第4話 蝕むもの

「戦う力が欲しいのか、と聞いています」


 どこからともなく聞こえるその声に即答する。


「欲しいに決まってるだろ!」


 心からそう叫んでいた。

 叫びながら、諦めたくない気持ちを再実感する。


「なら、ここを掘って私の所まで来なさい」


 黒く光る小さな粒子が突然湧き出てきて俺の目の前をくるくる回る。

 そして導くように壁の方へと進む。

 ふらふらと光についていき、鶴嘴つるはしを振り下ろす。

 ひどく硬い感触。

 鶴嘴が強く弾き返される。

 それでも、何度も何度も鶴嘴を叩きつける。

 少しずつ、ほんの少しずつ壁が崩れていく。

 そしてついに小さな穴が空いて向こう側が微かに見えた。


「うぉぉぉぉぉ!」


 渾身の力を込めて小さな穴の付近に鶴嘴を叩きつける。

 これまでで最大の衝突音と衝撃。

 酷使していた鶴嘴の先端がついに大きく曲がる。

 だが穴も一気に大きくなった。

 ぽっかりと空いた穴の向こうは通路より薄暗い。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 曲がった鶴嘴を投げ捨て、穴に手をかけて顔を突っ込んでみる。

 暗くてよく見えないが中の空間は広そうだ。

 穴の大きさも無理やり通れば通れそうなぐらいだ。

 早く……中へ……

 何かに急き立てられるかのような思いに耐えられない。

 そのまま穴の奥へと頭を押し込み、身体もねじ込む。

 身体が抜けきった瞬間、浮遊感に襲われる。

 これ、落ちて――


「うあぁぁぁぁぁぁ……」


 叫び声をあげたものの落下自体は一瞬だった。

 大きな音を立てて水の中へと落ちる。

 混乱しておぼれないよう必死に自分を落ち着かせ、ゆっくり水面へ浮き上がる。

 ずっと水にかっているわけにもいかない。

 とりあえず岸らしき方向に泳ぎ出す。

 どうやら深い地底湖のような場所のようだ。

 方向も分からず泳いだせいで、湖に浮かぶ小島のような場所に着いてしまった。

 ごつごつした小島に必死に身体を乗せる。

 

「げほっ、げほっ……」


 ずぶ濡れのまま島に転がる。

 少し水も飲み込んだ気がする。

 大丈夫だろうか……


「やっと来ましたか。時間がかかりましたね」

「へ……?」


 周囲に生き物の気配なんて無かったはずだ。

 慌てて声のする方へと顔を向ける。

 そこにあったのは島に中ほどまで刺さった古ぼけた黒い剣。

 そして剣を囲む形で描かれたうっすらと明滅する魔方陣らしきもの。

 神聖な雰囲気の漂うそれは邪悪なものを封じていそうな気配がビンビンする。


「ぁー……もしかして、剣が喋ってる?」

「おや? あまり驚いていませんね。もっと驚くと思っていました」

「ぁー……まぁ物語の中だと喋る魔剣とかも出てくるし?」

「そうなのですか? 人間たちの創作物まではよく知りませんね」


 なんか普通に話が出来る感じだ。

 こんな厳重に封じられている存在っぽいのに。


「戦う力がどうのって話は?」

「せっかちな人間ですね。久々の知的生命体との会話なんです。少しは私を楽しませてほしいものです」

「お前の都合なんて知らねぇよ。力が欲しいなら来いって言ったろうが」


 剣のくせに器用に溜息をついた後、仕方ないですねぇと話し出す。


「簡単な話ですよ。私をここから出しなさい。そうすればあなたに戦う力を貸し与えます」

「自分がどんな存在なのかも説明せず?」

「私が自分で説明して信じるのですか?」

「そりゃそうか」


 明らかに封印されている存在。

 それもダンジョンの隠された場所に。

 あやしすぎる……


「まぁ嫌だというなら私はそれでもいいんですよ。次の機会を待つだけです」

「いやにあっさり引くな」

「だって、戦う力が欲しいのはあなたの方でしょう? 大方、レベルが上がらないとかそういったことでしょう?」

「なっ……」


 つい驚きが顔に出てしまう。

 この剣が人の表情や感情を理解できているのかは分からない。

 だが交渉中なんだ、油断するな、しっかりと考えろ。


「目の前まで来てくれたのではっきりと分かりましたよ。あなたの魂は本来この世界のものじゃないですね?」

「なにを……」

「魂がこの世界の魔力とうまく馴染んでいない。だからシステムから弾かれているのでしょうね」

「システム……?」


 前世の記憶のことが頭をよぎる。

 否定も肯定も出来ない。


「あなたが戦う力を得たいのなら、私のような存在と契約するしかないですよ。私ならあなたを強くできる」

「そんな……お前になんのメリットが……」

「メリットは大きく二つですね。あの馬鹿に封印されて閉じ込められたから出られること。力を貸し与える代償として、いつかあなたの魂を貰えること」

「なっ……!?」

「力の代償に魂を貰い受ける。よくある話ではないですか?」


 魂をよこせだなんて……

 創造物はよく知らないとか言っていたくせに。

 どう考えても悪魔の類だろ、こいつ。


「悪魔でも何でも構わないでしょう? あなたは戦う力が欲しい。私はそれを与えられる」

「でも魂を奪われるんだろ」

「別に今すぐではないですよ。そんな弱い魂を貰っても何の足しにもなりません。戦って戦って、必死に戦い抜いた先。強い強い魂となったそのときに、あなたの魂を頂きますよ」

「ホント、言ってることは完全に悪魔だな」

「解釈はご随意に。さて、どうしますか?」


 ここに呼び寄せた時点で目星はつけられていたのだろう。

 戦う力が手に入るというのなら。

 俺にはそれを拒否できない。

 即答してしまいそうになる心を抑え、必死に思いつく限りの質問をする。


「お前がへし折れた場合は?」

「この剣はただの依り代ですよ。次の依り代になりそうな物を見つけてくれれば契約は継続できますよ」

「強い魂になったとき、ってのをもう少し具体的にしてくれ」

「そうですねぇ……あなたが人間たちの中で5本の指に入るぐらいの強さになる頃ですかねぇ?」

「は? えらい大きく出たな……そんなに強くできるのかよ?」

「それぐらいになってもらわないと、魂を貰う意味がありませんので」


 全人類のトップ5……?

 雲の上すぎて全くリアリティが無い。

 でも、本当にそれぐらい強くなれるというなら……


「いいぜ……契約するよ……俺に、戦う力をくれ!」

「契約成立ですね。それでは私をここから抜いてください」


 改めて突き刺さった剣を見る。

 古ぼけたシンプルなつくりの黒い長剣。


「封印の魔法陣はあなたには影響がないはずです。近づいて一気に抜いてください」


 明滅する魔方陣はやはり封印に関わるものだったらしい。

 影響がないと言うのだから信じるしかない。

 恐る恐る魔法陣の手前まで進む。

 神聖な雰囲気はするが拒絶されるような感じはしない。

 意を決して魔方陣の中に足を踏み入れる。


「たしかに何も感じないな……」

「そう言っているでしょう? さぁ私を抜いてください」


 わずかにあきれたような雰囲気を出しながら急かされる。

 おそるおそる剣の柄へと手を伸ばす。

 指が柄に触れそうになった瞬間。

 パチリと静電気のような痛みが走り、思わず手を引っ込める。


「なんかパチッてしたぞ?」

「いちいちビビらないでください。大したことありませんよ」


 むぅ……子憎たらしいやつめ……

 改めて剣の柄へと手を伸ばす。

 パチッとする覚悟でそっと柄に触るも今回は大丈夫だった。

 ふぅ……

 腰を落とし、両手で柄を握りしめる。


「ふんぬぅぅぅぅ」


 必死に力を込めたが正直手ごたえがない。

 抜けるのか? これ?


「ほら、早くしてください。さぁさぁ」


 無駄に急かしてきおって……

 だがここまで来たんだ、やるしかない。


「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 ようやく僅かな手ごたえ。

 少しだけ動いた感じがする。

 そのまま気合いの声をあげながら力を込める。

 じりじりと、じりじりと剣が抜けていく。


「ふんぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 何となく生々しい音ともにようやく剣が抜けた。

 最後の方は息も止めながら全力を込めたせいで息も絶え絶えだ。


「無事抜けて良かったです。これで、あなたを契約対象として正式に認められます」

「はぁ……はぁ……そりゃ、よかった……きちんと約束を守れよ……」

「えぇ。守りますとも」


 一瞬の沈黙。

 そして朗々と宣言しはじめる。


「我、蝕むもの■■■■は天野伊織に戦う力を貸し与えることを、ここに誓い立てる。いかなる試練にあろうとも、我は心を込め、手を貸すことを誠意をもって果たさん。これは正式なる契約である――」


 急に厳かな気配を発したことに少し気圧される。


「……なんか、名前っぽいところが聞き取れなかったぞ?」

「まだ権限が足らないのでしょう。仕方ありませんね。マガとでも呼んでください」


 マガ……曲が? 禍? 

 まぁ後で少し調べるか……


「さて。まずはこの下の蜥蜴とかげからですね」

「は? トカゲ?」


 先ほどから島がぐらぐらと揺れ始めている。

 トカゲ?


「ほらほら、初めての共同作業ですよ。あっさり死なないでくださいね」

「な!? ちょ……!」


 揺れはどんどんひどくなる。

 そして島が徐々に傾いていき、湖へと投げ落とされてしまう。

 激しく波打つ水面を漂いながら、巨大な生き物が水中から顔を出すのを目撃する。

 トカゲって、もしかして……この島のこと?


「いや、ドラゴンじゃねぇか……」


 鮮やかな青い鱗を身にまとい、所々にひれのようなものがある水竜ウォータードラゴンらしきモンスターがこちらをにらんでいた。


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