5話

「……俺は、別に、名前で呼ばれても気にしない」


「え」


「それじゃ」


 そう心なしか早足に見える、皐月清を見送り言った言葉を反芻する。


「あたし名前で呼んでいたっけ……?」


 口から出た疑問を美奈子ちゃんが、くすくすとおかしそうに答える。


「ふふ、さっき笑っていた時に、清君って呼んでいたよ?」


「春ちゃんって皐月君と仲良しなんだね」


「そうかな」


 確かに一緒に下校してるのは、仲良いのか? いやでも美奈子ちゃんと一緒だし……そう考え込んでいると。


「私も、春ちゃんともっと仲良くなりたいな」

「え、えぇ」


 美奈子ちゃんが、まるで皐月清に嫉妬しているみたいに言うので、困惑したような、驚いたような声が、自分の口から出ていく。


「嫌?」

「そんなこと絶対ないです」

「ふふ、嬉しい」


 そうはにかんだ美奈子ちゃんは、あたしの手を取った。


「それじゃ、明日は、二人で帰らない?」

「え」


 そんな選択肢、ゲームにはないはずだ。


「ダメ、かな?」


 コマンドにないから、だからなんだ。


 この子は、ヒロインちゃんではなく、弥生美奈子ちゃんなのだろう。


 皐月清だってそうかもしれない。


「う、ん」


 そう答えるのに、声が震えた。


「本当!? やった」

「うわっ」


 あたしの返事に、嬉しそうに握っていた手を振る。


「あ、ごめん春ちゃん!」

「ふふ、それじゃ早く帰ろっ!」


 まだ美奈子ちゃんと別れるには、距離があるが彼女は、あたしの手を引いて軽やかに走り出した。


「走るの!?」


「うん!」


 そう繋いだ手のまま、美奈子ちゃんと別れるまで二人で走った。

 美奈子ちゃんの運動パラメーターは、高かった。


ーー


「夏休みは、はめを外しすぎるなよ〜」


 そう霜月先生からの、夏休みの説明を聞きつつ、学生だけが享受できる長い休みに、思い馳せる。


(夏祭りとか、美奈子ちゃんは誰か誘うのかな)


 一年目の夏祭りは、三年目の布石のようなものだが。

 美奈子ちゃんは、相変わらずゲームのように動いているが、彼女自身の選択だ。


(でも気になるなぁ!)


 なんて思いながら、下校時刻になり帰る支度をする。


「春ちゃん、一緒に帰ろ?」

「うん」


 ちょうど美奈子ちゃんに声をかけられ、それに応じた。


ーー


「戌井、弥生」


 そう美奈子ちゃんと話していると、皐月君と校舎の玄関で遭遇する。


「皐月君も一緒に帰ろうよ」

「ああ」


 どうやら、美奈子ちゃんと皐月君の仲も深まっていいるらしい。


「もうすぐ夏休みだね。二人は何か予定あるの?」

「あたしは、これと言って特にないかな」


 そう三人で帰っていると、美奈子ちゃんが、夏休みの話題を振る。


「皐月君は?」

「俺は……別に」


 そう答えるが、一瞬目があった気がする。


「そうなんだ、それじゃあ夏休みも遊べるね!」

「え、遊んでいいの?」


 そう素直に友人キャラや攻略キャラではなく、あたしと遊ぶことが選択肢に入っていることに驚く。


「あ、もちろん宿題もやるよ?」


 あたしの言葉を、勉強もしろ、と言う意味に捉えた美奈子ちゃんが、焦ったように弁明する。


「ほら、美奈子ちゃん忙しいと思ちゃった」

「そんなことないよ! あ、でも確か夏祭りやるんだよね」


 その誤解を解くと、夏祭りに話題を変えた。どうやら、夏祭りは忘れていないらしい。


「春ちゃんは行く?」

「どうしようかな……」


 美奈子ちゃんが、皐月君と行くなら影ながらバレないように、追走するが。


「皐月君はどう?」


 そう会話を静かに聞いていた彼にも、美奈子ちゃんは話題を振った。


「俺は……どうだろうな」

「そっか! それじゃあ、夏祭りの屋台何好き?」


 と話題を屋台の話に変えた美奈子ちゃんの話を聞きながら、結局誰と行くのか聞けないまま、学校が夏休みに入った。

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