第8話 黒い薔薇

お城の中庭に、真冬だというのに黒い薔薇が一輪咲いた。

庭師の報告を聞いて侍女達は不吉だと言い、「切ってしまいましょう」と進言したが、王妃は薔薇をしばらく見つめた後で、「このままにしておきなさい」と言った。


王妃は、毎朝この黒い薔薇を見に行った。

王妃の着ている真紅のマントと、黒いビロードのような薔薇の花びらは対照的だった。

それでいて、よく似ていた。


王は、隣国との戦争に出たきり数年帰ってこない。

側には、田舎の領主の若く美しい娘がはべっているという。

ある朝知らせが届いた。

その娘が王の子を産んだという。

王妃には子がいなかった。


王妃はその朝も薔薇を見に行った。

前の晩に雪が多く降り、中庭は真っ白だった。

その中で黒い薔薇は花弁を広げ、芳しい香りを放っていた。

王妃は、その日いくつかの手紙を書いて国のあちこちに届けさせた。



春、王妃は女王として戴冠式を上げた。


王妃の父親の指揮する軍が、元夫である国王と愛人を拘束して幽閉した後で、王妃は隣国との交渉に自ら出向いて、愚かな戦争を終わらせたのだ。


王と愛人との間にできた子は、自分の養子にすることにした。

「愛せる」と思った。

母親から子を取り上げた罪も十分に理解していた。

反省はしていなかったけれど。


長く続いた戦争に嫌気が差していた国民は、新しい女王を喚起して迎え、大通りに色とりどりの花びらを撒いた。


中庭で咲き続けていた黒い薔薇は、その日の夜、静かに散っていった。

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