01_05_メイド長ともあろうお方が、エッチじゃないわけないでしょう

「は、図りましたねお嬢様!」

「別に、ただの当てずっぽうじゃないわよ。若い頃からメイド長として抜擢ばってきされてるし、いい縁談を断り続けてウチでメイドをやり続けてるし、これはもう……って、家のみんながうわさしてるわ」


 憤慨ふんがいするパメラさんを、しかし、口が達者なお嬢様は、的確にいなしていきます。


「み、みんなとは……いえ、いったいどんな噂が……」

「知ーらない。『みんな』に聞いてみたらー。ねえ、エレン」


 お嬢様、意味ありげな目を、今度は私に向けてきました。


「ふえ!? あ、あの、お嬢様。あまり、そういうことをご本人には――」


 ガッシ。

 私の肩が、パメラさんによって掴まれました。


「エレンさん。お、怒らないから正直に言ってください。いったい、私の、どんな噂が……」


 すさんだ目が、とてもとても怖いです。

 これは正直に言うしかありません。


「えっと、メイド長が旦那様を見送る時の視線に、その、とっても熱がもってるって」


 途端、パメラさんの青かったお顔が、ポンっと真っ赤に沸騰しました。


「旦那様のお背中を見つめるメイド長のお顔は、とても29歳とは思えない、とっても乙女なとろけた表情だという話が……」


 パメラさんは、反論をしたいご様子でしたが、あわあわと口を動かすだけで、何も言えなくなっています。

 しかし。


「あ、アタシからも補足。それに最初に気付いたの、エレンだから」

「ちょ、お嬢様!?」


 お嬢様のこの一言で、パメラさんの赤かったお顔は鬼の形相へと変わってしました。


「すごいのよ、エレンって。女の勘が鋭いっていうか、観察眼が優れてるっていうか。細かい所作をちょっと見ただけで、誰と誰が恋仲だとかが全部わかって教えてくれるの」

「……エレンさん」

「いえ、あの、これは……」


 メイド長、とっても怖い目で私のことをにらんでます。

 お嬢様、私を売って難を逃れるおつもりですね。


「パメラのは特にわかりやすいって言ってたわ。見送りの時だけじゃなくって、廊下でお父様とすれ違う時とかにも、主従を超えたつやっぽい仕草がたっくさん目に付くそうよ」

「な……な……」

「あと、これは教えてくれないんだけど、お父様の寝室にこっそり呼ばれたらしい時は、次の日の態度でわかるって」


 パメラさんは、一瞬だけ顔をこわばらせてから、低いお声を出しました。


「……エレンさん。後で私の部屋まで来てくださいますか?」

「ひいっ!?」

「あ、ずるいわよメイド長! 私にも味見させなさい!」

「誰がそんなことをしますか!」

「自分はお父様に抱かれておいて! もし産まれたら教えなさいよ! 異母姉として猫可愛がりしてあげるんだからね!」

「う、産みたくても産まれません! 避妊だけは毎回必ず……じゃなくて! そんなことよりお嬢様とエレンさんのことが先決です!」


 話を脱線させようとするお嬢様。

 辛くも食い止めるパメラさん。

 ああ、なんて不毛なやり取りでしょうか。


「エレンさんだって、いつかは誰かと恋をして、そして結婚するのですよ! 心に傷が残るようなことをしてはなりません!」


 この言葉は、反対に、私の心を傷つけました。


「わ、私には、そんな人なんて……」


 私には恋人と呼べる人はいませんし、つくることも、きっとできません。


「こんな女々しいメイドの男の子なんて、好きになってくれる子いないですもん……」


 この手の話題になると、いつも私はしょんぼりとしてしまいます。

 ですが、どうしてでしょう。

 お嬢様が、まるで、獲物を狙う獣みたいな目になって……


「パメラ。今のはいいわよね? あんな露骨ろこつに誘われたら、私、どうなっちゃうかわかんないわよ」

「落ち着きなさいお嬢様。確かにぐっと来ましたが、これを合意とみなすのはヤリ◯ンのクズ男と大差ありません」

「ふえ?」

「だめ。もう無理。優しくするから。ね? 天井の染みを数えてるうちに終わるから」

「ステイしなさいお嬢様。ワードのチョイスも古すぎます。この国の第4皇子とご婚約されていることの意味を、そのだった頭で考えなさい」

「国とか家とかどうだっていいわ。エレンにだったら、私の、私が――」

「い、いやあっ!」

「お嬢様! 冗談でもいけません! ていうかガチで襲うなアバズレ令嬢!」


 お嬢様は暴走し、鎮圧のために他のメイドの皆さんも大勢動員されました。

 なので結局、お嬢様への注意はうやむやになってしまいました。


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