第15話 予想以上の商談
早朝のマーカス武具店。開店前の静かな店内に、ゆっくりと朝日が差し込んでいた。
「マーカス。朝早いのに悪いな」
「レオンか。いや、気にするな。それで、例の実験の調子はどうだった?」
マーカスは、俺が差し出した鉱石を眼鏡越しに凝視している。太い指で慎重に表面を撫で、時折軽く叩いては音を確かめる。その仕草には、何十年も武具商を務めてきた熟練の技が滲み出ていた。
「ほう、前より純度が上がってるじゃないか。増幅水晶の使い方が上手くなったのか?」
「ああ、色々と実験してたんだ。この前話した通り、水晶の扱いにもコツがある」
実験データの詳細を説明していく。マーカスは昔から俺の能力のことを知っていて、その実用性を評価してくれている数少ない理解者の一人だ。
「なるほど、これなら安定して高品質な素材が作れるってことか」
「まあな。一日30個くらいなら」
「30個か...」
マーカスは満足げに頷く。
「それだけあれば、色々と使い道があるな」
彼は何か考え込むような表情を見せた後、急に立ち上がった。
「ちょっと待ってろ」
奥の工房に消えたマーカスは、しばらくして一枚の紙を持って戻ってきた。
「これを見てみろ」
差し出された紙には、武具の設計図が描かれていた。
「お前の作る素材の特性を活かした装備をずっと考えてたんだ。軽量で加工しやすい特徴を活かせば、こんな感じのものが作れる」
図面に目を通す。なるほど、これは面白い。
「ターゲットは中級冒険者か?」
「さすがだな」
マーカスが嬉しそうに笑う。
「高性能だが、上級品ほど価格は高くない。お前の素材なら、コストを抑えられる」
「で、具体的な話なんだが」
椅子に深く腰掛け直し、マーカスは本格的な商談モードに入った。
「鉱石の買取価格、C級なら2500ゴールド、D級なら750ゴールドでどうだ?」
市場調査で得た相場より、やや低めの価格を提示する。
「いや、それなら別の提案がある」
「ん?」
「お前の鉱石を原料として納入してもらって、完成品の売り上げから利益を分配する形はどうだ?」
マーカスは真剣な表情で続ける。
「俺の技術と、お前の素材。もっと大きな収益が見込めると思うんだが」
これは予想していなかった展開だ。だが、理にかなった提案ではある。
「具体的な配分は?」
「完成品の売り上げから、材料費と工賃を差し引いた利益の3割。それに、優先的に良質な鉱石を納入してほしい」
計算してみる。装備一つあたりの予想売価、材料費、工賃...数字を並べていくと、単純な鉱石売却より1.5倍以上の収益が見込める。
「面白そうだな」
「だろう?」
マーカスは満足げに頷く。
「お前の能力を知ってる身としては、こっちのほうが可能性を活かせると思ってな」
取引条件の詳細を詰めていく。納入量の変動範囲、品質基準の具体的な定義、支払いサイクル...一つ一つ、確実に決めていった。
「ここまで細かく確認するとは」
マーカスは感心したように言う。
「やはりアルフレッドの息子だな」
「まあな」
そう答えながら、かつての商家の日々を思い出す。父は確かに感情的な判断で失敗したが、取引の基本は徹底的に教え込んでくれた。その教えが、今、活きている。
契約書にサインを済ませ、店を後にする時、太陽はすっかり高く昇っていた。
予想以上の展開。だが、それは悪いことではない。むしろ、計画以上の効率化が図れる可能性が開けた。
「次は...」
頭の中で、これからのスケジュールを組み立てる。鉱石の生産効率を上げる実験、品質管理の手法の確立、そして新たな投資先の調査。
やることは山積みだが、一つ一つ、確実に。それが、最も効率の良い道なのだから。
街は既に活気に満ちていた。市場では商人たちが威勢の良い声を張り上げ、通りには冒険者たちの姿も見える。その喧騒の中を歩きながら、俺は今日の成果を噛み締めていた。
帳簿を取り出し、新たなページを開く。マーカスとの取引で得られた知見を、早速記録しておく必要がある。これも、より効率的な運用のために必要な投資なのだから。
陽射しが強くなる中、俺の計画は、また一歩前進していた。
* * *
「親方、あの人本当に19歳なんですか?」
レオンが店を出て行ってしばらく後、若い弟子のトムが声を上げた。彼は奥の工房から商談を聞いていたようだ。
「ああ」
マーカスは設計図を眺めながら答える。「見かけによらず、頭の切れる男だよ」
「でも、急な提案だったのに、あんなにすぐに条件を整理して...」
「そこがレオンのすごいところだ」マーカスは懐かしそうに微笑む。「常に冷静に判断して、良い話は即座に受け入れる。若いのに頑固じゃないんだ」
「えっ?」
「普通はな、自分の考えた提案を曲げたくないもんだ。特に若いやつは」
マーカスは眼鏡を外しながら説明を始める。
「でも、あいつは違う。より効率的な方法があれば、すぐに切り替えられる」
トムは感心したように目を丸くする。
「そんなに柔軟なんですね」
「ただの柔軟さじゃない」
マーカスは設計図を広げ直す。
「取引条件の確認とか、細かい数字の計算とか、全部その場で的確にこなせる。頭の回転が速い」
「すごいです...」
「そういう男だからこそ、信用できるんだ。感情で動くよりよっぽどいい」
マーカスの口元に満足げな笑みが浮かぶ。
「これからうちの店の売り上げは倍以上になるぞ。あいつの素材と俺の技術、これほど相性のいい組み合わせはない」
「は、はい!」
「いいか、トム。あの素材を使った新しい装備のラインナップを考えておけ。この街一番の武具店にしてやる」
「任せてください!」
トムが工房に戻っていく後ろ姿を見送りながら、マーカスは再び設計図に目を落とした。
「さて、第一号の試作品、どんなものを作ってやろうかな」
その表情には、熟練の職人としての誇りと、新たな挑戦への期待が満ちていた。
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