第5話 奥の手は隠しておくもの

「先手必勝です」


 まだ開始の合図もかかっていないのに、ギゼルが槍を手に襲いかかってきた。

 ギゼルが持っている槍は俺が手に持っている剣より一.五倍はありそうだ。間合いの外から攻撃してくるつもりだな。


「ふっ!」


 力強い掛け声と共に、槍が胸部に迫ってくる。

 槍のスピードは速いけど避けられない程ではない。俺は剣を使って槍を弾く。


「なかなかやりますね。だけど安心するのはまだ早いですよ」


 ギゼルの背後からガゼルが現れ、上段から斬りつけてきた。

 タイミングがばっちりだ。

 だが俺はギゼルの槍を防いだ後に攻撃が来ることを読んでいた。

 兄弟と言われているから、必ず連携した攻撃が来ると思っていたため、身を捻ってガゼルの剣をかわす。


「ちっ! 避けられたか」


 しかし剣をかわされたが、ガゼルは言葉とは裏腹に、そこまで気にしている様子ではなかった。何故ならこの後さらに追撃でグゼルが迫ってきていたからだ。


「これでとどめだ! 死にやがれ!」


 グゼルから鋭い蹴りが放たれる。

 狙いは顔面か!

 こちらはガゼルの剣をかわしたことで、体勢が崩れている。

 避けることは不可能だ。

 俺は左腕で蹴りを受け止める。

 だがグゼルの一撃は予想以上に重かった。その場に踏みとどまることが出来ず、俺は後方へと吹き飛ばされた。


「無駄なあがきをしやがって! そのまま殺られていればいいものを」

「戦いはまだ始まったばかりだ。そう簡単に殺られてたまるか」


 平然と答えたが、ルーシアが褒めるだけのことはある。

 蹴りを受け止めた左腕は痺れているし、何より三人の連携が厄介だ。


「そのような口をいつまで聞けるか楽しみです」

「我ら三人を相手にしたことを後悔するがいい」

「おらおらまだまだ終わらねえぞ!」


 三人が再びこちらに迫ってくる。

 先程のように時間差で攻撃してきたり、時には三人同時に向かってきたりと俺は防戦一方だ。


「本当に大丈夫なのか? やられているではないか」


 この状況を見て、ルーシアは少し慌てているように見えた。


「大丈夫です。ユクト様を信じて下さい」

「う、うむ」


 冷静なリアがルーシアを落ち着かせる。

 そして少し離れた所で、エルミアは何ともいえない表情でこの戦いを眺めていた。


「なんだよ。勇者とか言っても大したことねえじゃねか」

「油断するなグゼル。この男に我らの仲間が何人もやられたということを忘れたのか」

「やられた? 負けただけだろ? 死んだ奴はほとんどいねえって聞いてるぜ! 戦いって奴は命を奪って初めて勝利と言える! だからこいつのことを恐れる必要はない!」


 こちらが防戦一方ということもあり、グゼルは強気の発言をしてきた。

 確かにこれまでの戦いを見ていると、俺が劣性であることは明白だ。


「ルーシア様。もしあの男が負けるようなら、責任を取っていただきたいですな」

「なんじゃと?」

「実力のない者に世界の半分を与えるなど正気とは思えん。魔王の座を降りてもらおうか」


 デラードはルーシアのことが気に入らないようだな。そしてこの機会にルーシアを魔王の座から引きずり落とし、自分がその地位に就こうとしているようだ。


「わかった。その条件を飲む。じゃがもしユクトが勝ったら、今後我とユクトの命令には逆らわないと誓え」

「いいだろう。だがどう見ても三兄弟の方が優勢だ。これからどう逆転するのか楽しみだな」


 デラードは楽しみと口にしているが、にやけた表情からして俺が勝つとは微塵も思っていないように見える。

 だがその考えは間違いだと教えてやろう。

 これ以上の苦戦はルーシアに不安を与えるだけなので、俺は本気で戦うことにする。


「戦いの最中に余所見とは余裕ですね」


 ギゼルの槍が俺の心臓目掛けて向かってくる。そしてその後ろにはガゼルの姿も見えた。

 もし俺が攻撃をかわしたとしても、さっきと同じ様に続けてガゼルの剣が襲ってくるのだろう。


「それなら!」


 俺は向かってくる槍を剣で弾く。


「ぐあっ!」


 するとギゼルは悲痛の声を上げ、持っていた槍が宙を舞う。


「バカな! ギゼルの槍が宙を舞っただと!」


 これまで同じ様な状況はあったが、ギゼルが槍から手を放すことはなかった。

 しかし残念だが先程までの俺とは違う。同じだと油断したギゼルのミスだ。

 俺は透かさずギゼルに向かって蹴りを放つ。


「くっ!」


 予想外のパワーで槍を弾かれたギゼルは、腕が痺れているのか苦痛の表情を浮かべているため、なす術もなく俺の蹴りを食らう、

 そして蹴りを食らったギゼルは背後にいたガゼルを巻き込み、共に後方へと吹き飛ぶのであった。

 これで二人の動きを止めることが出来た。後はグゼルだけだが⋯⋯

 しかしグゼルは異変を察したのか、後方へと下がる。


「ど、どういうことだ! 兄貴達が十メートル以上吹き飛んだぞ!」

「さあ? わざわざ教えると思うか」

「ん? お前の身体⋯⋯うっすらと白く輝いてないか」


 グゼルの指摘通り、今の俺は白い光を纏っている。

 これは勇者の特権の一つである強化スキル⋯⋯ブーステッドフィアスによる現象だ。

 ブーステッドフィアスの強化効果は二倍。ゲームやアニメの強化スキルと比べると倍率が少し低いように感じるけど、ブーステッドフィアスはあらゆる能力を強化することが可能だ。

 そのため、筋力が強化されたことでギゼルの剣を弾くことができ、蹴りで十数メートル吹き飛ばすことが可能になったのだ。


「ギゼル! ギゼル!」


 ガゼルがギゼルに声をかけながら身体を揺らすが、反応がない。

 どうやら蹴りを食らって気絶したようだ。

 これで後は二人。

 俺は剣を構えて、二人と改めて対峙するのであった。

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