01_03_清めた後はいただかれます

 迫りくるお嬢様の魔の手(比喩にあらずです)からなんとか離れた私は、湯船の反対側まで距離を取って、ゆっくり浸かり直しました。


「うう……今日もイタズラされてしまいました」


 メイド長からも、『お嬢様には気をつけるように』って、毎日のように言われていたというのに。


「いやー、今日も堪能、堪能」


 かたや、お嬢様はツヤツヤの笑顔で、お体を綺麗に洗われています。


「もう、恥ずかしくて死んじゃいそうです……」

「ダイジョーブよ。とつぎ先が見つからなかったら、アタシが貰ってあげるから」

「お馬鹿なことばかり言わないでください。だから〝公爵家の道化娘ピエレッタ〟なんて陰口叩かれるんです」


 そう。

 お嬢様は公爵家のご息女でありながら、日頃からあらゆる言動が残念極まりないのです。

 そのせいで、他の貴族の方々からも、たびたび奇異の目で見られてしまっているらしいのです。

 最近になって、ようやく外向きの口調や態度を取り繕えるようになったそうなのですが、お屋敷の中では――特に私の前では、毎日こんな感じです。


「だいたいですね、お嬢様にはハークス皇子という婚約者がいるんですよ。冗談でも変なこと言っちゃだめです」

「それもダイジョーブ。アタシ、エレンのこと本気だから」


 なおのことアウトですっ!


「それに、エレンが一番知ってるはずでしょ。アタシの性格とたちの悪さ。結婚なんて土台無理無理。皇子様だってすぐに愛想をつかしちゃって、婚約破棄になるのがオチね」

「普段通り、猫を被ってたらいいじゃないですか」

「あんな息苦しい振る舞い、結婚生活でまでやってられる?」

「やってください。公爵家の人間なんですから」

「あ、そーゆーこと言う?」


 お嬢様は、とっても嗜虐的しぎゃくてきな目になりました。


「本当にアタシがこの家を出てっちゃたら、困るのはエレンのほうじゃない?」


 ……痛いところを突かれました。

 私は、お嬢様のお側付きメイド。

 お嬢様がいなくなったら、用済みになってしまう身分です。

 他の雇い主を探そうにも、メイドのくせに男だなんて、絶対誰も雇ってくれないことでしょう。


「ま、解決方法は知ってるけどね」

「え? あるんですか、お嬢様」

「簡単よ。エレンが〝お手付き〟されちゃえばいいのよ。アタシに」


 お、お手付っ!?


「そ、そういうのは、普通、男の人が手を出すことを――」

「だって、エレンは絶対出してこないじゃない。ならアタシから出すしかないわ」


 なんですかその超絶理論は!?


「なんなら今、既成事実を作っちゃおうかしら」


 にんまりと笑ったお嬢様は、指をワキワキさせながら、再び私に迫ってきました。


「だ、だめですお嬢様――ひゃっ!?」


 突然、私の体は湯船の底に沈みました。

 私の足に、お嬢様の御御足おみあしが絡みついてきて、お湯の中に引きずり込んだのです。

 やられました。

 手のワキワキはフェイントだったのですね……!


「ぷはっ……ちょっ、お嬢さ、ま……」


 お湯の中から逃げ出そうと、私は顔を出し、浴槽の縁にしがみつきました。

 ですが、


「捕まえた」


 お嬢様に、背後からぎゅうっと密着されてしまいました。

 背中に、柔らかい感触が……

 そして、お嬢様の美しい手が、私の体をまさぐってきます。


「や……」

「ほれ、ここか? ここがええのんか?」

「嫌……無理矢理だなんて、い、嫌です……」

「とかいって、エレンだって嬉しいくせに」


 どうあっても、メイドの私はお嬢様を傷つけることは許されません。

 私が抵抗しないのをいいことに、お嬢様のボディタッチはエスカレートし、そして、ついに――


「やぁぁん――」

「何をなさっているのですか!」


 浴場の扉が開放され、大きな声が響きました。

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