第13話 具体的なFIRE計画
「これで、当面の計画は固まったな」
夜も更けた頃、俺は机に向かって最後の計算を終えていた。目の前には、この数日間の実験データと市場調査の結果が広がっている。それらを総合して、具体的なFIRE計画を立案する時が来たのだ。
「まずは、目標金額の設定からだな」
帳簿を開き、ページの上部に大きく数字を書き込んでいく。
「一般市民の年収が30万ゴールド。これを基準に考えると...」
計算の結果、目標となる資産額が浮かび上がってきた。
「最低でも1000万ゴールドか」
一見すると途方もない金額に思えるが、実験結果を見る限り、決して不可能な数字ではない。むしろ、パーティーにいた時よりも、収入効率は上がるはずだ。
「収入源は三本柱で行くか」
机の上の地図を広げる。街の主要な場所に、既に印がつけられていた。三つの計画を、より詳細に検討していく必要がある。
「一つ目は、廃鉱での採掘権取得か」
北部に広がる廃鉱区画の地図を手に取る。かつては銀鉱脈で賑わった場所だが、今は見向きもされていない。そこにこそ、チャンスがある。
「メリットは三つあるな」
指を折りながら数えていく。
「まず、採掘権の取得費用が安い。かつての鉱脈は枯渇したと思われているから、競合もいない」
次のページをめくる。
「二つ目は、作業が目立たない。廃鉱での作業は誰も気にしない。能力の秘匿性を保てる」
そして最後に。
「三つ目は、原材料の調達コストがほぼゼロ。採掘した石ころを高級鉱石に変換すれば、利益率は驚異的な水準になる」
しかし、デメリットもある。
「人手は必要になるな。一人では広い区画をカバーできない」
信頼できる作業員の確保が課題だ。それに...
「鉱区の管理人への対応も必要か。定期的な報告と、それなりの付き合いが求められる」
試算では月10万ゴールドの収入。人件費を差し引いても、十分な利益は出るはずだ。
「次は不動産投資の検討だな」
バートとの取引で見えてきた可能性を、さらに深く掘り下げる。
「これは長期的な視点が必要だ」
新しいページを開き、メリットを書き出していく。
「まず、安定性が高い。賃貸収入は景気の影響を受けにくい」
実験場で証明されたように、「価値転換」は建材の質を大幅に向上させられる。
「古い建物を安く買い取り、建材をグレードアップする。修繕費用を抑えつつ、物件の価値を上げられる」
さらに、バートという心強い協力者もいる。
「不動産の目利きと、建築の技術。両方とも、バートの経験が活かせる」
ただし、課題も大きい。
「初期投資額が膨大だ。物件の購入には、まとまった資金が必要になる」
それに、不動産は流動性が低い。
「緊急時の換金は難しいな。これは大きなリスクファクターだ」
それでも、月5万ゴールドの安定収入は魅力的だ。
「最後は、魔獣素材ビジネスの検討か」
市場調査の結果を広げる。これが最も大きな収入源になるはずだ。
「需給バランスが完全に崩れているからな」
高品質な魔獣素材の需要は常にある。しかし、供給は圧倒的に不足している。
「冒険者たちは、高位の魔獣との戦いを避けたがる。当然だ、命懸けなんだから」
そこを「価値転換」で補える。
「F級やE級の素材なら、大量に出回っている。これをC級相当に変換すれば...」
試算では、月に15万ゴールド以上の収入が見込める。
「メリットは明確だな」
素材の調達が容易で、需要も安定している。何より、これまでの冒険者としての経験と人脈が活かせる。
「マーカスのような武具商との取引も、スムーズに進むはずだ」
しかし、これにも課題はある。
「価格変動が激しい。それに、高品質素材の大量出現は、市場の警戒を招くかもしれない」
慎重に進める必要があるだろう。
「三本柱で月30万ゴールド。年間360万ゴールドか」
予想以上に早いペースでFIREが実現できそうだ。
「ただし、リスク管理は必須だな」
ペンを取り、新しいページを開く。想定されるリスクを書き出していく。
「まず、能力の限界」
一日に変換できる量には限りがある。睡眠も必要だし、集中力も続かない。
「次に、市場の変動」
需要と供給のバランスが崩れれば、利益は減少する。特に魔獣素材は価格変動が激しい。
「そして、競合の出現」
似たような能力を持つ者が現れる可能性は低いが、ゼロではない。
「対策を考えるか」
リスクの横に、対応策を書き込んでいく。能力の限界には、増幅水晶の使用と効率的なスケジュール管理。市場変動には、三本柱による分散投資。競合には...
「情報管理が重要になるな」
能力の詳細は極力隠し、表向きは一般的な鑑定士として活動する。怪しまれないよう、適度に失敗もはさむ必要があるだろう。
「あとは初期投資の調達だが」
これは既に目処が立っている。パーティー時代の貯金と、装備の売却金。さらに、実験で生み出した素材もある。
「開始資金は50万ゴールド程度か」
予想より多い。これなら、廃鉱の採掘権も即金で購入できる。
「よし」
机の引き出しから、高級な羊皮紙を取り出す。このFIRE計画は、何度も見返すことになるはずだ。きちんとした形で残しておく必要がある。
「では、清書を始めようか」
夜は更けていたが、俺の目は冴えていた。これは、新しい人生の設計図だ。
丁寧に、一文字一文字を書き記していく。計画、リスク、対策...全てを漏らさず記録する。
窓の外では、満月が輝いていた。その光を受けて、机の上の水晶が淡く光を放っている。実験で作り出した最初の成果物だ。
「これが、全ての始まりになるんだな」
清書を終えた時、夜明けまでそう遠くない時間になっていた。
「さて」
羊皮紙を丁寧に折り、机の引き出しにしまう。
「明日からは、実行あるのみだ」
計画は完璧とは言えないかもしれない。しかし、これが俺なりの答えだ。感情に流されず、理論的に組み立てた将来への道筋。
「冒険者パーティーを追放されて、本当に良かったのかもしれないな」
呟きながら、俺は静かに笑った。どんな結果であれ、この選択に後悔はない。
窓の外では、夜明けの光が少しずつ街を明るく照らし始めていた。新しい一日の始まりだ。
机に広がる帳簿と地図を片付けながら、俺は今日やるべきことを頭の中で整理していた。やることは山ほどある。でも焦る必要はない。
一歩一歩、確実に。それが、俺のやり方なのだから。
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