第3話 声
課題で使われるダンジョンの地図も配られていた。
詳細な読み方の授業も追々あるようだったが、今でも道順ぐらいは読める。
地図を見つつ、周囲を警戒しながらゆっくりと進む。
一人で探索している都合、モンスターからの不意打ちには最も警戒しなければならない。
幸い、モンスターに遭遇せずに採石できそうな場所に着いた。
2階層へ進むメインの道から少しだけ外れた辺りだ。
よく考えてみれば、メインの道は新入生たちが何パーティーも通ったのだから狩り尽くされた後なのかもしれない。
レベルを上げるチャンスを失った残念な気持ちと、一人で戦わなくて済んだ安心感とが入り混じる。
「よし、やるぞぉ! よいしょぉぉ!」
声を出して気合を入れ、
手に伝わる硬い感触と
思った以上に硬い。
課題の資料には壁の硬さについては特に何も記載は無かった。
採石課題の難易度もレベルの上がった探索者準拠なのだろう。
「やるしか、ないよな……よいしょぉぉぉ!」
ガキン!ガキン!と音を響かせながら鶴嘴を何度も振り下ろす。
少しずつ少しずつ壁が砕けて鉱石らしき欠片も見える。
想像以上の力仕事に全身汗だくだ。
何度か休憩と水分補給を
壁は深く掘るほど硬くなっていく感じだった。
課題では10個だが、この場所でこれ以上は厳しそうだ。
「仕方ない、移動するか……」
休憩をしてから移動し始めてすぐのことだった。
通路の先から小さな音。
目を凝らすと
猫ぐらいのサイズの大鼠が敵意を持って襲ってくるのも最初は怖かったがもう慣れた。
「大鼠なんて、嫌ってほど倒したんだよっ!」
襲い掛かってくるタイミングに合わせて鶴嘴を振り下ろす。
金属部分がきっちりと大鼠に当たり、一撃で絶命する。
すぐに大鼠の死体がシュゥゥという音を立てて光の粒子になって消えていく。
そして光が消えた後にどこからともなく小さな魔石が落ちてくる。
「大鼠の魔石って100円とかだしなぁ……」
思わず愚痴がこぼれる。
レベルが上がった時に感じるらしい違和感のようなものも無かった。
まぁ、期待していないわけではないがごく小さな期待だ。
僅かな残念感を無視して魔石を拾おうとしたとき――
「………ぁ……が……ぉ…………」
何かを訴える様な、助けでも求めるような声。
周囲を素早く見渡すが人の気配は感じられない。
「誰かいますかー!」
モンスターを呼び寄せることも覚悟しつつ大声を出す。
しかし特に返事は返ってこなかった。
「聞き間違いだったのかなぁ……?」
その場で少し留まってみたが声が聞こえることはなかった。
待つのを諦め、再度ダンジョンを進み採石を開始する。
2箇所目ともなると多少の慣れもあってか少し手早くできた。
小一時間の作業で目標数の鉱石を入手できた。
先ほどの声は気になりつつも入口まで慎重に戻る。
ダンジョンに入った場所にあった外と同じ扉に触れる。
一瞬の視界暗転の後、ダンジョンの外に立っていた。
行きも思ったがやはりひどく違和感のある現象だ。
「天野くん。大丈夫でしたか?」
「……はい。無事、採取課題が終わりました」
振り返るとホッとしたような七尾先生の顔。
無事の帰還に安心して貰えたようだ。
レベル0なのは知っているし、心配してくれていたのだろう。
「そうですか。採取した鉱石類を購買へ提出するまでが課題です。忘れずに提出してくださいね」
「分かりました」
「ダンジョンの中で分からなかったことや困ったことはありませんでしたか?」
「ぁー……聞き間違いかもしれないんですが、途中で声が聞こえました」
「声……ですか?」
軽く腕を組みながら小首を
それだけで物凄い強調されるご立派なお胸。
ちょっと油断するとそれだけで何かが反応しそう。
若さって危険。
「小さくてよく聞き取れなかったんですが……」
「そうですか。一応、探索報告書にも書いておいてください」
「分かりました」
ちょうどバスが来たので先生に別れを告げてバスに乗り込む。
多少なりとも成果があったせいか、行きほど居心地の悪さはなかった。
購買と学生課にそれぞれ寄って書類を出してから自室へと帰る。
採石課題はまだ続きがあるので鶴嘴だけは借りたままだ。
疲れた……
倒れてしまうと寝てしまいそうだったのでシャワーだけ浴びる。
寮と言いつつもほぼ単身者向けマンションみたいなものだ。
これがほぼ無料なのだから恐れ入る。
探索者の数を確保したい国の思惑で公費が入っているからだろう。
スマホが鳴る音で目が覚める。
結局シャワーの後すぐに寝落ちしていたらしい。
画面に映る義母の名前。
少しだけ気が重くなりつつも受信ボタンを押す。
「あ、もしもし。
「おはよう、
「もうっ。えぇと……さっき担任の先生からうちに電話があったの……」
「そう……」
あの野郎……
まともなフォローをしないだけじゃなくて家に連絡まで……
「それでね……探索者になれる素質がない以上、転校すべきだって言われたわ」
「そう……」
「あなたが探索者に強く憧れているのは知っているつもりよ。でも、素質がないのに無理をしてあなたに万一の事があったら……」
「義母さん、大丈夫だから。もうちょっと自分でどうにか頑張ってみるから」
「でも……だって……」
俺への愛情からだというのは分かっている。
必死に折れないようにしている心が悲鳴をあげる。
それでも、俺はまだ、諦めたくないんだ……
「ごめんね、義母さん。この後ちょっと用があるから切るね」
「あ、伊織! ちょっと! まだ――」
ぐちゃぐちゃな心のまま電話を切り、スマホを投げ捨てる。
くそ、くそ……
せめて、モンスターを倒してレベルだけでも上がれば……
そう思ったらもう横になってなんていられなかった。
最低限の荷物と鶴嘴を掴み、外へ駆け出す。
夕暮れの中、もうバスはなかったので走ってダンジョンへ向かう。
本当はダンジョンへの出入りには申請が必要だ。
だが知ったことか。
今から申請してもどうせ無理だ。
なら、こっそり入って出るだけだ。
ダンジョンの扉に辿り着いた頃にはもう辺りは真っ暗だった。
夜の扉はなんだか少し不気味な雰囲気だった。
昼と夜とで雰囲気が変わるものだ。
新入生も流石にもう全員退出したのだろう。
七尾先生もいない。
一人でえいっと扉に触れ、中へ入れと念じる。
「中の景色は昼でも夜でも変わらないんだな……」
当たり前かもしれないが洞窟の薄暗さは変わらないらしい。
周囲を観察しつつ、やや速足で進む。
気がせいているのか、どうにも慎重に進めない。
前方から複数の
「来いやこらぁぁ!」
怒りと焦燥感に身を任せてこちらも走り出す。
目の前の3匹の大鼠に鶴嘴を叩きつけ、蹴り飛ばし、踏みつける。
「はぁ……はぁ……」
怪我無く倒せたことへの安堵よりもレベルが上がった感じのしない失望感の方が大きい。
くそ……くそ……なんで、なんで……
魔石だけ拾ってそのまま走り出す。
そうして何度かの交戦を終えた。
切れた息を整えるように壁に背を預けて座り込む。
レベルが上がった感じはしない。
やっぱり……
なんでだよ……
なんでなんだよ……
「戦う力が、欲しいのですか?」
ぇ……?
声?
どこから?
「戦う力が欲しいのか、と聞いています」
そんなの……
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