02_05_風紀委員長に、見られちゃいました
「まあ確かに、従者が生徒として入学するなんてことは、学園の長い歴史をみても今回がファースト・ケースだろう。校則のほうが対応できていない、とも言えるね」
ハークス様は、的確かつ穏便な論法を駆使して、お嬢様とディラン先輩の仲裁に動いてくださいます。
「エレンの入学を受けて、学園側としても校則改定を検討していることだろう。入学前に対応できればよかったのだろうけど、今言っても
一国の皇子様から、これだけの
これにはディラン先輩も、苦々しい顔になりながらも、
「ちっ。校則の不備に関しては、風紀委員会からも教師陣に問い合わせよう。対応は、学園側の決定を待って決めるしかあるまい」
ハークス様がおつくりになられた落とし所に、大人しく乗ってくださいました。
「だが忘れるな、ミゼリア。学園の風紀をかき乱すような振る舞いは、この俺が断じて許さん」
ディラン先輩、それでもお嬢様に釘を差していきます。
まあ、普段のお嬢様の奇行を知る人間にとってみれば、警告は初日にしておくに越したことはありません。
たぶん無駄ですけど。
「手厳しいね、ディランは。もっと肩の力を抜いてもいいんじゃないのかい?」
ご友人の堅物ぶりに、ハークス様は優しく笑いかけました。
ですが、ディラン先輩は、そんなハークス様にまで警告じみた言葉を放ちます。
「お前もだ、ハークス。婚約者にうつつを抜かして学業を
……何を言っているんですかこの人は。
私はこっそり
ハークス様には、もっとお嬢様にうつつを抜かしていただいて、ラブでロマンティックスな相思相愛の関係になっていただかなくてはならないというのに。
ですが、ハークス様は「忠言、感謝するよ、ディラン」と、先輩の言葉を受け止めてしまいました。
「ああ、ところで。この後、男性寮では新入生の歓迎会を開いてくれると聞いているけれど、ディラン、君も主催者のひとりだったりするのかい?」
「ふん、俺がそんなくだらん馴れ合いに交わると思うのか」
「孤高なる騎士道を
ディラン先輩、やっぱり、感じの悪いお方です。
(騎士長のご子息だって、お嬢様はおっしゃっていましたけれど)
騎士っていうのは、もっと気高くて誇り高い人がなるものだと思っていたのですが、こんな
「まあいい。総員、撤収するぞ! ミゼリア、それにメイド。この件はいずれ……んん? 待てよ、お前……」
どうされたのでしょう?
風紀委員を率いて帰ろうとしていたディラン先輩が、
そのまま、私の体をジロジロと、頭の先から足の下まで、注意深く見つめています。
何をなさっているのでしょうか?
(も、もしや、ふしだらな目で私のことを……あれ?)
違うようです。
この視線からはいやらしさを一切感じません。
と、言いますより、私の生足ひとつ直視できないディラン先輩に、そんなことができようはずもないのです。
(であれば、この視線は何なのでしょうか?)
先輩の
(猜疑……疑い……私の体を、じいっと見つめて……)
これらの事実が、意味することとは?
「お前……いや、そんなはずは……」
……え?
この反応って、ひょっとして、
(ひ、ひょっとして、私が男の子じゃないかって、疑っているのでは!?)
疑われているかもしれない。
いえ、疑われているとしか思えません。
そんな目線と雰囲気が、ディラン先輩からは放たれています。
(で、でも、ど、どどど、どうして!?)
自分で言うのもなんですが、私の体は、外見だけなら男の子には全然見えないはずなのです。
肌のお手入れは欠かさずしていて、ハリもツヤも、同年代の女の子と
骨格や肉付きだって、そこまでの差はないはずなのに。
(ですけれど、ですけれどっ! この目……先輩の、この、お強い眼光は……)
ディラン先輩の真剣な眼差しは、体の中身の隅々までを探ろうとしているよう。
まるで、私の全てを見透かされているようです。
不安に胸がざわざわとなって、ぞくぞくした感覚にも襲われて、私は思わず、
「っ! 嫌ぁっ!」
自分の体を
これに慌てたのは、ディラン先輩です。
「な!? 違う、決してそういうつもりでは――」
「ちょっとアンタ! 何アタシのメイドをジロジロ
お嬢様、相手の
ディラン先輩が否定しようとしたことを先んじて、最も嫌な言い回しによって言葉にします。
「し、視姦だと!? 誤解だ! 俺はただ――」
「何が違うのよ! エレンの全身を
ここぞと責め立てるお嬢様。
さっきは見てもいいくらいのことを言っていたのに、利害次第で簡単に掌を返されます。
まさにお嬢様!
ただ、後半部分はあまりに
あからさまな
ともすれば、男子寮の生徒全員を敵に回しかねません。
これにはさすがに、ハークス皇子も
「ミゼリア、知ってのとおり、彼は〝帝国の猛虎〟と
「ハークスの言う通りだ。俺の父上の顔に泥を塗るような
ディラン先輩も、口調と態度を
「だが、俺の言動で不快や恐怖を与えたのだとしたら、誠心誠意謝罪しよう。エレンと言ったな。すまなかった」
私に対し、深々と頭を下げて謝ってくださりました。
「と、とんでもありません。私が過敏に反応してしまったのが原因ですから」
私は急いで立ち上がり、謝罪を受け入れます。
ハークス皇子の御前ともあって、これでこの場は丸く収まりました。
ディラン先輩って、性根は真っ直ぐな人なのかもしれません。
「総員、撤収だ。自分の教室に戻れ」
今度こそ、風紀委員たちは引き上げて、教室のドアへと向かっていきます。
「怖がらせて、悪かったな」
再度謝罪を口にしながら、ディラン先輩たちは1年生の教室から去っていきました。
「あの男、アタシのエレンによくも色目を」
歯ぎしりしているお嬢様。
けれど、今のも色目とは言わないと思います。
(ともかくです。男の子だって、バレずに済みましたぁ……)
――ただ、この時の私は、公爵家のメイドの本分を忘れていました。
周囲に払っておくべき注意が、
なので、私たちの様子を遠巻きに見ていた、小さな敵意とも呼ぶべき気配の視線に、気づくことができませんでした。
「あの女、わたしの兄様によくも色目を――」
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