1.開始

「あっ、見て。登校してきたよ〜(笑)」

「ふふっ、よく来れるよね。メンタル尊敬しちゃうなぁ…」



 これらの言葉というBGMを聞きながら登校するのは、はっきり言って気持ち悪い。吐き気を促してくるその声達の原因は明確だった。


 私は先月、彼氏に振られた。理由は重たいから、だそうだ。付き合っていた当時のLINEが今になって拡散されているらしい。

 その内容はというと、“すき”やら、“離れないでよ”やら、“死ぬまで愛してる”…等の文章の羅列。なんとそれが気持ち悪いんだとかでネタにされ、絶賛虐められ放題だ。

 私には何が悪いのかが、全くと言っていい程わからない。普通ではないかもしれないけれど、元彼には最初の方に私の性格を伝えてある。一般人の「メンヘラ好き」は信用しない方がいいと強く感じた。


 気持ち悪がるならば、わざわざ見なきゃいいじゃないか。話題にしなきゃいいじゃないか。人間の醜いところとは、そこなんだよ。

 漫画だったら復讐したりするだろう。でも私は、こういう人間程将来は不幸に追われず幸せを抱えて生きることを知っているから。何をしたって無意味で、結局は私なんぞ忘れられる。


 人の不幸は蜜の味、と言うか。現に今、私という不幸に追われているであろう人間を見て、その影響で幸せを感じている人間が大勢いる。


 でも私にとってこれは不幸なのか、と考えるとそれは違うかもしれない。不幸とは幸せがあってこそのものだ。元彼と付き合っているときに私は幸せを感じたと言えるか?言えたとしても、別れという不幸でそれらは消化しきっている。

 故にこれはただの不運だ。不幸を笑われているのではない。不運だ。


 不幸にこだわりすぎているのかもしれない。私はとにかく不幸という言葉が大嫌いだ。それまでの幸せを完全に否定してくる、卑劣な存在。

 私の親の死を不幸だねとすれ違いざまに語られたときから、憎くて仕方がなかった。そんな奴に蜜を味わせたくなかった。

 私の不幸で笑うな。


 まあ、私の逆張り精神には自分でも高く評価したい。「よく来れるよね」、なんて煽りのようなつもりなのだろうが、今の私にとっては案外嬉しいお言葉なのだ。



「え、お前なんで来てんの?」



 振り返らずともわかる、ふと背後から聞こえてくるは過去に愛した声。引き気味に感じられる台詞は私の怒りを湧き立たせるのに丁度良かった。



 何故か私は走った。その場から逃げるように。

 なんにも悔しくない、未練もない。なのに、足が動いた。そして、涙も頬に流れた。

 ずるいじゃないか、やっぱり私に恋愛は向いてないとつくづく思う。心の奥底に、彼を愛した記憶が残ってて。


 私はこの人に今、不幸を見せてしまっていたのか。蜜を与えてまで。

 多分、付き合っていた当時に与えられたストレスによって、より甘く感じているだろう。拡散なんてするくらいだし。



 私はその後、どうなったのかわからない。気が付けばベッドで、刃物と自身の血液に浸っていた。

 いつの間にか付けていたテレビの言葉すら私へ向けられた悪口に聞こえる。


 きっと私はもう学校に行かない。


 誓いのように何度も心に言い聞かせた。誰が何と言おうと、あの人がいる場には行きたくない。

 ここ数日のことは夢だと信じて、私は眠りについた。

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