02_02_学園は新しい出会いに満ちています

 式典が無事終了し、私たち入学生一同は、1年生の教室へと案内されました。


「ここが私たちの学び舎なのですね、お嬢様」

「そうね。ここからが面倒くさいのよ」


 広くておしゃれな教室に到着したというのに、お嬢様は、なぜだかとってもげんなりしたお顔に。

 理由はすぐにわかりました。


「まあ、ミゼリア様。お久しゅうございますわ。一昨年のお茶会以来ですわね」

「ミゼリア様、ご無沙汰しております。先日の舞踏会では、弟ともども、大変お世話に――」


 大勢の入学生の方々が、お嬢様のもとに殺到してきました。

 みな、公爵家と繋がりのある家のご子息、ご息女の方々です。


(そういえば、お嬢様が言っていましたっけ。『学園は社交界の縮図』だって)


 その言葉通り、お嬢様はよそ行き用の猫かぶり顔を一瞬でつくりあげてしまうと、普段のアレな性格を器用に隠して、挨拶してくる生徒さん方に丁寧な口調で対応していきます。


「お久しぶりですわね、ヘレナ。お父様はご息災かしら?」

「まあ、ロイド。久しいわね。一緒に学園に通えて嬉しいわ」


(お嬢様、本当に礼節をわきまえたご対応ができたんですね……)


 常日頃の姿からは、想像もできないご令嬢ぶりです。


(でも、びっくりしている方は、私以外にもいっぱいいるみたいです)


 公爵家のメイドたるもの、お嬢様のご学友となる方々の把握に余念があってはなりません。

 こっそり周囲を観察してみると、集まってきた以外の他の生徒さん方は、この光景を見て驚いていたり、あるいはねたましそうだったりと、色んな表情をしています。


(その誰もが、お顔に覚えのない人ばかりです)


 お嬢様に常に付き従っている私が知らないということは、失礼ながら、公爵家との接点が薄い、貴族の中でもランク低めの家格のお子さんたち……ということになりそうです。


(あ。こちらを全く見てない生徒さんも、ひとりだけいらっしゃいますね)


 目についたのは、窓際にひとりたたずんでいる、褐色の肌の女生徒さんでした。

 目鼻立ちがすっきり整っていて、身長もすっと高くて、とてもクールな印象を受けるお方です。

 教室の外の景色を物憂ものうげに眺めているのですが、それだけの仕草が、妙に見惚みとれるくらいに絵になっています。


(素敵な女性です。今年は遠方から留学生がいらっしゃると聞いていましたから、あの女生徒さんがそうなのかもしれません)


 そんなことを考えていた時でした。

 私の耳が、ある生徒さんの言葉に反応しました。

 遠巻きに見ているうちの数人が、なにやら小声でお嬢様の悪口を言い始めたのです。


「やだやだ。入学早々、取り巻きにこびを売らせちゃって」

「ご丁寧なことよね。公爵家の道化娘ピエレッタのくせに」


 むむむ!

 今のは聞き捨てなりません。

 私のお耳はとってもいいのです。

 主人たるお嬢様への誹謗中傷、断じて許しておけません。

 私は衝動的に動き出そうと……したのですが、


「やあミゼリア。入学おめでとう。君と一緒にこのエリエステス学園に入れて、嬉しい限りだよ」


 ミゼリア様に、やけに気安い口調で挨拶してきた方がいらっしゃいました。

 美しい容貌ようぼうと、爽やかな笑顔がまぶしい男子生徒。

 私たちと同じ入学生です。


「……ご無沙汰しております、ハークス様」


 そうです。

 そうなのです!

 このお方こそが、ハークス=エル=バベルシェイド皇子殿下。

 ここ、バベルシェイド帝国の皇位継承権第4位の皇子様にして、ミゼリア様の婚約者であらせられるお方です。


「うん。本当に久しぶりだね。お屋敷にばかり引きこもっていないで、たまには皇城に顔を出してもいいんじゃないかい?」

「もう引きこもれませんわ。寮生活が始まりますから」


 もう、お嬢様ったら。

 一国の皇子様、それも婚約を交わしたお方に対して、そっけないにもほどがあります。

 あまりにつれないお嬢様の態度に、ハークス様も苦笑を漏らしているじゃありませんか。


「けれど、驚いたよ。まさか、自分のメイドも一緒に入学させるだなんてね」

「させてはいけないという校則は、ありませんでしたから」


 お嬢様、いくらなんでも冷た過ぎます。

 もっと明るく、楽しそうに談笑しないと。


「はは、それはそうだね。しかしだね、ミゼリア」


 ハークス様はさとすような口調で、そっけないお嬢様に語りかけます。


「彼女に少し、荷を背負わせ過ぎることになってはいないかな? メイドとして君の生活を助けつつ、自分の学業にも励まねばならないのは――」

「公爵家のメイドたる者が、その程度を両立させられないとでも?」


 そんなハークス様のお言葉を、お嬢様は言い差してしまいました。

 キツめの返し方ですが、私を信じてくださっているようでもあって、ちょっと複雑です。

 ですがお嬢様、それは買いかぶり過ぎなのです。

 というより、売り言葉に買い言葉はやめてください。

 ハークス様はケンカしに来たんじゃないんですから。


「いや、君の信頼する従者をおとしめるつもりはなかった。つつしんで謝罪しよう。すまなかったね、エレン?」

「い、いえいえいえ! とんでもございませんっ!」


 ツンケンとしたお嬢様のご様子に、ハークス様も深くは踏み込まれませんでした。

 それにしてもハークス様。

 従者に過ぎない私の名前まで覚えてくださっていて、とんでもない人格者です。

 そしてもちろん、これに気づかないお嬢様ではありません。

 きっと好感を抱かれて、態度を軟化させてくださることでしょう。


「アタシのエレンに色目を使わないでいただけますか? ハークス様」


 ……どうしてこうなっちゃうのでしょう?


「ううむ、色目か。そう見えてしまったなら、重ね重ね申し訳なかったね、エレン」


 とんでもございません。

 今のを色目だなんて、普通の方は言いません。


「ご安心くださいハークス様。お嬢様はヤキモチを焼いているだけですから」

「そうかい? そうであるなら、嬉しいね」


 ハークス皇子は、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべられました。

 主人のフォローも、メイドの大切なお仕事です。

 お嬢様も、ニコリと愛想笑いのような表情をつくりました。

 その後で、私にだけ聞こえる小声で、こんなことを。


「エレン。今夜はヒィヒィ鳴かせてあげるから、覚悟なさい」

「ひぃっ!?」



 ――と、そんな時でした。

 突然、教室のドアが力強く開放されました。

 そのドアから、見知らぬ生徒が……いえ、複数人の見知らぬ生徒たちが入室してきたのです。


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