第5話 水竜

 ドラゴン。

 強靭な鱗と頑強な肉体を持ち、蜥蜴とかげや蛇のような形状の場合が多く、羽の生えている種もいる。

 噛みつきや手足及び尾での薙ぎ払いの他、ブレス攻撃なども行う。

 高位種になると魔法を使う場合もある。

 物理防御力が非常に高く、魔法によるダメージも通りにくい。

 逆鱗と呼ばれる弱点が存在するが、下位種では逆鱗がない傾向がある。

 鱗の色は赤や緑、青、白、黒などの様々な色が確認されている。

 多くは上級または超級ダンジョンなどの深層で出現する。

 種類ごとの個体数が少ない傾向があり、討伐記録も非常に少ない。


 ダンジョン探索管理協会ギルドが公開しているモンスター情報一覧だと確かこんな感じだった気がする。

 何度も読んだ項目だが、こんなに早く現物に会えるとは思っていなかった。

 魔剣マガはトカゲ呼ばわりしていたが、おそらく水竜ウォータードラゴンと呼ばれるドラゴンの一種だろう。

 ひれとかえらっぽい部位がちょっと見えているし。

 鱗とか鰭で少しトゲトゲした首長竜っぽい。


 一周回ってちょっと冷静になっているが、やっぱり異常事態だろ。

 なんで初級ダンジョンの隠しフロア程度のところにドラゴンがいるんだよ……

 声に出して叫びたいところだがにらみ合いの均衡を崩したくなくて声なんて出せない。


「とりあえず陸に上がらないと食い殺されますよ?」


 お前、水の中にいても普通に喋れるのかよ……

 じゃなくて、あっさり食い殺されるとか言うなよ!

 なんか水竜もこっちに進み始めちゃったじゃねぇか!

 大急ぎで陸地のある方向へと泳ぎ始める。

 剣、邪魔っ! 泳ぎづらっ!


「私を手放したら勝ち目は完全に0になりますからね?」


 分かってるよ!

 俺の方には喋る余裕なんてない。

 不格好でも必死に泳ぐ。


「後ろ、来てますよ」


 後ろ……?

 全力で泳ぎながら顔だけ後ろを向けて確認する。

 めっちゃ大きく開いた口がすぐ後ろに来てるじゃねぇかぁぁぁ!

 大きな口がちょうど閉まり始める。


「んがぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 全力でタイミングを合わせて落ちてくる牙を蹴って口内から飛び出す。

 上手くいったぁぁぁぁ、まぐれぇぇぇぇぇぇ。

 もう一回できる気がしない。

 蹴った勢いのままに岸まで全力で泳ぎ進む。

 間に合えぇぇぇぇぇ。

 どうにか岸付近の底に足が付いた!


「しゃぁぁぁぁぁぁ」


 必死に水をかき分けながら走る。

 ちらりと後方を見ると水竜は先ほどの位置で一度止まったらしい。

 一回で噛み殺せなかったのが不愉快なのか首や身体をうねらせながらこちらを観察している。


「はぁ……はぁ……」


 息も絶え絶えではあるがどうにか陸に上がれた。

 足首ぐらいまではまだ水につかっているが。


「で? どうするんだよ、あれ?」

「どう、とは?」

「共同作業とか言ってたろうが、さっき」

「最初から他人任せにせず自分でも考えたらどうですか? ほら、来ますよ?」


 慌てて水竜の方を見るとまさに今からブレスを吐きますみたいな状態。

 やっばぁぁぁ。

 慌てて横に全力でダッシュ。

 直後、圧縮された水っぽいブレスが発射された気配。

 水しぶきっぽいのが周りにも飛び散っている。


「首振るなよ、首振るなよ」


 走りながら必死にお祈り。

 だが俺の祈りもむなしく水竜はブレスを吐きながらこっちを向く。

 圧縮水流ブレスが追いかけてくる。


「んがぁぁぁぁ」

「はぁ、仕方ない。私がやります」


 剣が勝手に動き、走るのが無理矢理止められた。

 立ち止まらされた直後、そのまま剣がブレスを切り払うかのように大きく動く。

 魔法なのかスキルなのか、剣の軌跡に沿って黒い粒子が舞う。

 圧縮水流は壁にでもぶつかるように黒い粒子たちに弾かれていく。

 助かったっぽい。


「まったく。それではいきますよ、身体の制御を借りますからね」

「は……?」


 制御とな?

 はてなマークを頭に浮かべていたら急に金縛りみたいな状態になる。

 意識はあるのに体がまったく自分に従わない。

 それどころか勝手に動き出した。


「まったく、貧弱な身体ですねぇ。まぁ仕方ない。壊さないよう慎重に戦うことにしましょう」


 俺の口が魔剣マガの口調で喋っている。

 気持ち悪っ。

 そして俺自身が体感したこともないスピードで身体が動き出す。

 バシャバシャと水音を立てながら浅瀬を駆けて水竜の方へ向かう。

 どんどんと大きくなっていく水竜。

 腹ばいの状態から前脚らしきものが振るわれる。

 軽く地を蹴り一瞬で飛び上がる。

 前脚を余裕で超える高さだ。

 そのまま竜の頭の方へと近づいて――


三日月みかづき


 俺の声で魔剣マガぼそりとつぶやく。

 剣を握る右手が振られる。

 早すぎて剣筋は全く見えなかった。

 だが剣の軌跡の先に黒い斬撃三日月が浮かび上がっていた。


 俺の身体が静かに着地する。

 一拍遅れて水竜の頭が落ちてきて水柱を立てた。

 残された水竜の首からはどくんどくんと血が垂れてくる。

 血の滝に打たれる形になり、瞬く間に全身が血まみれになった。

 竜の血の特性なのか衣服がジュワジュワ音を立てて溶け崩れていく。


「少し位階が低いですが……まぁ竜は竜です」


 ドクンッ――

 

 なんだ、これ……?

 なにかが身体に染み込んでくる?


「不死身とは言いませんが、これで少しは頑丈になるでしょう」


 魔剣マガが何か言っている。

 身体を内側から撫でまわされている気がする。

 ぞわぞわする……

 大きな水音が耳を打つ。

 光の粒子が舞い上がっているのが視界に映る。

 身体が熱い……


「魂を鍛えられないのですから」


 ドクンッ――


 立っていられなくなり、浅瀬に倒れてしまう。

 頭が、回らない……

 熱い……

 なに、言ってる……?


「他のアプローチをしていくしかありませんね」


 意識が、朦朧もうろうとする……

 なに、が……

 左手を伸ばして転がっていた何かを必死に掴む。

 熱い……

 視界が暗くなって……





 ~~side 魔剣マガ~~


「おや? 気を失いましたか……」


 気を失った身体はまだ操作できないようですね。

 力が弱まっていて困ったものです。

 あの馬鹿め……

 自分が引退するからとこんな辺鄙へんぴなところに封印して……


「ともあれ、ここにいても仕方ありませんね」


 まだあまり力を使いたくはないのですが……

 仕方ありませんね。

 我が身へと戻ることをこいねがう。

 ふわりと黒く光る粒子が舞い、依り代から元の姿へと戻る。

 足元の水面に黒髪和装の幼女が映る。

 はぁ……やはりこの姿は好きではありませんね……


「あぁ、そういえば」


 視点が変わったせいかあの蜥蜴とかげの魔石が目に入る。

 近寄って拾い上げ、拳ほどもあるそれ額へと当てる。

 目を閉じ、込められた魔力を我が身へと吸い込む。


「うん、思ったより悪くないですね」


 思ったよりも力が回復できた。

 やはり一応は竜の眷属なのですね。

 蜥蜴などと馬鹿にして悪かったかもしれません。


 気を失った小僧契約主へと歩み寄る。

 そういえば服は全部溶けたんでしたね……

 まぁ竜の血も浴びせましたし、少しくらい雑に扱っても大丈夫でしょう。

 この身体で抱えるにはいささか大きいので脚を持つ。

 ずるずると引きずりながら、歩き出す。


「たしか、この辺りが本来の入口だったはず……」


 おぼろげな記憶を頼りに封印の間の入口を探す。

 岩戸はありましたが、ふむ……

 入口の封印はほころびてはいますが一応生きているのですね……

 あまり触れたくありませんね。


「仕方ない」


 魔力を込めて宙に浮き上がり、小僧と落ちてきた穴へと向かう。

 小僧が詰まりそうになったものの何とか通り抜ける。

 外の気配がするのは……こっちですね……

 仰向けの小僧を再び引きずりながら入口を目指す。

 ほどなく外への扉が見えた。


「さて、私では外に連れ出せないでしょうし、どうしましょうかね……」


 思い悩んでいたその時、外から人間が入ってくる気配。

 おや……?

 これは転がしておけばちょうどよく見つけてくれるのでは?

 急ぎ依り代の姿へ戻り、小僧の手に無理矢理収まる。


「天野くーん! 聞こえますかー!」


 若い女が一人で入って来てすぐに叫んでいる。

 おや? 小僧を探しているようですね。

 小僧の知り合いですかね?

 

「天野くん!」


 無事見つけたようですね。

 まぁあとはこの女に任せるとしましょう。


「こんな……なんで裸で……? それに全身が傷だらけ……」


 慌てて女が小僧の様子を確認している。

 私が引きずりまわした傷だから大丈夫ですよ。


「よかった。息はしているし、怪我もそれほどじゃない」


 そうですそうです。

 大丈夫だからそのまま外へ連れ出してください。

 そんな改めて体中を確認しなくても大丈夫ですよ。


「な……大き……いや、それどころじゃ……でも……これは、ちょっと後で……いや、ちょっと好みだからって……流石に良くないわよね……」


 顔をちょっと赤くして何を言っているんでしょう、この女。

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