第6話 責任の所在

朝日が昇り始めた頃、ギルドの会議室には重苦しい空気が漂っていた。


「つまり、君たちは昨夜のクエストで依頼の達成条件を満たせなかった。そういうことだ」


机に置かれた報告書に目を通しながら、レオンは涼しげな声で問いかけた。パーティーメンバーたちは沈黙を守ったまま、彼を睨みつけている。

依頼の内容は、シルバーファングの討伐と、その素材の完全な状態での回収だった。確かに討伐には成功したものの、戦闘での乱暴な攻撃により素材のほとんどが使い物にならなくなっていた。


昨夜の戦いの傷跡は、まだ生々しかった。セリアの左腕は包帯で巻かれ、ガイウスの鎧には大きな亀裂が入っている。他のメンバーも、疲労の色を隠せないでいた。


「それで?」


レオンは淡々と続ける。


「この結果の責任は、誰が取るつもりなんだい?」


「お前…!」


ダグが立ち上がろうとするが、ガイウスが手で制した。


「レオン」


パーティーリーダーは低い声で言う。


「昨夜の件は、確かにお前の言う通りだった。クエストの選択は、私の判断ミスだ」


「ほう」


レオンは薄く笑みを浮かべる。


「珍しいね。素直に認めるなんて」


「だが」


ガイウスの声が強まる。


「お前にも大きな責任がある」


「俺に?面白いことを言うね」


レオンは首を傾げる。


「どういう理屈かな?」


「あんただってパーティーの一員として」


セリアが噛みつくように言う。


「戦闘に参加する義務があったはず」


「義務?」


レオンは小さく笑う。


「君たちこそ、パーティーの一員としての義務を果たしていたのかな?」


「何?」


「俺の意見を完全に無視して」


レオンは帳簿を取り出しながら言う。


「感情的な判断でクエストを選んだ。これのどこが『パーティー』としての行動なんだい?」


会議室の空気が、さらに凍りつく。


「ほら、これを見るといい」


レオンは帳簿を開き、計算結果を示した。


「昨夜のクエスト。本来なら15000ゴールドの報酬のはずだった。でも、素材の状態が悪すぎて買取価格は3000ゴールドしかもらえない。これに対して支出が3300ゴールド。差し引き300ゴールドの赤字だ」


彼は淡々と説明する。


「さらに、セリアの治療費。ガイウスの装備修理代。ダグの武器メンテナンス費用。こういった追加出費も発生する。こんな失敗が続けば、パーティーの資金はすぐに底をつくことになる」


「それは…」


ミレイアが弱々しい声を上げる。


「でも、私たちは…」


「夢?憧れ?ロマン?」


レオンは冷たく笑う。


「そういった感情的な価値観で、現実の収支は埋まらないよ」


「お前な…!」


ダグが再び立ち上がる。


「金のことばかり…!」


「当然じゃないか」


レオンは涼しい顔で言い返す。


「冒険者だって、れっきとした職業だ。収入と支出のバランスを考えるのは、基本中の基本だよ」


「レオン」


ガイウスが静かに、しかし強い口調で言う。


「お前は昨夜、わざと戦闘に参加しなかったんだな?」


「ああ、その通りさ」


レオンは平然と認める。


「だって、君たちに現実を理解してもらうには、実際に失敗を経験するのが一番効果的だと思ってね」


パン!


今度はセリアの平手が、レオンの頬を打った。


「あなたね」


彼女の声が震えている。


「私たちの命を、教訓のための道具にしたってこと?」


「違うな」


レオンは頬を押さえながら、冷静に答える。


「俺は最後の最後で、ちゃんと助けを出した。それに、そもそも君たちが僕の忠告を聞いていれば…」


「黙れ!」


ガイウスの怒鳴り声が、会議室に響き渡った。


「お前のような打算的で冷酷な奴は」


彼は拳を握りしめながら言う。


「もうパーティーには必要ない」


「ほう」


レオンは感情を露わにせず、むしろ興味深そうに相手を見つめる。


「つまり、追放ってことかな?」


「そうだ」


「なるほどね」


レオンはゆっくりと立ち上がる。


「残念だけど、それも仕方ないか。というより、むしろ予想通りだった」


「何…?」


「だってさ」


レオンは帳簿を片付けながら説明する。


「感情に流されて判断を誤る。その結果、さらに感情的になって、合理的な判断ができなくなる。まさに、今の君たちのような状態さ」


「あんたこそ」


セリアが憤りを込めて言う。


「仲間を信じることもできない、冷たい人間じゃない」


「信じる?」


レオンは小さく笑う。


「信じてたさ。君たちが必ず失敗すると」


その言葉に、会議室の空気が凍てつく。


「レオン…」


ミレイアが悲しげな目で見つめる。


「私たちは、本当の仲間だと思ってた」


「仲間?」


レオンは淡々と答える。


「ビジネスパートナーとしては、残念ながら適性に欠けるってことだね」


「出て行け」


ガイウスの声は、氷のように冷たかった。


「はいはい」


レオンは軽く手を振る。


「でも、最後に一つだけ忠告させてもらう」


彼は出口に向かいながら、振り返って言った。


「このまま感情で判断を続けていれば、パーティーはじき破綻する。それだけは覚えておいてほうがいい」


「うるさい!」


ダグが怒鳴る。


「二度と顔を見せるな!」


レオンは黙ってドアを開け、外に出た。閉まるドアの向こうから、誰かが椅子を蹴る音が聞こえる。


「まあ」


彼は独り言を呟く。


「これで僕も、やっと自由になれたってことか」


朝日が彼の背中を照らす。レオンは帳簿を開き、新たなページに何かを書き始めた。


『今後の展望:

1. 単独での活動開始

2. 効率的な投資計画の立案

3. FIRE達成に向けた資産形成の加速』


「さて」


穏やかな表情で空を見上げる。


「これからが本番だ」


朝もやの向こうに、新しい日が始まろうとしていた。レオンの表情には、もはや迷いの色はなかった。むしろ、ある種の解放感さえ漂っていた。



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連続投稿6話目です。

よろしくお願いいたします。

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