6話

 そんな夏休みの一大イベント、夏祭りが来週に控えたある日。

 家のソファーで、のんびりスマホゲームをしていると、着信音が鳴り響く。


「っ〜〜!?」


 表示された相手の名前に驚き、その拍子にスマホが手からすべり落ち顔面に直撃した。


『もしもし、俺だけど』

「は、はい?」


 痛みを堪えながら、電話に応える。


『……なんか大丈夫か?』

「別に大丈夫だよ、うん。そ、それでどうしたの? 皐月君」


 あたしを心配する皐月君を誤魔化し、要件を聞く。


『来週夏祭りあるよな』

「そうだね」


 もちろん、美奈子ちゃんが誰と行くかも気になるから一人で行くつもりだ。

それに前世では、お祭りに行く機会なんて、だんだんと無くなってチラシを横目に帰路に着くだけの生活になってしまったから。


『二人で、一緒に行かないか』


「え?」


 何故か誘われている展開に驚きを隠せず声が出た。


『……その、誰かと予定あるのか?』

「い、や……ないです。行く人もいないです」


 それを別の意味でとった清君の少しだけ暗い声にすぐそう答えた。

 この誘いを受ければ、新しい皐月清のことを知れるかも知れない。

 そう考えたら、以前とは違う気持ちで答えは出ていた。


ーーーー


「待ったか」


 緊張した面持ちで、待ち合わせ場所で待っていると皐月清が、ゲームみたいに浴衣で着たようだった。


「イヤ、全然。待ってないよ?」

「そうか……戌井も浴衣着てきたのか?」

「ああ、うん。家にたまたまあったから」


 本当は動きやすい、普段着が良かった。

でも……ゲーム内では、浴衣を着て来る彼に合わせたい、というなけなしの乙女心だ。


「……似合っている。きれいだ」


「あ、ありがとう」

「それじゃ、行くか」


 そう言ってなんでもないように、手を差し出す皐月清に困惑する。

「皐月さんその……手、は」

「お前、下駄だしはぐれたら大変だろ」


(つまり、皐月清と手を握れとおっしゃる?)


 いや、これははぐれないためだ、と本人も言っていたじゃない。


「……浴衣の袖で、勘弁してください」

「ふ、わかった。しっかり掴んでいろよ。シワになっても気にしない」


 そうあたしのかぼそい声に、笑みを浮かべた彼からに許可がおりたので、ありがたく袖を掴んだ。


「花火まで時間あるな」

「そうだね。皐月さんは、どこか寄りたいところある?」


 そう皐月清に聞くと少し歩幅がゆっくりになった。

 もしかしたら彼は、歩きながら悩んでいるのかも知れない。


「――りんご飴だ」


 そう皐月清の言葉の呟きが聞こえ、周りを見渡す。

 すると確かにりんご飴と書かれている屋台には、りんごやいちごなどのフルーツ全般が飴でコーティングされ、売り出されていた。


「あそこの屋台に行かないですか」

「フ、すまん。ありがとう」


 そう清君が言いりんご飴の屋台に向かう。


「あたしは、ぶどう飴買おうかな」


 そう話し、首にかけている財布からお金を出そうする。


「わかった」

「りんご飴とぶどう飴一つずつ」

「まいどあり」


 すると流れるように、皐月清があたしの分まで買ってしまっていた。


「うわ、ごめん皐月君」


 そう謝ってやっと取り出しかけたお金を彼に渡そうとすると、ぶどう飴を差しだされる。


「いい、今日付き合ってもらっている礼だ」


「そんな(推しに貢ぐどころか、払わせてしまうなんてッ)」


 と口から出かけた言葉をギリギリで押しとどめる。


「いや、うん……あ、りがとう」

「そろそろ、花火の場所取りに行くか」


 ゲームで見た時よりも鮮やかに、破裂音を響かせながら輝く花火を彼の隣で見上げる。


 ふと、清君の顔が見たくて視線を花火から皐月清に移す。


 皐月清は、幼少の孤独から一人に慣れてしまった寂しいキャラクターだ。

 三年間を通じてやっと本心を、彼の感情を明かしてくれる。


 でも、この皐月清は、あたしの同級生の皐月君は。


 その花火に照らされ、目が合った皐月君の表情は、きっとこの皐月清だけの感情だ。


「戌井――好きだ」

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