第2話 ダンジョン
入学オリエンテーション後、新入生には二日間の休日が与えられた。
俺は学校に隣接した男子学生寮の自室でずっと寝て過ごした。
スマホの電源すら入れず。
食事も食堂で食べたこと以外は献立すら覚えていない。
何をする気力も湧かなかった。
頭の中では「探索者に向いていない」「探索者になれない」という言葉ばかりが何度もリピートされている。
そんなはずない、何か手があるはずだと必死に自分を励ます。
だが10日間ずっとレベルが上がらなかった現実が重くのしかかる。
毎日全力でモンスターと戦った後にレベル0を突き付けられ続ける無力感。
最後の方は測定も受けたくなかった。
泣き
ベッドの上で転がって向きを変える。
備え付けの机に載っている封筒の端が見えた。
七尾先生から手渡された転校に関する申請書類。
とても読む気になれなくて封も開けていない。
探索者を諦めて、転校?
折れそうな心を気を張って支え続ける。
休み明けに学校へ向かうと正式なクラス分けが張り出されていた。
オリエンテーションで発現したジョブ等を考慮する為らしい。
2組の名簿に
渡辺くんの名前が1組の方であることに少し安心する。
事前に配られていた資料の校内地図を見ながら2組の教室に向かう。
周囲は新入生たちのにぎやかな声。
俺だけが別世界にでもいるようだ。
廊下を進み教室へ辿り着いた。
入口から俺が入った瞬間、教室がすっと静かになる。
「あいつが……」「このクラスだったのかよ……」「レベル0……」
ざわめきの中から否定的な言葉ばかりが耳につく。
うつむきながら自分の席を探して腰かける。
クラスメイトたちのひそやかな声はまだ続いている。
早くホームルーム始まらないかな……
「いっくん!」
「みーちゃん……」
教室を覆う空気など全て無視するかのような明るい声。
ポニーテールに
駆けてきた勢いのまま俺の机をバンと叩いて急停止する。
幼馴染であり、義父母の娘である武藤
父母が亡くなった7歳からずっと一緒に住んできた仲でもある。
いつも元気なその笑顔に沈み込んでいた気持ちが少し浮き上がる。
「やっと会えたよー。オリエンテーションではずっと別の班だったしさー。電話してもつながらないし。大丈夫? 元気ないよ?」
「ありがとう……みーちゃんの声聞いたらちょっと元気出てきたよ」
「そうー? いっくんはお
そんなことを言いながらすっと一歩近づいてくる。
そして俺の頭をその豊かな胸に引き寄せる。
「なっ……みーちゃん、何してんの!」
「なんかいっくん凹んでそうだったし? 元気注入? 的な?」
「何言ってんの! もう高校生でしょ!」
「ぇー。ずっと一緒だったのに今さら恥ずかしがらないでよー。うりうりー」
小さいころはこういう接触も何てことなかったが、成長した今そういうことされると若さ故の何かが!
いろいろとまずいんだって!!
ふがふがと
周囲の空気も少しだけ穏やかになった気がする。
みーちゃんは凄いな……
「お前らぁー、早く席につけぇー」
教室に入って来た猿田先生が大声で指示を出している。
あの先生が担任なのか……
みーちゃんのおかげで穏やかになっていた気持ちがまた少し沈んでいく。
クラスルームでは当たり障りのないあれこれの説明の後、すぐに探索に関する課題の話になった。
学校というより、探索者を育成するための機関としての特性が強いのだろう。
「まずはパーティーを組めぇー。しばらくはそのパーティーで課題をこなしていくんだから、役割とジョブのバランスを考えろよぉー」
課題は4~6人程度のパーティー単位で与えられるようだ。
パーティーも自分たちで編成するらしい。
役割のバランスを見ながらパーティー編成する訓練だそうだ。
そして予想はしていたが、俺はどのパーティーにも加入させて貰えなかった。
まぁレベル0でジョブ獲得できていない劣等生だ。
パーティー側にも俺を加入させるメリットは無い。
みーちゃんは最後まで加入させたいと主張してくれていたが、最終的には猿田先生が仲裁に入った。
レベルが合わないと課題がこなせないのだそうだ。
みーちゃんは最後まで心配そうに俺の方を見ていた。
そうして俺は結局一人で課題に挑むこととなった。
お前はどうせ転校するんだから何でもいいだろ、というようなことを後から猿田先生から言われた。
まだ転校の申請だって出していないし、探索者を諦めた訳でもないのに。
抗議しても笑いながら背中を叩かれただけだった。
冗談でもないし諦めてもいない。
それがどうしても通じなかった。
「採取課題(1):ダンジョンから鉱石を取ってくる、か……」
配られた課題一覧の中で一番簡単そうな課題がそれだった。
採石なら浅層でもできそうだから一人でも挑戦できる。
各課題の推奨ダンジョンまでご丁寧に記載してあった。
学校周辺地図と合わせて初級の洞窟型ダンジョンを選ぶ。
ジャージに着替え、支給品の端末を腕に巻き、必要な物を鞄に詰めて背負う。
まず目指すのは学生課の窓口だ。
「ダンジョン探索の申請書と装備器具の貸し出し申請書をお願いします」
受付窓口のお姉さまから申請書を貰う。
新入生には必ず実施しているらしい説明を聞きながら一通り記載する。
おばちゃんなどと決して言ってはいけない。お姉さまだ。
年上の女性はすべからくお姉さまだ。
「はい、書類はこれで大丈夫よ。気を付けて行ってくるのよ?」
「はい。ありがとうございます」
受け取った
お姉さまも鶴嘴を軽々と持っていたし、きっとレベルを上げているんだろうな……
そんなことを考えていたら鶴嘴が重くなってきた気がする。
気を取り直してダンジョンへと向かう。
俺の入学した第8探索者学校の近くには初級と上級のダンジョンがある。
少し離れたところには初級や中級の他のダンジョンもあるらしい。
定期的に送迎バスも出ているそうだ。
今回は少し離れた方の初級ダンジョンを選んだ為、バス移動だ。
新入生のパーティーたちでにぎやかなバスの車内。
少し孤独感に
大丈夫、俺は大丈夫と必死に自分を励ます。
新入生の多い時期のせいだろうか。
ダンジョンの入り口には教員らしき大人が一人立っていた。
並んだ新入生パーティーにそれぞれ声をかけ、送り出している。
新入生たちが扉に手を触れるとすっと消えていく。
その様は不思議でならない。
前世の常識と
「天野くん。あとはあなただけですよ」
「ぁ、はい。すみません」
ダンジョンの入口に立っていたのは七尾先生だったらしい。
探索用と思われる所々に補強パーツのついた集めの生地の服。
その服の上からでも明らかに分かる女性的な曲線。
「その……書類は見てみましたか?」
少し困ったような、心配そうな顔で小首を
短めに切り揃えられ、所々にメッシュの入った茶色い髪が揺れる。
「いえ……もう少し頑張ってみようかと……」
「そうですか……」
おそらく彼女の望む答えではないのだろう。
寄せられた眉の
「はぁ……初級とはいえ、ダンジョンには命の危険が伴います。気を付けて行って来て下さいね」
「はい。気を付けます」
「それでは、いってらっしゃい」
事務的な口調で説明を終えた七尾先生が横にずれてくれたことで扉が見えた。
小ぶりだが人が通るには十分そうな大きさの角ばった扉。
扉の表面には不思議なレリーフが彫り込んである。
「扉に触れて、中に入りたいと強く願って下さい」
言われるがままに扉に片手で触れ、願う。
そして視界が暗転し、一瞬の浮遊感。
気付けば、少し薄暗くてじめっとした岩肌の洞窟に立っている。
オリエンテーションを除けば、人生で二度目のダンジョン。
昔、一度だけ入ってしまったときには無我夢中で何も分からなかった。
未登録のダンジョンを偶然見つけてしまったのだ。
みーちゃんが先に入ってしまい、慌てて追いかけた。
少々怪我をしたが、何とか二人とも無事に助け出された。
ちょっと左手に後遺症が残ったが後悔はしていない。
「あの時はそれほど感じなかったけど、改めて入ると拒絶感みたいなのがあるなぁ……」
心細さのせいか、思わず独り言が漏れる。
ダンジョンから拒絶感のような圧力を感じるのだ。
七尾先生と少し話をしていたせいか、周囲にはもう新入生たちの気配はない。
「大丈夫。初級ダンジョンなんだ、オリエンテーションと変わらない。大丈夫。やれるさ」
必死に自分を鼓舞しながら、俺はダンジョンへと踏み出した。
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