第6話 目が覚めたら

「知らない天井だ」


 つい言ってしまった。

 目が覚めたら見知らぬ天井が見えたんだもの。

 我慢できなかった……

 いつかは言ってみたかったんだよ。

 なんか外は薄暗いけど、どんだけ寝てたんだ……?


「あら、起きたかしら?」


 声だけでほんのりエロい気配のする声。

 寝起きなせいか身体の一部が妙に元気なのよ。

 若さよ……


「おはよう、天野くん? 調子はどう?」


 スーツに白衣を羽織った女性が覗き込んでくる。

 なんか歩くだけでたっゆんってした!

 恐ろしい……視線がそっちに誘導される……

 胸元の名札に香川と書いてある。

 滑らかな黒髪を耳に掛ける仕草が妙になまめかしい。


「えっと……身体も頭も気分も特に痛くはないです」

「そう、よかった。怪我は回復魔法で治しておいたけど、気になるところがあれば言ってね?」

「ありがとうございます」


 おぉ……回復魔法。

 動画なんかじゃ見たことはあるが自分が受けたのは初めてだ。

 見たかったな。


「それじゃ、七尾先生を呼ぶわね」

「ぁー……」


 そう言えば、何でここにいるんだ?

 ダンジョンの隠しフロアで竜の血を浴びたところまでしか覚えていない。

 服も病院衣みたいなのになってるし。

 記憶と状況がつながらないな……


「なぁに? 七尾先生を呼ぶより、せんせいとイイコトする?」

「は? ぇ?」

「んふ……なかなか新鮮な反応ね。ゾクゾクしちゃう」

「えっと……」


 香川先生?が眼鏡を外しながらベッドに身を乗ってくる。

 なんでシャツのボタンを上から外しだしたんでしょう?

 俺の顔、めっちゃ赤くなってる気がする。

 身体の一部はもう完全に臨戦態勢だよ?

 やばいよ?


「大丈夫、大丈夫。みんな初めてのときは緊張するのよ」

「いや……その……」

せんせいにぜ~んぶ任せればいいわ」


 急展開に頭がついていかない。

 ぇ? このまま美味しく頂かれる流れ?

 上げ膳据え膳?

 マジで?


「失礼します」


 何とも絶妙なタイミング。

 扉を開ける音と共に女性の声が聞こえた。

 ぁー……たぶん七尾先生、かな?


「あら、奈々、いらっしゃい。今ちょっと取り込み中だから」

「エリー……目の前で生徒を食べようとするの、止めてくれません?」

「あら? 気になるなら外に出てくれて構わないわよ? 見られながらってのもなかなか良いのだけれど」


 くだけた感じで話しながらそのまま部屋に入って来た。

 やっぱり七尾先生だったようだ。

 香川先生(だと思われる女性)と七尾先生って下の名前で呼び合うのね。

 友人なのかな?


「天野くんからは事情を聴いたりもしたいんです。今回は諦めてください」

「ぇ~。奈々が天野くんのは凄いって言ったんじゃない~」

「なっ……そ、そういう話を本人の前で言わないでください!」


 なんかデリケートな話題な気配。

 赤い顔でこっちをチラチラ見る七尾先生。

 その辺の話題、男は敏感ですよ?


「と、とにかく一度離れて下さい。天野くんから経緯の聞き取りをします」

「は~い。天野くん、がんばってね。続きがしたくなったら後でこっそり来るのよ?」

「エリー!」

「はいは~い」


 笑いながら香川先生がベッドから離れる。

 香川先生は事情を聴く間は一度退室するようだ。

 スーツ姿の七尾先生がパイプ椅子を持ってベッドの脇に来る。

 こちらも身体を起こして話を聞く体勢を整える。


「さて、天野くん。体調はどうですか?」

「はい……香川先生?に治してもらったみたいで、特に痛いところとかはありません」

「……あの人、自己紹介とかしなかったですか?」

「えぇと……はい……」


 香川先生?のところのニュアンスが伝わったらしい。

 七尾先生は溜息をついて少しだけ教えてくれた。

 香川恵理先生、あだ名がエリー。

 この学校の医務室の担当教諭らしい。

 元探索者で回復術師ヒーラー系のジョブだそうだ。

 七尾先生の同級生で現在30歳。

 探索者時代のパーティーメンバーだったとか。


「奈々っていうのは七尾先生の下の名前なんですか?」

「そうですよ。下の名前まではなかなか紹介しませんからね。副担任の名前ですし、覚えやすい名前だから覚えてくださいね」


 たしかに七尾ななお奈々ななは覚えやすい。

 あだ名は絶対ななちゃんだわ。

 間違いない。


「じゃぁ親しみを込めて奈々先生と呼ぶことにします」

「ん-……」


 奈々先生は眉にしわを寄せた少し困ったような顔。

 攻めすぎたかしら?

 本当はななちゃん呼びが良かったけど、ちょっとねぇ?


「まぁいいでしょう。どうせみんな段々とそんな感じで呼び始めますし」


 やっぱり。

 軽い溜息ためいきと共にOKを貰えた。

 でも今年の新入生では一番乗り(多分)だもんね!


「さて、ふざけていないで少し真面目な話をしますよ。気を失う前のこと、どのくらい覚えていますか?」

「えっと……」

「申請無しで夜中にダンジョンに入ったところまでは分かっていますよ」

「ぁー……」


 左腕に巻いてある装着型端末をちらりと見る。

 やっぱり追跡機能とかあるよね、これ。


「居場所がバレるのが嫌だからって外しちゃ駄目ですよ? 便利な機能もありますし、討伐数のカウントとかもしてるので課題にも使いますからね」


 めっ! ってされた。やばい、かわいい。

 中身がおっさんなせいか、同級生より先生たちの方がストライクゾーンな俺。

 奈々先生と二人きりとか、ちょっとドキドキしてきた。

 明るめな茶髪のショートヘアがちょっと童顔気味なお顔によく似合う。

 実はさり気なくスタイルも良いし。

 いかんいかん。

 経緯を聞かれてるんだった……


「えっと……ダンジョンには入りました。すみません。どうしても……その、レベルを上げたくて……」


 レベルの話になった途端、奈々先生がかなしそうな顔になる。

 まぁオリエンテーションで散々見て貰ってたしね……


「そう、ですか……その……ダンジョンに倒れていたのは当直だったわたしが見つけたんですが、あのダンジョンでそれほど苦戦をした、ということですか?」


 さてどうしよう。

 どこまで正直に話したものか。

 と言うかどこで見つかったんだろ?


「ぇーっとですね……苦戦したというか、そもそもどこで倒れてましたかね?」

「ダンジョンに入ってすぐそこでしたよ?」


 なんでそんなことを聞くのかと少し不思議そうな奈々先生。

 あと何かちょっと顔が赤い。

 入ってすぐ……誰が隠しフロアからそこまで運んでくれたんだろ……

 まぁ魔剣マガだろうだけど。

 魔剣の話、したらマズそうだよなぁ……


「正直に全部を話したらいいですよ」

「「!?」」


 ベッドのすぐ脇の台に魔剣がむき出しで置いてあった。

 奈々先生が声の主を探してキョロキョロとしている。

 全部言っていいん……?

 まぁ本人(本剣?)がいいって言ってるんだからいいか。


「奈々先生……少し突拍子もない話になると思いますけど、落ち着いて聞いてもらえます?」

「え、あの、さっきの声は……ええと、はい。天野くんの話はしっかり聞きますよ。もちろん」


 まだ少しテンパってる感があるね。

 まぁ最初に魔剣マガの紹介かな?

 混乱して説明とかにならなくなる気もちょっとするけど。


魔剣マガ。何か言うことある?」

「……言うこと、とは?」

「!?」

「俺が気を失った後の経緯説明とか?」

「貧弱なあるじが倒れてしまったので、私が責任を持って外への扉近くまで運びましたよ。それが何か?」

「!?!?」

「あるじ呼びになったの? まぁとりあえずありがと」

「一応は契約主ですからね。どういたしまして」


 奈々先生の目がぐるぐるしてテンパってる。

 ヘタレかわいい。

 ちょっと違うか?


「奈々先生。奈々先生ー。大丈夫ですか?」

「は、はいっ。えっ……えぇと……その剣は、知恵ある武具インテリジェンス・ウェポン、ですか?」

「そうなの?」

「私はあなたたちの呼び方なんて知りませんよ」


 魔剣マガは素っ気ないね。

 なんかインテリジェンス・ウェポンってかっこいいね。


「あ、天野くんが、その剣の持ち主……なんですか?」

「ぁー、そうなるの、かな? あのダンジョンの隠しフロアで見つけたんですよね。封印されてたっぽいですけど」

「!?」

「それで、封印を解いたらなんか水竜ウォータードラゴン出てきちゃって」

「!?!?」

「首を斬って倒したところまでしか俺は覚えてないです」

「竜の血を浴びたのです。気を失うくらいで済んで良かったですね」

「!?!?!?!?」


 奈々先生の顔芸がちょっと面白い。

 何か言うたびにすごい顔で驚いてくれる。

 驚かしがいあるわー。


「だいたいこんな感じです。信じて貰えるか分かりませんけど」

「ちょ……ちょっと待ってくださいね……頭を、整理します……」


 奈々先生がベッドに肘をついて頭を抱えている。

 剣が喋っている不思議現象はさておき、信じられない話ばっかりよねー。

 自分で説明してても嘘くさいもん。

 漫画かよ。


「ふぅ……取り乱してすみませんでした。大丈夫です。色々つながりましたし、納得もいきました」

「はぁ……」


 奈々先生が俺の方をじっと見つめる。

 そして手に握った何かを差し出してきた。

 手を出して受け取る。

 この鮮やかな青色は……


「水竜の鱗です。天野くんを見つけたとき、握りしめていました」

「ぁー……」

「それと……これは個人情報でもあるので内緒にしてほしいんですが……」


 なんか溜めてる。

 よほど内緒なことなんだろうか。


「実はわたし、”鑑定”スキル持ちなんです」

「へー……」

「反応薄いですね。結構レアで引っ張りだこなんですよ? まぁいいですけど」


 そんなねたような顔されましても。かわいいけど。

 まぁ便利そうですよね。


「さっき天野くんを”鑑定”しました。レベルは0のままなんですが、ちょっと見たことない表示があるんですよね……」


 なんですと?

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