第14話 廃鉱での実験

早朝の街外れ、まだ太陽が顔を出す前の薄暗い時間帯。俺は北門を抜けて、廃鉱区画へと向かっていた。背中には、実験用の道具を詰めた革袋。腰には、増幅水晶を収めた特製のポーチ。


「よし、誰もいないな」


慎重に周囲を確認しながら、廃鉱区画の入り口に立つ。ここは数年前まで銀鉱脈で栄えた場所だが、今は見る影もない。朽ちかけた柵と、錆びついた看板だけが、かつての繁栄を物語っている。


「まずは、採掘権の確認から」


胸ポケットから、昨日取得した採掘権証書を取り出す。管理人から受け取った時の会話を思い出す。


「こんな廃鉱なんて、誰も見向きもしませんよ。でも、あんたが望むなら...」


軽く笑みを浮かべながら、証書に目を通す。採掘区画A-7。ちょうど、古い坑道の入り口がある場所だ。他の区画と比べて地盤が安定しており、作業もしやすい。何より、人目につきにくい場所というのが決め手だった。


「さて、実験を始めるか」


革袋から道具を取り出していく。ハンマー、ノミ、シャベル。そして最も重要な、データを記録するための帳簿。全て、昨日の市場で新調したものだ。


「まずは、対照実験からだな」


普通の石ころを集め始める。実験には、できるだけ均質なサンプルが必要だ。大きさも、重さも、できる限り同じものを。


「これくらいあれば十分か」


30個ほどの石を集め終わると、それらを整然と並べていく。一つ一つに番号を振り、特徴を帳簿に記録する。


「では、第一段階」


最初の石を手に取る。目を閉じ、深く息を吸う。「価値転換」を発動させる瞬間だ。


能力が発動すると、手の中の石が微かに温かくなる。それは、物質の構造が変化している証拠。しかし、ここで満足してはいけない。


「もっと、深く」


さらに集中を深める。石の中の分子構造まで意識を向ける。そこに、銀の成分を見出す。微量だが、確かにある。それを核として...


「変化開始」


じわじわと、石の色が変わっていく。灰色から、わずかに銀色を帯びた色へ。これが「価値転換」の本質だ。既にある価値の「可能性」を最大限に引き出す能力。


「よし、第一段階完了」


汗を拭いながら、結果を記録する。予想通りの出来だ。しかし、これはまだ序章に過ぎない。


「次は、増幅水晶を使用した実験だな」


ポーチから、昨日まで実験に使っていた水晶を取り出す。これを使えば、能力の効率は格段に上がるはずだ。


「いくぞ」


水晶を左手に、石を右手に持つ。両者の間に、エネルギーの経路を作り出す。


「ッ!」


予想以上の反応が起きた。石の変化が、明らかに加速する。銀色の輝きが増し、質感まで変わっていく。


「これは...予想以上の効果だな」


慎重に記録を取る。増幅率は予想の1.5倍。消費エネルギーは、むしろ通常時より少ない。これは重要な発見だ。


「しかし、まだ改善の余地はある」


実験は、正午過ぎまで続いた。太陽が頭上に来る頃には、30個の実験サンプルが出揃っていた。その結果は...


「上々、と言っていいだろう」


帳簿を見返しながら、データを整理する。成功率は85%。品質のばらつきはあるものの、最低でもD級鉱石相当。上位20%は、なんとC級の基準を満たしている。


「これなら、十分に商品価値がある」


材料費はほぼゼロだから、利益率は驚異的な水準になるだろう。


「ただし、課題もあるな」


一日に処理できる量には、明確な限界がある。能力の使用には大きな精神的負荷がかかる。増幅水晶を使っても、一日30個が限界だろう。


「それに、品質のコントロールもまだ甘い」


結果にばらつきが出るのは、技術的な問題なのか、それとも能力の本質的な制限なのか。それを見極める必要がある。


「まあ、それは次回の課題だな」


道具を片付けながら、次の実験計画を考える。水晶の大きさを変えた場合の影響。複数の水晶を使用した時の相互作用。検証すべき項目は山ほどある。


「しかし、基本的な方向性は間違っていない」


実験データが示す通り、この方法で安定した収入は得られる。あとは、効率を上げていくだけ。


「さて、次は商人との交渉か」


実験サンプルの中から、最も品質の良いものを選び出す。これを使って、価格交渉をする。


「マーカスなら、適正な評価をしてくれるだろう」


武具商として、彼は素材の目利きには定評がある。しかも、俺のことをよく知っている。変な詮索をする心配も少ない。


「明日にでも、店を訪ねてみるか」


サンプルを革袋に収めながら、交渉の段取りを考える。最初から高値を付けるのは避けたほうがいい。むしろ、若干安めの価格で取引を始め、徐々に信頼関係を築いていく。


「長期的な取引を見据えれば、それが得策だな」


陽が傾き始めた頃、俺は廃鉱を後にした。今日の実験で、計画の実現可能性はほぼ証明された。あとは実行あるのみ。


「これで、一歩前進だ」


街の方角を見やる。夕暮れの空に、かすかに月が顔を出している。


「そういえば」


ふと、昨夜の満月を思い出す。計画を清書した時の、あの清々しい気分。今も、その感覚は変わっていない。


「感情に流されず、理論的に」


それが、俺のモットーだ。


街の入り口に近づくと、丁度、冒険者たちが帰還する時間帯と重なった。装備に身を固めた彼らは、今日の収穫に満足げな表情を浮かべている。


「...」


かつての仲間たちの姿はない。彼らなら、この時間はまだ依頼の途中だろう。効率を重視しない彼らは、夜遅くまで活動することも多かった。


「まあ、それも彼らの選択だ」


俺には俺の道がある。それは、このFIRE計画に他ならない。


「今のところ、全て順調だ」


実験データの入った帳簿に、軽く手を当てる。この中に、未来への確かな道筋が記されている。


街の中に入ると、市場はちょうど閉店時間を迎えようとしていた。明日は、ここで新しい取引が始まる。今日の実験結果を、確かな収入に変える第一歩が。


「楽しみだな」


静かに笑みを浮かべながら、俺は宿の方へと足を向けた。日が暮れる前に、今日の実験データをもう一度整理しておく必要がある。それに、明日の商談に向けた準備も。


やることは山ほどあるが、焦る必要はない。一つ一つ、確実に。それが、最も効率の良い方法なのだから。


夕暮れの街を歩きながら、俺は明日への期待を胸に抱いていた。

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