星彩のマグヌム・オプス

佳音

FILE00:ORDINARY DAYS

初任務/First Mission

「さっきから――うっとう、しいんだ、よ……!」


 文字どおり殺人的な速さで連射される弾丸の嵐を突破し、語気と拳に力を込めながら敵を殴る。によって異形と化した黒銀くろがねの右腕は、鋼鉄の身体ボディの真芯へ見事に突き刺さった。――瞬間、本能的に嫌な予感がして僅かに頬を引き攣らせる。


「あっ、やべ」


 予感は的中した。耳障りな音を立ててショートした警備ロボは、元々自爆機能が搭載されていたのか、あるいは俺がぶち抜いた箇所が悪かったのか、鼬の最後っ屁よろしく閃光を放って爆発する。


「……っ!」


 肘から掌まで甲殻に覆われている利き腕で顔を覆って即席の盾にするものの、正直回避ドッジ防御ガードも俺の領分じゃない。咄嗟の苦し紛れで振動操作ハヌマーン能力エフェクトを応用し、衝撃を振動でどうにか逸らす。頬にいくつか金属片が掠り、爆風を伴って後方へと突き抜けていく。


 敵機が完全に機能停止する様を見届け、俺は安堵でがくりと肩を落とした。……なんか、今の数秒で数年ぐらい寿命が縮んだ気がする。


 今しがた壊したのは、かつてこの研究所ラボを巡回していた機体だろう。構成員が撤収しもぬけの殻になった今でも警備システムが生きているのだとすれば、生徒会長――もとい支部長の見立ては、やはり正しかったのかもしれない。


「なんだっけ……なんとかクリスタル?」


 ぼそりと独り言ちる。


 は近いうちに犯罪組織ファルスハーツから輸送されてくる。相手の段取りはもうが、事前に得られる情報は多ければ多いほど良い。件の代物について研究していたらしい廃棄済みの研究施設セルがあるから調査してきなさいと、そういうオーダーだった筈だ。


 ――なに、簡単なだよ狗飼いぬかいくん。〝発症〟から少し経って能力測定は済んだし、エフェクトの制御訓練もそこそこ積めだだろう? ちょっと行ってきてくれ。


 ハーブティーが注がれたティーカップ片手に、「これ、研究所のマップ。じゃあよろしく」と優雅な微笑みで告げられた記憶が脳裏をよぎり、若干遠い目になってしまう。


 ……ちょっと行ってきてくれって、そんなコンビニでジュース買ってきてくれみたいなノリで民間協力者イリーガルへ頼んでいい話なのだろうか。いや、引き受ける俺も俺だけど。


『――狗飼先輩? 反応シグナルの動きが止まってますけど、大丈夫でしたか?』


 右耳に嵌めていたインカム越しに通信が入り、我に返る。


わり卯紗見うさみ、ちょっとぼーっとしてた。敵はもう倒したから」


『初めての実戦ですから、無理しないでくださいね』


 歳の割にかなり幼い、飴を転がすような甘やかな声は、ともすれば小学生のそれにさえ聞こえる。彼女の気遣わしげな語調には、拭いきれない不安の色があった。歳下の女子に心配されるのは男の沽券的な意味で危機を感じなくもないが、まぁ、こっちはオーヴァードとして覚醒してせいぜい数ヶ月程度の戦力と呼べるかさえ怪しい新米、かたや向こうはこの道そろそろ十六年のプロなのだ。よく考えなくても当たり前なのかもしれない。


『えっと……周辺の脅威判定対象、沈黙を確認しました。異形化イレギュライゼーションの解除をお願いします』


 大きく息を吐き、高揚していた精神を落ち着ける。何度か深呼吸を繰り返したところで、不自然に巻き起こった鋭い風が右腕に絡みつき――数秒後、通路を吹き抜けていく頃には元の腕に戻っていた。


「今、根墨ねずみサンのとこで待機してるんだっけ」


 見取図を頭に描きつつ、歩を進めていく。


『あ、はい。ワンボックスに同乗させてもらって、ラボの外で一緒に。……ごめんなさい、あたしも付き添えたら良かったんですけど』


 しおしおと肩を落とす小柄な姿が目に見えるようだ。今頃、柔らかな栗毛のツインテールを力無く垂らしながら後部座席で悄気ているのだろう。


大先輩チルドレンからそこまで至れり尽くせりってのは申し訳ないよ。意味もなくなっちまうし」


 苦笑をこぼす。


 今回の任務は、俺が戦力として使えるかを見るテストも兼ねてるんだろうとはうっすら察していた。よって訓練のように補助や助言が入っては適切な評価が下せなくなるが、現場に出す以上はアクシデントの発生も考えられる。そういう場合に備えての経験者枠として彼女――卯紗見真理歌と、


「なぁ? 根墨サン」


『ご明察です』


 うちの支部と協力している刑事――根墨千波がストッパー兼外部評価役として控えているのだろう。こちらはいわば試験官に近い。


『まだいけますか』


 鋼鉄を連想させる凛とした声が、言葉少なながらに耳朶を叩く。


「あぁ。……アレだよな? 奥にある研究室を見てくりゃいいんだよな?」


『はい。行って帰るまでが仕事です』


「オッケー、やってみるわ」


 右肩を回しながら改めて己に活を入れ直す。机に齧りついて勉強するのは苦手だが実技は得意だし、せっかくなら良い点を採りたい。


『気を付けてくださいね、先輩……!』


『では、一度通信を切ります。こちらも端末で位置情報を追っていますが……不測の事態が発生すれば連絡を』


「うぃーっす」


 気の抜けた答えを返せば、それを最後にインカムは沈黙した。


「――さて」


 ここからが本番だ。気を引き締めるのも兼ねて、首に巻いていたマフラーを軽く押し上げて調整する。


 季節は二月。暦の上ではそろそろ春の筈で、もうすぐ二年へ進級しようかという時期だ。少し肌寒い……のは、季節のせいだけではないだろう。建物とはすさまじい速さで朽ちていくものらしい。たてつけがイカれて開きっぱなしの窓ガラスから吹き込んでくる乾いた風が、マフラーの端を緩く靡かせた。


 指先で軽く頬を拭ってみる。先ほどできたばかりの筈の裂傷は、かさぶたどころか痕さえもう残っていないのだろう。


「……厄介な身体になったもんだよなあ」


 ぼそりとぼやく。


 身体を動かすのは好きだったし、実際、部活に入ってた程度には得意だった。けどそれはあくまでも下手の横好き、走るのを趣味にしている一介の高校生どまりの話で、銃器や爆薬で武装した戦闘ロボット相手に立ち回れるわけもない。着のままで投げ出されたところで蜂の巣にされておしまいで、誰だってそうだろう――普通の人間なら。


 それが、によって一変した。レネゲイドウイルス、オーヴァード、シンドローム。そういった世界の裏側を知らされた俺は、この力との付き合い方を教えてもらう代わりに〈ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク〉――通称UGNへ協力することになり、現在に至る。


 といっても諸々の出来事が起きたのは本当につい最近なので、実感らしい実感はほとんどない。産まれたときから、あるいは何年も前から超能力者オーヴァードをやってる連中に言わせれば、俺みたいな奴はまだ半人前どころか素人に毛が生えた程度だろう。


 ……ただ、こうしていざ事にあたってみるとヤバい身体になったんだなあとは思う。銃器に詳しくないので毎秒何発だとかまでは知らないが、馬鹿みたいな連射速度で撃ち出されるマシンガンの銃弾がとか、どういう眼をしてんだって話だし。レネゲイドウイルスって怖いよな。


「……いかん。集中集中」


 物思いに耽るのは似合わないぞと自分に言い聞かせつつ、思考を現実へ引き戻す。今やるべきは目標地点の発見だ。


 通路の床をスニーカーの底が叩く硬質な音だけが、しばらく響く。


 廃虚と言っても、かつて研究所だっただけあって通路も扉もどこもかしこも無機質で画一的だ。白で統一された内装は距離も時間の感覚も狂わせる。見取図へ事前に目を通していなかったら迷っていたかもしれない。


 通路を進み、曲がり、更に進んで……という工程を繰り返しながら施設の最深部へ到達すると、メタリックなデザインの大扉が現れた。壁を見れば横にコンソールが埋め込まれている。点滅している様を見るに、電力はまだ生きているようだ。なにがしかのコードを入力すれば自動で開く仕組みになっているのだろう。


「むっ……」


 口が思わずへの字に曲がりそうになってしまう。通り過ぎてきた空き部屋を探索していれば手がかりのひとつでも見つかったのかもしれないがここまで一直線だったし、また戻って探し回るのも面倒だ。


 ――――壊すか。


 決断は早かった。なお完全に現場判断である。


「ふ――!!」


 烈風と共に瞬時に右腕へ鉤爪の生えた甲殻を展開し、拳を握りしめて扉へとぶち込む。かつては鉄壁を誇っていたであろう鋼鉄の扉には冗談みたいな大きさの罅が入り、ぐしゃぐしゃにした紙のように無惨にひしゃげる。


「せぇ、の……!」


 更にそこを起点に音波による高速振動を叩き込めば、轟音と共に瓦礫の山へと早変わりだ。


「お邪魔しまーす」


 踏み込んだ部屋は窓もカーテンも完全に閉め切られており、夕方に差し掛かってるのもあって全体的に薄暗かった。光源らしいものといえば、奥のデスクで光っているパソコンの画面ぐらいだ。よく見ると、イジェクトされたフロッピーディスクがドライブに挿しっぱなしになっている。


「……?」


 眉を寄せ、周囲を警戒しつつ歩を進める。あっさりと机上に辿り着いた俺は、点滅し続ける画面をまず覗き込んだ。


「……Present for you dear親愛なる君へだぁ?」


 画面に表示されっぱなしになっていたテキストファイルには、その文字列が浮かんでいた。


 ナメてんのか、と罵倒が口を衝く。というか、さすがに少し気味が悪い。俺は頭を回すのは得意じゃない……が、それにしたって意図のようなものを感じてしまう。


「……」


 ……我ながら今すごい苦い顔になってるだろう。挿しっぱなしのフロッピーがジェンガのように思える。あと、よくよく考えたら試験の合格条件のひとつは研究室への到達だったのだから、ぶち抜いて突入する前に一旦連絡すれば良かった気がする。


「……………」


 数秒、逡巡し。


「成果物は可能な限り持ち帰れってイリーガルの担当教官から習ったしな……!」


 ええい儘よと言わんばかりにドライブから引き抜くが――何も起こらない。


 フロッピーをズボンのポケットに仕舞いつつ、内心で胸を撫でおろす。今度こそ外で待機してるふたりへ連絡を入れるべきだろうとインカムのスイッチを押そうとして――オーヴァード化により鋭敏化された獣の聴覚が、罅割れるような不吉な音を頭上に捉えた。


「……はい?」


 顔を上げれば、ぱらぱらとコンクリートの破片が落ちてくる。先ほどの戦闘で施設の機能がイカれたのか、はたまたやっぱりさっきのディスクが何かの起爆剤になっていたのか。……両方かなこれ、と顔を引き攣らせながら現実逃避気味に思考を走らせる。


「う、うわぁ――!?」


 数秒後。倒壊する施設から俺の絶叫が轟いた……のかもしれない。聞いた話では、瓦礫に埋もれて目を回しながらノびていたところを待機していた女性陣に引っ張り出され、支部の医務室へ搬送されたのだという。たいへん情けない話且つ当然ながら、その間のことは覚えていないのであった。

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