第16話 サンプル
約束の日から三日後、マーカスの使いの者が二つの荷物を届けてくれた。
「お待たせしました。親方からのサンプル品です」
「ああ、ありがとう」
俺は受け取った包みを丁寧に自室に運び入れた。日が傾きかけた窓からは、夕暮れ時の柔らかな光が差し込んでいる。
「さて」
緊張感を持って包みを解く。最初の包みからは、艶のある黒褐色の鞘に収められたブロードソードが姿を現した。もう一つからは、胸当ての部分に繊細な模様が刻まれた鎧が出てきた。
「これが俺の素材で作ったものか...」
ブロードソードを手に取る。予想以上に軽い。片手で軽々と扱えるほどだ。鞘から抜き放つと、夕陽に照らされた刀身が美しく輝いた。
「純度の高い鉱石は、こうなるのか」
刀身には、まるで水面のような波紋のような模様が浮かび上がっている。「価値転換」で高めた鉱石特有の性質だ。指で軽く叩くと、澄んだ音が響いた。
試しに構えてみる。重心が絶妙で、振り回してもブレが少ない。マーカスの腕は確かだ。この品質なら、間違いなく売れる。
次に鎧を手に取った。見た目の華やかさに反して、これも驚くほど軽い。装飾的な模様は、実は補強の役割も果たしているらしい。さすがマーカスだ。見た目と実用性を両立させている。
「これなら、機動力を重視する冒険者にも売れそうだ」
装備を一通り確認しながら、市場での価格帯を計算していく。高級品と比べれば手頃で、かつ性能は申し分ない。このポジショニングなら、確実に需要はある。
ふと、昔のパーティーでの日々が鮮明に蘇ってきた。
セリアが使っていた剣も、確かマーカスの店で買ったものだった。あの時、彼女は「もう少し軽い剣があれば」と言っていたな。この剣なら、彼女の魔法剣術との相性は抜群だったはずだ。
ダグの槍さばきを思い出す。あの豪快な動きにも、この鎧なら十分についていけただろう。軽量で、かつ防御力も申し分ない。
「俺の『価値転換』と、マーカスの技術で...」
ミレイアの回復魔法だって、装備の重量が軽ければ、もっと機動力を活かせた。ガイウスだって、より良い装備があれば、もっと思い切った作戦が取れたかもしれない。
「...でも、今更か」
もうあのパーティーに戻ることはない。
「感傷に浸るのは効率的じゃないな」
メモを取りながら、収支のシミュレーションを始める。一日に生産できる数、材料費、人件費...。数字を並べていくと、かなりの利益率が見込めることが分かってきた。
マーカスという優れたパートナーを見つけた。お互いの強みを活かせば、もっと大きな可能性が開けるはずだ。
「これで見込みは十分だな」
立ち上がって伸びをする。窓の外では、すっかり日が沈もうとしていた。街灯が次々と灯り始め、夜の帳が降りてくる。
「さて」
机に向かい、マーカスへの返信を書き始めた。サンプルの品質確認、生産体制の準備状況、今後のスケジュール...。ビジネスライクな文面の中に、確かな期待を込める。
「これで、また一歩前進だ」
* * *
翌朝。
マーカスは、レオンからの返信を読み終えると、満足げに頷いた。
「親方、レオンさんからの返事は?」トムが作業の手を止めて尋ねる。
「上々だ」マーカスは手紙を机に置く。「さすがだな。サンプルの特性まで細かく分析してある」
「へえ、そこまで?」
「ああ。重量と強度のバランス、装飾の実用性、市場での価格帯の分析まで...」
マーカスは感心したように続けた。
「こういう細かい観察眼を持ってる若者は珍しい」
「すごいですね」
「それに、生産体制の提案も具体的だ」マーカスは再び手紙を手に取る。「これなら、うちの工房の能力を最大限に活かせる」
「早速、新しい製造ラインを組んでいきましょう!」
「ああ」
マーカスは立ち上がり、工房に向かった。
「さあ、準備するぞ。この街一番の武具を作ってやろうじゃないか」
工房には早くも活気が満ちていた。新たな挑戦への期待が、職人たちの士気を高めているようだった。
マーカスは窓の外を見やる。朝日に照らされた街並みが、新しい時代の幕開けを予感させていた。
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