第10話

 王都からの使者が去った翌日、工房の門前に奇妙な男が立っていた。

 黒いマントに、妖しげな仮面。

 こんな田舎じゃまず見ない出で立ちで、一目で「怪しい」とわかる。


「いらっしゃい、何か用かい? うちは普通の鍛冶屋だけど、変な仮面をした人も大歓迎だよ」


「フフ、ありがとう。俺は“闇商人”と呼ばれている者さ。実の名は捨てた。今はただ、裏の依頼を請け負う立場にある」


「闇商人? なんか物騒だな。とりあえず、仕事の依頼なら話を聞かせてくれ」


 男は周囲をキョロキョロとうかがい、俺の耳元に囁くように話しかける。


「お前が例の魔鉱石の武器を作った鍛冶師だな? その技術、ぜひ俺に貸してほしい。俺の組織は、表向きでは扱えないような大量の魔鉱石を保有しているんだよ」


「へえ、大量の魔鉱石か。そいつは興味あるけど、闇商人なんだろ? 怪しい仕事の匂いがプンプンするな」


「フフフ、違法か合法かは問題じゃない。お前の欲しいものは魔鉱石だろ? 俺たちはそれを提供できる。その代わり、お前には大量の魔剣を作ってほしいんだ」


 男の提案は魅力的だが、あまりに危険な香りがする。

 王都の監査が入り、違法取り締まりを監視されている今、そんな裏仕事に手を染めたら一発で詰むかもしれない。


「悪いが、そいつは無理だ。違法なルートで仕入れた魔鉱石を使う気はないんだよ」


「そう言うなよ。報酬はたっぷり出すつもりだ。金、権力、何だってお前の思い通りだぞ」


「金も権力も興味はあるけどな……俺はこの鍛冶屋と仲間を危険に晒すわけにはいかねえよ」


 きっぱりと断る俺を見て、闇商人は舌打ちをする。


「お前は噂ほどじゃないな。野心家だと聞いたが、せっかくの大チャンスを棒に振るとは。まあいい。いつかお前も我々を必要とする日が来るかもしれん。その時は逃さないぞ」


 そう捨て台詞を吐き、闇商人は踵を返す。

 その背中を見送っていると、ひんやりとした悪寒が俺の背筋を走る。


「大量の魔鉱石か。確かにそそられるけど……危険すぎるだろ、闇商人なんて。どこから仕入れてるかもわからないし」


 父さんも工房から出てきて、その男を見やる。


「闇商人だと……厄介な連中に目をつけられちまったか。ああいう連中は裏で魔剣を集めて軍事力を持とうとする。まともな相手じゃねえぞ」


「わかってる。俺はこっちの世界で好き勝手に生きるって決めたけど、違法な商売に手を染めてまでやるつもりはない。自分の腕で堂々と勝ち取ってみせるさ」


「息子よ、その心構えを忘れるなよ。腕のいい鍛冶師は魅力的だから、闇の組織やら何やら、いろんな奴らが群がってくるはずだ。気をつけろ」


「ああ。だけど、来るやつは全部返り討ちにしてやる。俺の鍛冶場を荒らすなら容赦はしない。そうだろ?」


 父さんと拳をぶつけ合い、強い気持ちを共有する。

 闇商人という厄介な相手がいることはわかった。

 王都の貴族の監査、闇商人の誘惑――この世界は思った以上に複雑だが、俺は正面突破するだけだ。


「やることが多いな。だけど、負ける気がしねえ。俺は魔鉱石を正攻法で集めて、もっとすごい武器を作ってやる。覚悟しとけよ、世界!」


 そう宣言しながら、俺は再び火の前に立つ。

 闇より現れた訪問者に負けないように、さらに腕を磨き上げるしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る