第11話 新たな拠点と「価値転換」実験


「ここが空き物件になります」


不動産屋の老婆が、がたがたと音を立てる木製の階段を上っていく。俺も後に続いた。


「場所は悪くないな」


街の城壁に近い、この建物の3階。窓からは、城壁の外に広がる街道が見える。人や馬車の往来も、はっきりと確認できる。


「ほとんどの方は、この建物の古さを気にして敬遠なさるんですがね」


確かに、建物は相当古い。階段の軋む音が、それを物語っている。しかし...


「家賃はいくらだ?」


「月に2000ゴールドです」


「安いな」


老婆は苦笑する。


「ええ。設備も古いですし、冬場は寒いと思います」


俺は窓から差し込む光を眺めながら、頭の中で計算を始めた。確かに建物は古いが、致命的な欠陥があるわけではない。むしろ、この広さと場所でこの家賃は破格の安さだ。


「契約しよう」


「え? 本当によろしいんですか?」


「ああ」


老婆が差し出した契約書に、さっと目を通す。特に問題となる条項はない。


「1年分の家賃を先に払おう」


「え?」


「その代わり、家賃を少し安くしてもらえないか? 月1500ゴールドでどうだ?」


老婆は目を見開いた。


「そんな...大家さんに怒られてしまいます」


「1年分を前払いするんだ。大家さんにとっても、確実な収入になる。それに」


俺は窓の外を指差す。


「ここなら、私有地内に実験場も作れそうだな」


「実験...ですか?」


「ああ。危険なものじゃない。むしろ、この界隈の地価を上げることになるかもしれないぞ」


老婆は少し考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。


「分かりました。大家さんと相談してみましょう」


* * *


「大家さんとお話しできます」


老婆が戻ってきたのは、30分ほど経ってからだった。後ろには、がっしりとした体格の中年男性が続いている。


「クラウゼンさんですね。私が大家のバートです」


「レオンで構いません」


「聞きましたよ。1年分の家賃を前払いする代わりに、家賃の値下げと裏庭の使用を希望とか」


「ああ」


俺は帳簿を取り出した。


「具体的な提案をさせてもらおう。家賃を月1500ゴールドに値下げ、裏庭の20坪を借り受ける。その代わり、以下の3点を約束する」


バートは腕を組んで頷いた。


「1点目。家賃1年分1万8000ゴールドを即金で支払う」


「2点目は?」


「建物の補修を自己負担で行う。雨漏りの修理や、床板の張り替えなどだ」


「そして3点目は?」


「実験で生み出した素材を、優先的にあなたの不動産事業に提供する」


バートの眉が上がった。


「素材?」


「ああ。例えばこんな感じでな」


懐から取り出した石ころに、軽く能力を使う。石は見る見るうちに上質な大理石に変化した。


「なるほど。これは面白い」


バートは変化した石を手に取り、じっくりと観察している。


「建材として使えそうですね」


「ああ。建物の価値を上げることもできる」


「分かりました」


バートはニヤリと笑う。


「その条件で手を打ちましょう」


* * *


「やはり、この場所で正解だった」


契約から3日後、俺は部屋の掃除を終えながら満足げに呟いた。


古い建物とはいえ、基礎はしっかりしている。床も壁も、手入れ次第で十分使える。何より、この広さと場所でこの家賃は破格だ。


「さて、実験場の準備も整ったな」


窓の外に目をやる。建物の裏手には、小さな空き地がある。大家から借りた場所だ。ここで「価値転換」の実験ができる。


「まずは、基礎実験からだな」


机の上には、既に準備した実験用の素材が並んでいる。普通の石ころ、雑草、魔獣の安価な素材...全て、街の市場で買い集めたものだ。


「価値転換には、対象との接触が必要だ」


手に石を取る。増幅水晶も用意してある。これがあれば、遠距離からでも能力を使える。


「さて、実験開始と行くか」


能力を発動させる。石に触れた指先から、微かな光が広がっていく。


「やはり、時間はかかるな...」


価値転換には、相応の時間と集中力が必要だ。パーティー時代、戦闘中にこの能力を使えないとして非難されたのも、無理はない。


しかし、今は違う。


「急ぐ必要はない。確実に、一つ一つ...」


光が石全体を包み込む。そして、ゆっくりと石の質が変化していく。普通の石ころが、徐々に半透明の結晶へと姿を変えていく。


「成功か」


手の中の石は、完全に水晶に変化していた。市場価値にして、元の100倍以上だ。


「一個あたりの変換に10分...これなら、一日50個は処理できる」


机の上の帳簿に、データを書き込んでいく。


「次は、別の素材で試してみるか」


日が暮れるまで、俺は様々な素材での実験を続けた。それぞれの変換にかかる時間、成功率、最適な条件...全てを細かく記録している。


「こうして見ると、パターンが見えてくるな」


「実験結果をまとめるか」


日が暮れる頃、俺は詳細なデータを帳簿に記していった。


「まず、無機物の変換データだな」


石材の価値転換:

・普通の石→水晶:10分、成功率95%、市場価値100倍

・砂利→翠玉:15分、成功率85%、市場価値150倍

・鉄鉱石→銀鉱石:20分、成功率80%、市場価値200倍


「次に植物素材か」


植物の価値転換:

・雑草→薬草:12分、成功率90%、市場価値50倍

・木材→銀樹材:25分、成功率75%、市場価値300倍

・野花→魔力結晶花:30分、成功率70%、市場価値250倍


「最後に魔獣素材だな」


魔獣素材の価値転換:

・F級魔獣の牙→D級魔獣の牙:35分、成功率65%、市場価値350倍

・F級魔獣の皮→C級魔獣の皮:40分、成功率60%、市場価値400倍

・E級魔獣の肉→C級魔獣の肉:45分、成功率55%、市場価値500倍


「パターンが見えてきたな」


データを眺めながら、俺は法則性を書き出していく。


1.複雑さと変換時間の相関

・単純な物質ほど変換が早い

・生命力の残滓がある素材ほど時間がかかる

・純度の高い素材ほど扱いやすい


2.価値上昇の限界

・一度の変換で最大500倍程度が限界

・段階的な変換は可能だが、成功率が大幅に低下

・価値が高いほど、変換難度も上昇


3.効率化の可能性

・増幅水晶を使用で並行処理が可能

・同種の素材は連続変換で時間短縮

・月齢により成功率が変動する可能性


「これを元に、具体的な運用計画が立てられそうだ」


窓の外では、夕日が街を赤く染めていた。城壁の影が、徐々に伸びていく。


「明日は市場調査だな」


変換した素材の売り先を探さなければならない。価値の高い素材といっても、買い手がいなければ意味がない。


「とはいえ」


椅子に深く腰掛け、天井を見上げる。


「これで、計画の第一歩は順調に進んだな」


部屋の中には、実験で変換した様々な素材が並んでいる。これらが、これからの資金源となる。


「さて」


立ち上がり、窓を開ける。夕暮れの風が、心地よく頬を撫でる。


「明日からが、本番だ」


俺は明日への計画を練り始めていた。



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連続投稿11話目です。

よろしくお願いいたします。

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