第12話 市場調査と思い出の短剣
「相場は、やはり上がっているな」
日の出とともに、俺は中央市場に足を運んでいた。パーティーの会計係として何度も通った道だ。
「高級素材の価格が、この一年で2割増か」
帳簿に数字を書き込む。パーティー時代から築いた取引先との関係は、今でも役に立ちそうだ。
「おや、レオンじゃないか」
声をかけてきたのは、古くからの知り合い、武具商のマーカスだ。パーティーの装備の手入れでは、いつもお世話になっていた。
「ちょうどいい。相談がある」
「ほう?」
「今日の午後、装備一式を売りに来たいんだが」
マーカスは興味深そうに顎をさする。
「冒険者を辞めるのか?」
「ああ」
「そうか...なら、市場価値の8割で買い取ろう。お前との付き合いは長いからな」
「助かる」
取引の約束を済ませ、次は得意先の素材商を回る。相場は把握していたが、今後の取引のために挨拶回りは欠かせない。
昼過ぎ、市場での用事を終えて自室に戻る。
「さて、装備の整理をするか」
剣、盾、鎧...どれも、それなりの品質のものだ。
「もう必要ないな」
帳簿を開き、装備の市場価値を書き出していく。
「ロングソード...3万5000ゴールド。盾が1万5000ゴールド。鎧が5万ゴールド...」
計算すると、装備一式で優に10万ゴールドは超える。一般市民の年収30万ゴールドの3分の1だ。
「全て売ればそれなりの資金になるが...」
手に取った短剣に、目が留まる。最初の冒険で手に入れた戦利品だ。まだ冒険者になりたての頃、D級魔獣との戦いで勝ち取った思い出の品。
「感傷的になるのは効率が悪いんだが...一つくらいは、記念として取っておいてもいいか」
短剣を脇に置き、残りの装備を見渡す。
「他は全て換金だな」
その時、ノックの音が響いた。
「はい」
ドアを開けると、階段を上ってきた不動産屋のリタが立っていた。
「おはようございます、レオンさん」
「ああ、おはよう。何かあったのか?」
「はい。実は...」
リタは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「大家さんが、実験場の件で少し...」
「なるほど」
昨日の契約で借りた裏庭のことか。
「バートさんに会いに行こう」
* * *
「申し訳ございません」
1階の大家の部屋で、バートが頭を下げた。
「隣家から苦情が来てしまいまして。実験場として使用されるなら、もう少し整備が必要かと」
「具体的には?」
「防音と、魔力漏れ対策でございます」
なるほど、確かにその通りだ。
「分かりました。それなら...」
懐から、昨日の実験で作った水晶を取り出す。
「これを使って、整備してみましょうか」
バートの目が輝いた。
「これは...高品質の水晶でございますね?」
「ああ。防音壁と魔力遮断の材料として使える」
「建材としてお使いになるなら、私の工具をお貸しいたしましょう。以前は建築家をしておりましてな」
これは予想外の収穫だった。
「そうか、助かる」
* * *
「ここまでくれば十分だな」
夕方になって、実験場の整備が完了した。
水晶を組み込んだ防音壁は、想像以上の効果を発揮している。魔力遮断も完璧だ。
「バートさんの技術は本物だな」
「いえいえ」バートは照れ臭そうに髪をかく。「良い材料があってこそですよ」
「それより」
バートは真剣な表情になった。
「他にも、こんな素材は作れますか?」
「ああ」
机に広げた装備を指差す。
「これから換金しようと思っていた装備の一部を素材にして、実験してみないか?」
バートの目が輝いた。
* * *
「予想以上の成果だったな」
夜更け、部屋に戻った俺は満足げに帳簿をめくる。
装備の換金と実験、そして大家との取引。全て、計画以上の結果が出た。
「装備の換金で8万ゴールド」
市場価値の8割で売れたのは上出来だ。
「そして実験用に残した分で...」
鎧の一部を素材に変換した建材は、バートが7万ゴールドで買い取ってくれた。
「合計15万ゴールドか」
窓の外を見る。月明かりが、実験場の新しい壁を照らしている。
「計画は、順調に進んでいるな」
机の引き出しから、最初の短剣を取り出す。
刃を磨きながら、昔を思い出す。
あの頃は、まだ何も分からない冒険者だった。それが今では...
「効率的じゃないんだけどな」
短剣を大切そうに収める。
「少しだけ、感傷に浸るのも悪くないか」
そう呟いて、俺は静かに微笑んだ。
効率だけを追い求める人生も、時には思い出に浸る余裕も必要だ。それが、本当の意味での効率なのかもしれない。
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連続投稿12話目です。
連続投稿はこれで最後になります。
1/2から毎日正午12時に投稿していきます。
よろしくお願いいたします。
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