつも通りです」

「それは良かったわ。あ、父は……」

「いつ通り、お部屋でお休みになっておいでです」

「そう、ありがとう。お疲れ様、もう帰っていいわよ」

「そうですか? それなら私はこれで」


彼女は通いのメイドのマーサ。元は住み込みだったのだけれど、給金が払えなくてね。一度は辞めてもらったのだけど、通いなら安い賃金で雇えるからと再雇用したの。


マーサは私が生まれた時から、この屋敷に務めていたのよ。そんな彼女が、この屋敷に居てくれる事は、とても心強いわ。だから安心して家を空けられるの。


あぁ、何故、給金が払えない程に困窮しているかというとね。

父は財政管理が致命的に下手だったからよ。


これでも私が幼い頃は、そこそこ裕福だったわ。それは父の父、つまり先代男爵が優秀でね。父が采配を振るわなくても、安定した収入が得られたのよ。


けれど数年前に起きた飢饉の余波で、我が家も痛手を受けたの。

そうしたら、みるみる内に財政は右肩下がりに。


何度か盛り返すチャンスもあったのだけど、父は活かせなかったわ。

問題を解決し、改善する能力が欠落していたのね。


問題が起きなければ、それこそ問題なかったのよ。


けれど、たった一つ起きたトラブルを解消できない所為で、それは大きくなってしまったわ。もう、手の打ちようがない程に。


そんな我が家が没落の一途を辿り始めた頃、母は外に出掛けるようになったわ。

それは父以外の男との逢瀬だったの。


そうよ、浮気よ。


理由は分からないわ。才のない父に愛想を尽かしたのかもしれないし、お金はないけど贅沢をしたかったのかもしれない。


でもね、ただの浮気なら良かったのよ。そう、ただの浮気なら。


それから暫くして徐々に給金を払えなくなり、使用人達を解雇していた時に母は家を出て行ったわ。きっと男爵家には未来がないと察したのでしょうね。


父を見限って、他の男の元へと逃げたのよ。えぇ、私達子どもを置いて。

愛だの恋だの言っても、結局はお金が大事なのよ。


ちなみに後で知ったことだけど……両親は離縁していて、母は某伯爵の後妻に収まっていたわ。


伯爵家なのだからお金はあるでしょうに、私達子どものために支援してくれることはなく、会いに来るどころか手紙一つ寄こさなかったの。


何か理由があるのかもしれないと、念のためゼノンに調べてもらったのだけど、母は伯爵夫人として悠々自適に暮らしていたわ。


えぇ、そうよ。私達は母に捨てられたのよ。


そして母が出て行ってから、父は変わったわ。それまで下戸だったのに、お酒を飲むようになったの。


部屋に籠って浴びるように飲み、お酒に溺れていったわ。

まるで現実から逃れるかのように。


家のこと、母のこと、私達子どものこと……結局、父も母と同じで逃げたのよ。


幸いなのは泥酔しても、暴れたり暴力を振わなかった事ね。

これで弟妹達を叩いたりしていたら、絶対許さないところよ!


残されたのは私達姉弟だけ。

私が弟妹達を守らなくては!


ヨシュアは優秀だから学校へ行かせたいし、他の弟妹達にも相応の教育を受けさせたいの。


結局のところ、自分を助けられるのは自分自身よ。それには知識と教養が必要。

だから、ちゃんと教育を受けさせなくては。


あぁ、お金がもっといるわ。もっと稼がないと。

この子達のためなら、私は何だってするわよ。


「姉上、大丈夫ですか?」


いつの間にか考え込んでしまっていた私の顔を、心配そうにヨシュアが覗く。


「えぇ、大丈夫よ。それより、そろそろ夕食にしましょうか」

「わ~い!」


私の提案に、ユアンとヤトルは手を上げて喜んでいる。


「お姉様、私もマーサを手伝ったのよ」

「あら、偉いわね。ユリア」


褒めように頭を撫でると、ユリアは笑顔を浮かべた。


「姉上、僕も手伝いました!」

「ヨシュアも? 偉いわね」


自分も!と報告してくるヨシュアに笑みが零れてしまう。ユリアと同じように頭を撫でると、ヨシュアもニッコリと微笑んだ。


この子達の笑顔は、私が守るわ!


******


夕食も終わり、片付けをして弟妹達を寝かしつける。

ヨシュアは図書館で借りてきた本を読むと言ってきかなかったけど。


「お嬢様」


ゼノンが私を呼ぶ。

その顔を見れば、用件は何か分かった。


もう次の依頼が来ているのね。


「ヨシュア。勉強熱心なのは良い事だけど、夜更かしは良くないわ。勉強したいのなら、朝早く起きてしなさい」


ヨシュアは賢い子だから諭せば理解するし、聞き分けてくれる。


「はい、姉上」

「良い子ね、ヨシュア。さぁ、おやすみなさい。良い夢を」


しぶしぶといった様子で頷いたヨシュアの額に、私は“おやすみのキス”をする。


「姉上も」

「ふふふっ、ありがとう」


お返しといわんばかりに、ヨシュアは私の頬に唇を当てた。


ありがとう、おかげで頑張れるわ。

さぁ、お仕事の時間よ。

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