【完結】没落寸前貧乏男爵令嬢に転生したのでコスプレスキルを使って脱貧乏を目指していたら、犬並み嗅覚の年上侯爵様に溺愛されました。

しろまり

第1話 婚約破棄はド派手に!

「セーラ、君との婚約を破棄させてもらう!」

「そ、そんな……」


貴族が集まるパーティー会場。多くの人の目がある前で、大々的に繰り広げられる婚約破棄騒動。


「ジェフリー様、何故ですか」

「僕は真実の愛に目覚めたんだ。それを教えてくれたのは、ここにいるマリンダだ」


笑みを浮かべ、ジェフリーの隣に立つマリンダ。それが私ですわよ。


「セーラ、君との婚約を破棄して僕はマリンダと結婚する!」

「そんな……お慕いしておりましたが、ジェフリー様は他の方を愛されるのですね。思えば贈物どころか、最近は手紙のお返事もくださいませんでしたわ。もうジェフリー様の心には、私はいないのですね。分かりました。婚約破棄を受け入れますわ」


悲しみを滲ませながらも、綺麗な所作でお辞儀をして去っていくセーラ様をジェフリーは満足気に見送った。


(よし、計画通りですわ!)


私も、してやったりと口角を上げる。


「これで君と婚約できる!」

「嬉しいですわ、ジェフリー様。あ、でも本当に婚約は解消されるのでしょうか?」

「あぁ、もちろんだ!」

「セーラ様のお家が拒むなんて事は?」

「心配するな、マリンダ。だが、そうだな。念のため、直ぐにでも婚約破棄の手続きをしよう!」

「ありがとうございます、ジェフリー様」


その男らしい腕に手を添えて微笑えむと、それだけでジェフリーは頬を染める。

私が「頼りにしております」と言えば、ジェフリーは早速手続きをしてくると帰って行った。


残された私は余韻を味わいつつ、庭園の奥へと向かう。

人気のない場所へ来た時、ふいに声を掛けられた。


「マリンダ様」


振り向くと、そこにいたのはセーラ様だった。

普通なら、ここで「よくも私から婚約者を奪ったわね! このドロボウ猫!」なんて悪態を吐かれて修羅場になるところでしょうけど、そうはなりませんわよ。


「ありがとうございました! おかげでジェフリー様と別れる事が出来ました」


セーラ様はペコリと頭を下げる。そして、小さな袋を取り出した。


「こちら、お約束の報酬です」

「あら、まだ完全に婚約は解消されていないと思いますけど、よろしいの?」

「えぇ。ジェフリー様は、公衆の面前で“自分は浮気した”と宣言したのですから、それで十分です」


確かに。『真実の愛に目覚めた』なんて口にしていたけど、それは”婚約者を蔑ろして浮気していました”と言っているのと同じですものね。


「例え婚約が解消されていなくとも、それを理由にこちらも強く出られます」

「そう。それなら良かったわ。では、これで依頼は完了ということで」


私はセーラ様から小袋を受け取った。中には、成功報酬の金貨が入っている。


そう、これが私の仕事。別れさせ屋みたいなものですわ!

婚約者の浮気や暴力を理由に結婚したくない令嬢のために、婚約者を誑かして婚約を解消させているのです。


世の中には婚約者がいるにも関わらず、浮気をしたりと女癖が悪い男がいますの。それから、女性蔑視や過度の束縛、暴力を振るう最低の男もいますわ。そんなクズ男達から女性を救う。私は女性の味方ですわよ。


「念のため確認ですが、この事は決して誰にも漏らさないでくださいませ。それから」

「もちろん分かっております。私の心の内に秘めて、墓場まで持っていきますわ。それから貴女を紹介して良いのは一人まで、ですわね」

「ご理解いただき助かりますわ」


何故、紹介するは一人までかと言うとね。お仕事は欲しいので紹介していただくのは有難いのだけど、ターゲットが複数いるとパーティーでの接触が大変になってしまうので、一人だけという制限を設けておりますのよ。


「マリンダ様、本当にありがとうございました。私、もっと良い殿方の元に嫁ぎます」

「応援しておりますわ。セーラ様が幸せな結婚をされることを」


セーラ様は礼をして去って行く。

さて、私も馬車に戻る事にしましょうか。


私は綺麗に剪定された庭を歩く。花の甘い香りが鼻腔をくすぐった。

その良い香りと手にした金貨の重みに私は、ご機嫌ルンルンよ。


これで仕事は完了ですわ。

後は2週間~1ヵ月かけて、怪しまれないようにジェフリーから離れるだけよ。


彼は女たらしで有名な浮気性だったので、今回のターゲットになりましたの。

あのまま結婚していればジェフリーは愛人を囲い、セーラ様は蔑ろにされたに違いありませんわ。


今回も無事、一人の女性の未来を守れましたわね。

私は高揚感と、やり遂げた気持ちでいっぱいですわよ!




この仕事を始めたのは、仲良くしていた令嬢が婚約者と結婚したくないと嘆いたのが発端でしたわ。


彼女の婚約者もジェフリーと同じ様に女遊びが酷い人で、しかも暴力的だったのです。しかし自分の方が家格は下だから、婚約の解消を言い出せないと彼女は悩んでいましたわ。


私も友のために、何か出来ないかと悩みましたわよ。そこで思い立ったのが、その婚約者が別の人と婚約すればいいじゃない!というものですわ。


成功するかハラハラしましたが、上手くいきましたのよ。もちろん彼女には伝えていなかったのですけどね、バレていましたわ。


「アネットがしてくれたのよね? ありがとう」


あの時の笑顔は忘れられませんわ。

それ以来、報酬をいただく形で仕事とする事になりましたの。


あぁ、無料奉仕という訳にはいきませんのよ。

接触するための衣装(ドレス)にも、お金がかかるのですからね。


えっ、私の名前ですか?


あぁ、先程はマリンダと呼ばれていましたからね。もちろん、偽名ですわよ。本名を使う訳がないでしょう?


そんな事をすれば私の仕事がバレて、下手したら訴えられてしまいますわ。

こちらは変装までして、自分を隠しているのですよ。


あぁ、名乗るのが遅れましたわね。私は、アネット・ウィンター。男爵家の長女ですわ。


さて、馬車に着きましたわよ。


「お嬢様」


私の姿を見て、礼をとった彼はゼノン。私の執事兼、仕事の相棒ですわ。


ゼノンの手を借りて、私は馬車に乗り込む。御者席に着いたゼノンは馬車の小窓を開けた。


「お嬢、首尾は?」

「上々よ! ほら、報酬もいただいたわ」

「もう? まだ正式に婚約解消はされてないだろう?」

「えぇ。でもジェフリーが公衆の面前で浮気したと宣言したから、後は自力で何とか出来るそうよ」

「ハハハッ、そうかい」


金貨の入った袋を掲げる私を見て、ゼノンは愉快そうに笑うと馬車を走らせた。


一応、尾行が付いていないか確かめるために用のない道を走るから、直ぐには帰宅しませんわよ。


さてと、私も変装を解かなくてはね。馬車を降りたところを見られて、マリンダとアネットが同一人物だとバレたら洒落になりませんわ。


私は馬車の中で服を着変えて、タオルで顔を拭う。メイクが取れたら、私用のメイクを施した。


ふふふっ、先程とは違う顔でしょう?


マリンダは、ジェフリー好みの目鼻立ちがハッキリした顔ですからね。

本来の私は平凡顔なのです。えぇ、メイクが映える顔ですわよ!


この顔のおかげで、毎回ターゲット好みのメイクで変装できるから有難いわね。


えっ、ターゲット毎に顔を変えるのは大変ではないかって?

大丈夫よ、なんてったって私にはコスプレで培ったメイク技術がありますからね!


えぇ、そうよ。私、前世はコスプレイヤーだったのよ。そこそこ知名度もありましたわ。イベントの他、野外撮影やスタジオを借りたり、宅コスもしていましたわね。


あぁ、あの熱い夏のイベントの時、加工した靴のソウルがアスファルトの熱で剥がれてしまったのは懐かしい思い出よ。そういえば、上着にグルーガンで接着していた装飾が取れてしまった事もあったわね。


というわけでメイクや衣装の加工、キャラになりきるもの得意ですわ!

前世の記憶があって、本当に良かったわね。おかげで、お金を稼ぐ事が出来るのですもの。


確かに、これを始めたキッカケは友を、困っている女性を救う為でしたわ。

けれど仕事にしたのは、お金が必要だったからですわよ。だって私は―――


「お嬢様、着きましたよ」


いつの間にか馬車は止まっていた。


あら、もう屋敷に着いたのね。


私はゼノンの手を借りて、馬車から降りる。

目の前には少し古ぼけた、手入れの行き届いていない屋敷が。


えぇ、ここが私の家ですわ。

私は、没落寸前の貧乏男爵家の令嬢なのですよ。

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